「リトル・スーサイド」吊1
※※※
傷のにおいがする。
赤くて、鉄臭い。
こんなものでわたしができていると思うと、吐き気がする。
先輩の温もりを、思い出す。
先輩の香りを、思い出す。
ささやかれた甘い声を、思い出す。
丸めた毛布を抱き締め、掛布団に潜り込む。
全身を悠里先輩で満たす、妄想に浸る。
わたしの、姫先輩。
お姉さま。
ご主人さま。
狂いそうな多幸感に酔いしれて。
そうしてまた、日が暮れていく。
気持ち悪い。
こんなこと、いつまでやってるつもりなんだろう。
もう、笑顔もはっきり思い出せない。
写真も全て、取りあげられてしまった。
わたしの全ては、先輩に溶かされてしまった。
なのに先輩も、いなくなってしまった。
いや、いなくなったのは、わたしのほうか。
もしまた先輩に触れたら、本当に壊れてしまいそうで。
今さら?今さらでしょ。あはは。
ふらふらと、家を抜け出して散歩に出掛けた。
道を外れて、知らない橋に出た。
『なあ、きみ』
座り込んで、絵を描いている男が声をかけてきた。
『何か力になれないか?』
コガラシと名乗るその男は絵を描きながら、わたしの愚かすぎる話を聞いていた。
霧や電話の向こうのように、遠くから聞こえるような声の男だ。
「わたしが、ぜんぶわるいんです」
『そうかもね』
「なぐさめないでくれて、ありがとう」
『皆、自分勝手だよな。同じ気持ちになってみろって、思う』
「おなじ、きもち」
『例えばだけど、その先輩の大事な人の』
『キリとやらを、ぶち殺すとか』
「…あぁ、そんな簡単なことだったんだ。ウイルス作ってぶちこむんですか?」
『違う違う。きみが、キリになればいい』
「わたしが、キリに」
『そうそう。たとえば…』
「何やってんだてめぇ!!その子から離れろ!」
※※※
あの男、まだいたのか。
一緒にいる子は、誰だろう。
「よしい、せんぱい?」
「…由芽ちゃん?」
中学の、バイオリンの後輩だ。悠里さんと同じ高校へ行き、色々あって、つまずいたと聞いている。
とても真面目で、練習熱心な子だった。
中学で悪い噂が立っていた俺にも、フラットに接してくれた。
けれど今は一目では分からないくらい、痛々しく変わり果てていた。
『あぁ、迷走少年、久しぶり』
「行こう」
男を無視し、手を引いて、連れ出した。
「いたたた、何すんのよ!」
『また会おうね、少年』
「大丈夫か?あんなのの話を聞いちゃダメだ」
「あの、わたし…キリに、なれるでしょうか」
「なれない。君は君だ」
「わたしなんて、からっぽ」
「違う、今はただ疲れてるだけだ」
「…ころして」
「殺さない」
「じゃあ、だきしめて」
「ごめん、出来ない」
「それじゃ…このまま、手を握ってて。離したら川に、飛び込むから」
ギュウと、爪が食い込むほど握り締められる。
「姫先輩の、すきなひとのて。先輩公認の手、先輩の手、ふふ、ふふっ」
あの男みたいな、濁った目をしている。
あーヤバイな、このパターン。
「…先に言っとく。俺は君の、助けになれない。それが出来るのは、専門家と由芽ちゃんの周りの人だけだ。今してるのは、一時避難だ。落ち着くまではそばにいるけど、あとは自分でゆっくり治してほしい」
「ごちゃごちゃうるさい。手を離したり、友達呼んだら、飛び降りるから」
さらに爪が食い込む。少なくとも、大袈裟に言ってるわけではなさそうだ。
部活の関係で彼女の家の連絡先は知っているから、番号が変わってなければ親御さんへ電話することは出来る。
けれど、一度どこかで落ち着かせた方がいいだろう。
そしてこういうとき俺が一人で対応すると、結局甘やかして大体ろくなことにならない。
昔、そうして叱られた。
ならば。
叱った人が、責任を持つのが良いだろう。
「…よし、わかった。ちょうど今、うちにきてるんだ、頼ってみよう」
「だれが」
「俺が知る、一番のヒーロー」
───────────────
《関連》
◯木立由芽
https://note.com/ra_wa/n/n4b69c39f5444
◯吉井信二https://note.com/ra_wa/n/n228dc21461ff
◯木枯タクhttps://note.com/ra_wa/n/n2c224b8db44c
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?