迷走少年 (序文)
[関連]
※1作目「神様と11人の私」→https://note.com/ra_wa/n/n4bec367bbfd7
※2作目「おひめさまには内緒の話」→https://note.com/ra_wa/n/n83f26f11427b
※3作目「弟子と私の浅夢くずし」→https://note.com/ra_wa/n/n4b69c39f5444
☆☆☆
恥ずかしい懺悔をする。
ほんの短い間だけ、野球選手になるのが夢だったときがある。
テレビで見た選手が、かっこよかったから。
小学校のクラブの体験入部に行った。
普段ふざけてばかりの友達の、かっこいいところを見られて本当に楽しかった。
だけどそれで、満たされてしまった。
きつい練習をしてまで自分がそうなりたいとは思えず、なんとなく見た夢をなんとなく捨てた。
ノーベル賞を、取りたいと思ったことがある。
偉人の伝記マンガにはまっていた時だ。
小学校のテストは俺でも簡単だったので、実は天才なんじゃないかと調子に乗っていた。
近所に住む1つ下のイトコである美月と、試しに塾に行った。
俺の成績は普通で、彼女は天才と呼ばれた。
初めてそこで本当のレベルの差を知った。
今思うと、その時点のレベル差なんて頑張れば克服できるものかもしれない。
だけど、そこまで頑張る気も起きなかった。
彼女の自慢げな顔をみて、良かったなと思った。
ヒーローに、なりたかったときがある。
ご多分に漏れず、マンガやアニメの影響。
だけど、物語みたいな敵が見つからず、何をすればヒーローになれるのか、分からなかった。
とりあえず、いじめを見つけてやっつけるところから始めてみた。
俺から隠れて、かえってひどいことをされるようになってしまった。そのうち、俺のほうが煙たがられるようになった。
何とか自分なりに決着をつけた頃、俺が思うヒーローは物語にしかいないと気付き、申し訳なくなってバカなことをやめた。
走ることは、好きだ。
何にも縛られない。競技でもなんでもなく、ただ無心に走ることが好きだ。
この気持ちは今でも無くならない。風と日差しが、心地よい。
なのに心のどこかで、これだけで良いんだろうかと呟く自分がいる。
美月と一緒にテストを受けたあの時や、助けた彼に感謝されたあの時に満たされた『何かになれそうなワクワク』から、ずっと目をそらして逃げているような気がする。
…そんなことを真面目に考えて日記に書いた次の日は、痛さに恥ずかしくなって苦しくなる。
友達に知られたら、絶対バカにされそうだ。
ごまかすために、また日差しを浴びに行く。
バイオリンは、好きだ。
聴いたり練習するのも好きだけど、発表会のあの特別な時間が流れる感じが、特に好きだ。
なんというか、『自分のこの時間はこれをするためだけに流れてる』、みたいな…駄目だ、上手くいえない。
でも、音楽家になれる気などない。
趣味でずっと続けるのは、ちょっとハードルが高い。
それに、自分ひとりでは、この『なにかになれそうなワクワク』をつかみ損ねてしまいそうだ。
だから、中学では今しか出来ないことをしたい。
初心者も熟練者も、なんとなくの子も本気の子も。こんな中途半端な俺も。
皆まとめて、なにかになれそうな音楽をしたい。そう思った。
隣の席の彼女に声をかけた。
「悠里さん、ちょっといい?」
「…よ、吉井、くん?」
「もし、良かったらなんだけど。一緒に部活に、入らないかな」
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