【兎角が紡ぐ】世界の終わり

 星が一つ、瞬いて消えた。
 「奇遇だな、醒」
 「健司……」
 吸い込まれそうな漆黒の空。
 澄み渡る空気は少し鋭く。
 「そんな格好で寒くないのか?」
 「あ…そういえば、寒かった、気がする」
 「相変わらず抜けてるな、お前は」
 健司と呼ばれた少年は、『仕方がないなぁ』と苦笑しながら、着ていたコートを脱いだ。
 「ほら、これ着ろよ」
 「そうしたら健司が寒いんじゃない?」
 「俺は大丈夫だ。少し厚着し過ぎたかと思ってたからさ」
 「……ありがと」
 醒と呼ばれた少年は、ブルッと身体を震わせ、手渡されたコートを手に取り、そのまま胸に抱え込んだ。
 「おいおい、それじゃ意味ないだろ……」
 「温かい……」
 「……まぁ、醒がそれで良いなら」
 星が一つ、瞬いて消えた。
 「信じられねーよな」
 健司はおもむろにそう呟いた。
 「うん。ビックリしちゃった」
 「だよな。まさかこんな―――」
 そこで一呼吸置いて、続きを口にした。
 「こんな急に世界の終わりが訪れるなんてよ」
 瞬いた星が、何処か近くに墜ちたのだろうか。
 眩い閃光と地震のような振動。
 近所の人々は皆、家に籠り、最後の時を家族、或いは恋人と過ごしているのだろう。
 それに、今さら驚愕の声を上げる人も居ない。
 世界の終わりが告げられた時。
 その殆んど全ての人が困惑し、怒り、悲しみといった負の感情に呑まれ狂乱した。
 暴動が起きもした。
 それでも世界の終わりが覆るわけでもなく。
 「健司は良いの?家族と過ごさなくて」
 「オヤジもおふくろも、楽しそうに手首掻き切って眠剤ODして、風呂場でそのままポックリ逝ってるだろうさ」
 「そっか」
 「それに…お前を独りにしておくわけにもいかないだろ」
 健司はやや照れた表情でそう言った。
 「こんなときだってのに、健司は優しいね」
 「こんなときだからこそだろ」
 「そういうものかな?」
 「そういうものだ」
 「……なんで終わっちゃうのかな」
 「さぁな」
 世界の終わり、なんて大仰なことを伝えられる人間がいるはずもない。
 だから『アレ』は神か、それに類する何かか。
 それを知る由もなく。
 「でもまぁ、クソッタレな世界だとは思ってたんだよ、俺」
 「健司がそんな風に言うなんて…初めて見たかも……」
 「ハハッ、クラスのムードメーカー気取ってたからな。醒がそう言うのも当然か」
 「それなのに、僕なんかに声かけてくれたんだね」
 「……まぁ、俺だって一人になりたい時間があったってことさ」
 クラスの人気者。ムードメーカー。中心的人物。
 それが健司。
 転校したばかりで人見知りで、中々クラスに溶け込めず、誰も来ない場所でひっそりと時間を潰していた。
 それが醒。
 そんな二人が出会ったのは、遡ること…いや、そんなことはもう、どうでも良いのだ。
 世界は今日、終わる。
 「……なぁ、醒」
 何か思案気に健司が言葉を切り出す。しかし。
 「…そんなんアリかよ……」
 隣でつい今しがた言葉を発していた醒は、健司のコートを抱えたまま蹲るようにして倒れていた。
 手首から夥しい量の血を流しながら。
 念の為に脈を取ってみるが、案の定事切れていた。
 「あーあ、俺の人生、本当に儘ならないなぁ」
 目尻に小さな雫を湛えながら、健司は一人言葉を続ける。
 「せめて告白の一つくらい、させてくれても良いだろうによ」
 その雫がポタリ、と地面に落ちた瞬間、夜空が一際強く光る。また、何処かに星が墜ちたらしい。
 健司は傍らで冷たくなっていく醒を後ろから抱くように手を回し。
 「せめて、最後のときまでこうしてたって罰は当たらないよな」
 静かにそう、耳元で囁き。
 「……大好きだよ、醒」
 その言葉を最後に、世界は何もかもが光に飲みこまれ、そうして終わった。

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