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ねこじゃらしと、風。

港まちに住むひとたちの台所におじゃまして定番料理をおしえてもらうプロジェクトだが、今回はきっさ姉妹さんで人気メニューの作り方をおしえてもらう。

毎回、そのお宅へ向かう途中に草花をみつけて、ブーツの形をした白くて小さな陶器の花入れ「リトル・ブーツ」に活ける。この日はポットラックビルのプランターから1つ、先がピンクの葉っぱを摘んだ。きっさ姉妹に着くと、小柄で品のよい藤井ひろこさん(81)が出迎えてくれた。50年に渡り、喫茶店を切り盛りしながら58歳からホスピスでボランティアを始めたひろこさんはすこし意を決したように「どうして、知りたいの?」と私に問いかけてきた。わたしは言葉に詰まった。どうして!?

登呂の田んぼで、土がいろいろなものを分解するのを体感し、自分も分解されやすい体で地面に戻れたらいいなぁと思って調べると、この身体は宇宙と同じ元素でできていることがわかった。私は「だから何?」と思った。それより、この地球上で肉体を持つ一人一人の人生のことがもっとずっと気になった。ポール・オースターの小説のなかで“ほとんどの人は無名のまま死んでいく”と言うフレーズがあって、その言葉がずっと引っかかっている。みんな、ひとり一回きりの人生。ホモサピエンスが誕生してから今まで、人間の身体を構成する要素はそんなに変わってないし、すごい進化をしているわけではない。(人口比で、女性が増えていってるのは、何かの進化なのか?)人は生きてる限り、食べる。世界中で毎日、20億人くらいがご飯を作っている。そこんちの定番料理をおしえてください、というのは半分、口実かも。知りたいのは、だれひとり同じでない人生。たったひとりの嬉しい、悲しい、困ったことは小さな断片だけど、断片はつながって景色になるんじゃないか?と思うから。なんて、長々と答えられずにいると、ひろこさんがテーブルの上に置いたリトルブーツを見て、

藤井: お茶とお花は一応師範職で、お茶の淹れ方とかお抹茶の点てかたの基本がなっていたのかな、いま思うと。今日、こうやってお花(リトルブーツ)持ってきてくださったけども、病院なんかはこういう心づかいが大切なのね。
本原:あ~。外のね~。
藤井:そうです、これ一つで明日亡くなる方もご家族の方も、癒されるとか、または野を感じる、外の空気を感じるとか。ねこじゃらし入れるだけで、部屋の中でも風を感じるとかって。こういう自然がね、大事なんです。
藤井:ホスピスでこういうことがあったの。奥様が寝てみえて付き添う旦那様が
「 3時の珈琲のタイムに2杯持ってきて下さい」って言うのね。奥様は全然飲めないのに。でも「はい、わかりました」って持って行くと、ご主人が奥様の鼻のところへ持ってって「母さん、珈琲淹れてくれたよ。おいしいよ。どう?」ってささやいてみえたの。旦那様に「珈琲お好きだったんですね」って聞いたら「大好きだったんで、香りだけでも」って言われたの。それで、私は心臓だから、婦長さんのところへ行って「珈琲をあの方のお部屋で点てさせていただけませんか?」って。婦長さんも最初は「ん?」って言われたんだけど、わかっている方でしたので、すぐに「わかった」って。サイフォンをお部屋でたいてたら部屋中、珈琲の匂いになるじゃないですか。
本原:うんうん。
藤井 : ご主人、ほんっとに涙流してね。「母さん珈琲の匂い…おいしいでしょ」って。
藤井 :お茶でもやっぱり心をこめて…みなさん美味しいって言ってくれるけど、カップを温めるだけでも味が違うから。そこのちょっとした心遣いがいいのかな。
本原:香りとか音とか…。台所って食べるだけじゃないですよね。
藤井:そうです。ホスピスは台所があるから日常の物音が部屋にも届くでしょ。それがやっぱり癒しになる。病院ってまっ白の部屋で何もないし、シーンとしたところだけど、まな板の上でトントンっとか、私たちが洗ってるお茶碗がカチャカチャする音が良いんです。
本原:いいね、いいよね〜。

ひろこさんは53歳から5年間、心を病んでとても辛い時期を過ごしたあと、お世話になった先生の勧めでボランティアを始めた。「私は58歳で生まれ変わったのよ。背中を押された時の勇気がいるけど。」と(たぶん勇気をもって)今年58歳の初対面の私に話してくれた。

その日は夜に、ビニちゃんとリカコさんが住むマンションを訪ねた。生後4ヶ月の黒猫サンバがいて、とてもかわいい。みんなに遊んでもらうサンバを見てリカコちゃんが「サンバ!これで今夜は、ぐっすり寝れるね!」と言った。階下に住む人から夜中に猫の駆け回る音がうるさいと苦情がきたそうだ。うちにも猫がいてとつぜん大運動会をするが、一軒家のわが家でその足音が気になるとか考えたこともなかった。7月に訪ねた市橋さんが、田舎の古民家を探していた時の会話を思い出した。

市橋:私も尾鷲や下呂見に行ったりとか、古民家とか見に行って。もうさぁ、海とか山とか川が見えるところがいい。わぁーっとかって、憧れてみたんですけど、夜を見たことがなかった。 
古橋:泊まってみたの?
市橋:(その時は)古民家を見に行ったわけじゃないんだけど、もっと田舎っていうのはこういう所だっていう体験をしたことがあって、そしたら、もう真っ暗!!
古橋:真っ暗!(笑)
一同:(笑)
市橋:ここらへんって夜も明るいでしょ。
本原:闇がないんだよね。
古橋:闇がないんだ(笑)
市橋:ほんとの闇ってこうなんだっていうのを。それで1人でしょ?
古橋:怖いよね~。
本原:1人で古民家とかないよね~。
市橋:で、そこから現実を見るようになって、古民家って買っても安いんだけど、メンテナンスがめっちゃ大事。
本原:すんごい大変だと思う。
市橋:できない。で、蛇とかムカデとかも入ってきて。

ひろこさんから、ホスピスで台所の音やコーヒーを淹れる香り、猫じゃらしのような小さなものでも自然が傍にあることが患者さんにとって癒しになると聞いたあと、他の人の暮らしの音が迷惑だったり、ひとりぼっちが怖かったり、なんだか不思議だ。
ビニちゃんちから宿泊先に戻ると、ロンドンの友だちからスイス・日本人監督のアヤ・ドメーニグさんが制作した「サイレント・フクシマ」が8月7日まで無料で見られるからとリンクが送られて来た。おしどりまこ・ケンさんが福島について取材をしている姿などを追っているフィルムだ。インタビューされた人が原発事故後、立ち入りできない区域では「生活音」がしない。夜になれば、獣の声しかしなくて人間も獣の一部のように感じると話していた。

人間も他の生物とおんなじで身を守らなきゃっていうDNAがある。安心して眠れる内側を囲ってつくる。だけど、他の人の気配も安心する。長野で古民家を買って田んぼをやっている友達に「由紀ちゃんは、闇がこわくないの?」と聞くと、「人間、ちっぽけで怖がりでかなわないなぁーって大事よねって思う。」と言った。
生きてるって振れてる。声や音は振動が伝わってくること。人が動けば、ものが動けば空気が動く。それはエネルギーでちいさく震える個体があちこちに息づいている。ウィルスもそうか。今、この文章を書いている窓の外では、葉っぱが風で揺れている。

翌日の夕方、みんなで釜半さんへ歩いたときは蝉の声が大きかったなぁ。街路樹の百日紅《さるすべり》がピンク色の花を咲かせていて、リトルブーツに挿したときの会話です。
村上:「港って歩くだけで、こんなに植物がたくさんあるんですね。」
古橋:「村上さんもこのブーツ持って歩けば、急にあれ!って、お花発見機。」
村上:「僕がふだん、どんだけ見てないかっていう。」
古橋:「それは、みんな言ってる。」

アフロちゃん

百日紅をいれすぎて、アフロヘアのリトルさん。

姉妹02

店内からきっさ姉妹の入り口。

姉妹03

小柄なひろこさん、足をぷらぷらさせながら話すの。

ひろこさんjuice

*お店で人気の生ジュースの作り方をおしえてもらいました。家族用とお店用ではすこし甘みを変えるそうです。娘さんが作ったジュースは少し味が違いました。「バナナの完熟度でもちがうのよぉ」と言ってました。いつも一回だけの味です。【写真:村上将城】
                  *
noteの関連記事「ひとの話を聞いたら、世界とつながった。」(市橋さんとビニちゃんちを訪ねたときのこと)

◎港まちづくり協議会のサイトにこれまでのアーカイブを閲覧できる特設サイト
◎これまで伺ったお宅での定番ごはんのメニューなどをまとめたグラフィックや、会場で配布しているA5のチラシをダウンロードできます。
7月のアーカイブ
8月のアーカイブ
【Webサイトデザイン:大西未来、倉田果奈(港まちづくり協議会)】


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