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in return for my sorrow?

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自己療養のための散文的なもの。 孤独が苦しみの別の名前ならば。この文章は僕のためでもありながら、もしかして、君のためでもあるんだね。
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定着を価値づける、あらゆるものが僕を傷つける。

定着を価値づける、あらゆるものが僕を傷つける。

安部公房展。

つい最近ネット上で「キモい文学」が話題になったが、ある種の「キモさ」がなければ文学など書かないし、その「キモさ」を必要としなければ、理解もしないのは当然かつ健全なことであるかもしれない。

安部公房はあまりに先鋭的で普遍的なので、彼の書く「意識」はそのインターネットを予見していたとも思える。

意識とは微小なインターネットであり、インターネットは巨大な意識であるのだから。

インタ

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理解し得ないものばかりが折り重なるこの世界のことを理解しようとする試み

理解し得ないものばかりが折り重なるこの世界のことを理解しようとする試み

僕のXやらなんやら見てる人からは「沖津さんはいろんなところの歴史的なものを巡るの好きですね」と言われる。

僕は歴史学なんてやってた人間だから確かに歴史的な何かを見て感じるものは人より多少多いのかもしれないけれど、実際にあちこちの街を歩き回って見ているものはそういうものばかりではない。

実際には現代のマーケットや若者のカルチャーが見える都市の中で感じることはとても多い。

古代人の作った土偶が現

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世界は期待するようなものではなかったけれど

世界は期待するようなものではなかったけれど

いつかどこかで書いたような記憶があるけれど、僕には高校生の頃から僕の身体を見てくれている主治医がいる。

先月、20年以上の付き合いになる彼と酒を酌み交わすために僕は札幌まで向かった。
北国の短い夏の夜。

「なあ、沖津くん。
知れば知るほど絶望しても、真実に肉薄していくより他に僕らみたいな人間にできることはないだろう。

目の前や少し先にある希望や幸せのためにではなく、人は生きている限り、ただ生

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わたしは最低のブタです

わたしは最低のブタです

狂気の天才、梶原一騎のクレイジー過ぎる怪作『愛と誠』展。

破滅型の才能が若者に受けなくなったと言われて久しいし、近代に流行した鬱屈や虚無感から由来する芸術家の話をしても「心療内科にいってお薬を飲めばいいのに」で解決してしまって、物語としての強度を保てなくなってるという話が最近もネットで盛り上がった。

しかし、直球なベタすぎるメロドラマやギャグとも本気ともつかぬ過剰な展開をためらいなく連打し、有

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愛をください 

愛をください 

週末深夜の渋谷の帰り道。
喧騒の繁華街を少し離れると、路上に座り込んでいつまでも語らう者たち。
酔った恋人を背負って歩く者。

いつも見慣れた光景なのに、時々、ふと目にした若者たちの姿に記憶が波うち、懐かしさみたいなものが溢れ出して、息が止まりそうになる。

いろんな感情が流れ込んでくるけれど、でもそれはもう、遠くにある痛みだった。
一日ごとに遠ざかり、薄れ、やがて消えてしまうかもしれない記憶の中

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人生にはバラで飾られるべき時もある。

人生にはバラで飾られるべき時もある。

いつもそうではあるけれど、先週一週間は特にとてもバラエティに富んだ、様々な種類の相談に乗ったような気がする。

生活が追い詰められたもの、新しい仕事をはじめようとするもの、愛について苦悩するもの、現実的かつ感情的な対応を迫られるもの、などなど。

現実的な解決の手助けができることもあれば、ただ共感を示すことしかできないものもある。

「結局、本当はわたしの自由だから」と多くの人が言う。

個人の自

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Happy birthday to me.

Happy birthday to me.

また一つ歳を取る日、富士山麓の廃れた街を歩いた。

朽ちていく街の外れの寺に、徐福の墓と伝わる塚があった。

秦の始皇帝が不老不死の妙薬を求めて旅立たせたという伝承上の人物の墓が、こんな朽ち果てた街のはずれにあるのは悪いジョークみたいな気がした。

僕も生きに生きて、もう40代。
結構長く生きた。そしてまた一つ歳を取る。

高校生の頃クラスの女子に「オッキーは20代で自殺とかしそうだね」と笑われた

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紡ぎ、ほつれる。 織姫の里にて

紡ぎ、ほつれる。 織姫の里にて

七色の鳥居で有名な織姫神社。

機織りが人と人の縁を織りなすことのメタファーだったと気づいたのは、随分大人になってからだったかもしれない。

偶然、織姫神社のあるこの町を流れる川にかけられた橋が渡瀬橋であることを知った。

森高千里の歌は歌い出しくらいしか知らなかったが、橋のそばに歌碑があったのでぼんやりと眺めていた。

この小さな町から出ていくことのできない女と、田舎町では生きていくことのできな

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賑やかであることが存在意義であるような街

賑やかであることが存在意義であるような街

ちょっとした用があって、新しくできた原宿「ハラカド」に行ってきた。

なんというか、とても「原宿らしい」ところで、とてもよく考えられていると思った。

賑やかであることが存在意義であるような街では、たとえそれが表面的であってもすぐに人の心を奪うから、休日のこの街は幸福そうな笑顔に溢れている。

完全に満たされることがないのが欲望だとしても、この楽しそうな顔を見ているとこれを幸福と呼ばずして、何をそ

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母さん、彼らの目をのぞいてごらん。僕はそこにいるよ。

母さん、彼らの目をのぞいてごらん。僕はそこにいるよ。

高校生の時、Springsteenの『The Ghost of Tom Joad』を聴いてから、いつか読もうと思っていたスタインベック『怒りの葡萄』をちょっとしたきっかけがあって、ようやく読んだ。

1930年代アメリカ文学を代表する作品として「資本主義と機械化による格差と尊厳の問題」を扱った本作だけれど、100年前から現代も何一つ変わってはいないだけに、本作をいまでも今日的な意義を持つと考えれば

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歌うクジラと自己家畜化する人類

歌うクジラと自己家畜化する人類

歌うように鳴きながら芸をするクジラたちを見ていて、数年前に読んだ『歌うクジラ』を思い出した。

ハワイのマウイ島近くの海底付近でグレゴリオ聖歌の旋律を正確にくり返し歌うクジラが発見された。
そこから人類は不老不死の遺伝子を発見する。

それをきっかけに、情報化によって不幸が蔓延していた人類は、徹底した階層化と分断社会への移行を選択する。

思えば村上龍は40年も前から、ここ数年ホットな話題になって

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湿原に自由、存す。

湿原に自由、存す。

初めて訪れた港町と巨大な湿原。

湿原に自由、存す。

一面の水、また水。
どこまでも人間の征服を許さない巨大な湿原は、自由の国のように見えた。

取り戻せない時間と永遠には共存し合えない他者という、支配も制御もできないものがこの世には少なくとも二つあるのだと僕は思ってきたけれど、この自然もまた支配も制御もできないものだ。

一方で、自然の生命をみなぎらせたイメージの陰に、それと対照的な暗い色調が

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人間の驚くべき不気味な順応性

人間の驚くべき不気味な順応性

吉村昭は特別に好きな作家ではないけれど、自宅で療養中に、看病していた長女に「死ぬよ」と告げ、みずから点滴の管を抜き、首の静脈に埋め込まれたカテーテルポートも引き抜いて死んだ、という凄絶なエピソードが好きだ。

「人間の持つ驚くほどの順応性、それが戦争から得た私の悲しい発見であり、その先天的な機能の不気味さを知る上で、かけがえのない機会であった。」

彼の死に様は常人からすると不気味に思えるかもしれ

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二点間を結ぶ直線

二点間を結ぶ直線

会社の仲間に、とある案件がどうやって生まれたのか聞かれて、説明しながら気がついた。

・Aというプロジェクトを持ってきてくれたaさん
・aさんを紹介してくれたのは、bさん
・bさんを紹介してくれたのは、bさんが当時入社した会社の社長のcさん
・cさんを紹介してくれたのは、cさんの会社の会長のdさん
・dさんを繋いでくれたのは、dさんの息子さんの高校の同級生のeさん
・eさんとの出会いは、僕が前職の

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