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銭状のメリークリスマス

 派遣の仕事が終わった。今日は横浜スタジアムでコンサート会場の設営だった。日本大通駅から地下鉄で帰路へつく。夕方の5時だった。



 明日は本業かと思うとため息も出ない。ダブルワークを始めて半年、休日はすべて派遣の仕事をしていた。なんでこんなことをしているのかって? そりゃあ、人生に失敗したからだよ。

 1年前、俺はいわゆる「せどり」を始めた。日本の製品を海外のオークションサイトで売る、というものだ。商品は売れることは売れたのだが、関税や送料のことが全くわかってなく、おまけに発送作業を外注していたので、売れれば売れるほど赤字になるという、なんともマヌケな話だった。どうにかクレジットカードとキャッシングローンでしのいでいたが半年で限界になり、撤退した。弁護士に相談しに行って任意整理をした。自己破産を弁護士から勧められたが、会社にバレるものだとばかり思っていて、頑なに断った。その結果、弁護士費用と残った借金を返すだけで毎月の給料は無くなり、メシを食うにはバイトをするしかなかった。

 Suicaをタッチして改札をくぐる。おそらく130円ほど余るはずだ。どうにかしてその余った130円を払い戻せないものか。前にみどりの窓口で相談したが、すげなく断られた。130円もあれば、100円ローソンで大盛りのレトルトカレーが買えるのに……。

 財布の中を見ると、436円入っていた。全財産だ。派遣の給料は通常半月に1度あるのだが、それでは生活が追いつかないので、前払い制度を使っている。それを使えば給料日より前に最大7割まで支払ってくれる。昨日も派遣があり、その前払いの振り込み日は5日後なので、5日間を436円でしのがなければならない。

 ホームで電車を待っていると、やけにカップルが目に留まる。なんとなく浮き足立った雰囲気だ。構わずにスマホでSNSを見る。みんな誰かしらとクリスマスパーティーをしていた。豪勢な料理に酒、そして友達。おれは肉なんて、最後に食べたのはいつだっただろうか。

 そうか、今日はクリスマスイヴか。聖夜だ。

 電車が来た。ずうっと走りっぱなしでくたくただった。座席に向かおうとすると先に男が彼女をエスコートして、その席に座らせた。おれはヘルメットや作業着が入ったボストンバッグを床に置いてつり革に掴まった。

 クリスマスか……。

 恋人なんていないが、気づくとなんとなく気持ちがウキウキしてくる。今日くらいなにか贅沢をしても……。500mlのビールにポテチとか……。

 いやいや、どこにそんな金があるっていうんだ? 1日100円も遣えないんだぞ?

 晩メシどうしようか。1/4のキャベツとモヤシを買って炒め物でも作るか、それともパスタを茹でてオリーブオイルをかけて食うか。

 せめて100円、いや、110円か、それだけ遣えればパスタソースだって買えるし、レトルトカレーだって買える。ご馳走だ。

 しかし、昨日今日と派遣に入れたから、来週は少し楽ができる。肉だって買えるかもしれない。豚こま肉を炒めて、しょうが焼き風に味付けをして、千切りにしたキャベツの上に乗せて、食う! うまいんだこれが。

 そんなことを考えていたら腹が減ってきた。たまには焼肉が食いたい。ステーキが食いたい。寿司が食いたい。酒が飲みたい。今日はクリスマスイヴだろう? なあ、おれにはケンタッキーすら食う資格が無いのか? ああ、そうさ。無いんだよ。チキンもケーキも食べられない。シャンパンなんてもってのほか。

 腹が減った。

 空腹はみじめな気持ちにさせられる。

 渋谷駅に着いた。ぞろぞろと人が降りていく。目の前のカップルも降りていく。

 メリークリスマス。素敵な聖夜を。

 心のなかで呟いて、座席に座った。

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