【兎角が紡ぐ】男の娘ってなんだろう【徒然文筆家】

 「ねぇ、あの子と別れてよ」
 シングルベッドに二人、並んで横たわりながら、唯が唐突にそんなことを言い出した。
 「なんで?」
 「なんで、って……なんとなく」
 「なんとなくで別れさせようとするなよ」
 転がる空の薬瓶とペットボトル。
 部屋の灯りは常夜灯と、カーテンの隙間から差し込む陽の光だけ。
 隣でモゾモゾと動く気配がした。来る。
 「……ちょっと痛い」
 「醒ちゃんがいけないんじゃん」
 顔を見ただけでは男か女か分からないソイツは、頬を膨らませながら俺の鎖骨にガジガジと歯を立てていた。
 「はいはい、悪かった悪かった」
 適当な返事に気分を害したのか、音がガジガジからガリガリに転じようとしていたので、取り敢えず宥めるためにその頭をポン、と叩く。そのまま髪を梳くように優しく撫でると、ガジガジ音が少しずつ小さくなり、そのまま、
 「……ズルいなー」
 そのまま、胸の辺りにぎゅー、と抱き着いてくる。愛い奴め。
 普段はこんな風に甘えてこない唯が、唯一、人に甘える時間。
 「ブロン、取って」
 「まだヤるのか」
 「うん」
 ブロン。
 別に暗喩でもなんでもなく、そのまま。メンヘラ御用達、市販の風邪薬だ。
 「俺はそろそろ眠い」
 「寝ちゃヤダ」
 「お前が寝かせてくれないからだろ……」
 この会話だけ聞けば、情事の後と思われるかもしれないが、唯は男で俺も男。そして、ヤッたのは情事ではなくOD。
 ブロンのODを開始したのが、昨日の22時頃。そこから定期的にブロンを摂取し、気付けば朝だ。甘えモードに入った唯は、とにかく俺を独り占めしようとする。こうなった唯を甘やかす俺も悪いと言えばそれまでの話だが。
 「たまには良いじゃん。最近あんま会ってくれないし」
 「仕事が忙しいからな」
 「ぶー、どうせあの子と一緒に居る方が良いんでしょ」
 「そんなことない。唯と過ごしている方が安心できる」
 「……ほんと?」
 「ほんと。舞の前じゃODなんて出来ないし」
 「ならなんで付き合ってるのさー」
 「なんでだろうな」
 理由は単純明快、世間の目があるから。……なんて答えたら、唯はどんな顔をするだろうか。
 いくら傍目には女に見えなくもないとしても、戸籍上の性別は男だ。どれだけ唯が可愛くなろうと、男と男であることに変わりはない。そんなこと、唯だってわかっているはずなのに。
 反面、世間の目なんて関係無い!と言われたらそれまで。それもわかっている。けれど俺は、単純明快なその選択肢を選べない。選ぶ勇気が無い。
 そんな俺に出来るのは、ODして、心の壁が崩壊した唯が思う存分甘えられるようにすることだけ。
 「―――醒ちゃんは唯が嫌い?」
 会話が若干途切れがちになりながら、唯がそんなことを訊く。
 どうやら、眠いのは俺だけじゃなかったようだ。
 「嫌いだったら此処に居ない」
 「―――唯のこと、好き?」
 頭の中が飽和していく。
 OD直後はハイになって、好きなアニメや音楽について楽しく語らい、ダウナーが来たら微睡みながらそのまま寝る。それが常だ。
 「好きだよ」
 だから、それは考え無しに放たれた一言。
 「……もう一回言って」
 「好きだよ、唯」
 「えへへ……」
 だから、その言葉の重みに気付かず。
 今日も今日とて、二人の関係性は進展も後退もせず。
 唯は俺の胸に凭れ掛かったまま、すやすやと寝息を立てていた。飽和した頭が「おやすみのキスでもしてあげたら?」などと誘惑してくるので、素直に従い、唯を起こさないで済む範囲で身体を動かし、その額に、
 「ねぇ、あの子と別れてよ」
 「なんで?」
 なんで寝てないの?
 おやすみのキスは延期だ。

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