HUNTER×HUNTER考察 念能力の系統と追記にて修練度についての考察

はじめに

念獣考察一覧の追記を書いているときに、系統について自分の見解を書いていなかったなと思ったので、書いてみようかと。

強化系

強化系の特性は、オーラによって物の持つ働きや力を強くすることにある。
念での戦闘においては基本のような能力であるため、難度はともかくどの系統でも強化自体は可能だろう。
ただ、強化系の本質はその強化のしやすさにあると思っている。通常念を爆発的に底上げするためには、かなり厳しい制約と誓約が必要とされるが、強化系はその特性のため、それほど厳しくない制約と誓約で強化することが可能なのだと思われる。
例をあげるなら、タメをつくる、腕を回す、めっちゃ力を込めて右ストレートを放つなどでも、他の系統とは段違いの威力を実現することが可能だと作中から読みとれる。
そんな強化系だからこそ、全てをなげうったゴンさんは、王にも届きえるほど強化することができたのだろう。

変化系

変化系の特性は、オーラ自体の性質を変えることにある。オーラの形状を変化させるなどは、難度はともかくおそらくどの系統でも可能だろう。
また、炎など想像しやすいものに対する変化は比較的容易にできるのだと思われる。
ただ、想像しにくい性質の変化については、純粋な変化系でないと難しいのだろう。
例えばキルアの電気であり、ヒソカのガムとゴムなどだ。
また、変化系の本質は極めることで実在しないエネルギーに変化できるのだと思われる。それがビスケのローションである。

放出系

放出系の特性は、オーラを飛ばすことである。
オーラを体から切り離すことは、難度はともかくどの系統でも可能だろう。
ただ、本質は術者と切り離したオーラとの繋がりにあると思っている。
瞬間移動がそのよい例であり、空間を隔ててなお切り離したオーラとの繋がりがあるため可能な能力だと推測される。
そのため、他の系統では難しいのだろう。
また、繋がりがあるからこそ他の系統に比べて念弾などの射程距離が長く、威力なども高いのだと思われる。

具現化系

具現化系の特性は、オーラを物質化することである。
オーラを切り離すのではなく、別のものに作り変えているのである。
念で物体を作ること自体は、難度はともかくどの系統でも可能だろう。
ただ、本質は物体の創造にあると思っている。創造とは新しく作り出すということだ。
どの系統でも形を真似て物体を作ることはできるだろうが、新しいもの(特殊な能力を内包するもの)は作ることができないとみている。

操作系

操作系の特性は、物質や生物を操ることである。多くは自身のオーラを相手や物体に流し込んで操作するとみられる。
このため、物体を操ることに関しては、難度はともかくどの系統でも可能だろう。また、自身や念獣など自身で生み出したものを条件づけて操ることはそれほど難しくないとみられる。
一方で、意思のある(抵抗力のある)存在を思いのままに操ることや物体の精密な操作というのは、操作系以外には難しいのだろう。
これは、クラピカ対ウボォー戦の台詞から、操作系は対象に多くの念を込めることができるからだと思われる。
操作系の本質は、おそらくは支配ではないだろうか。幽遊白書でいうところの支配者級(クエストクラス)というやつである。

特質系

特質系の特性は、他の系統に当てはまらないことである。
要するに、他の系統では説明できない能力がこれにあたる。
念は基本的に自身の願望を反映する。後天的特質系とは、その願望がどの系統でも実現できないときに、何かをきっかけにして実現可能となったときになるのではないだろうか。
絶対時間(エンペラータイム)の場合は、クラピカ本人が強化系が良かったといっているように、ひとりで戦うためにバランスの良い力が欲しいという願望が、緋の目になることで実現可能となったのだろう。冨樫先生のメモによる位置による不利とはこのことを指しているのだと思う。

おわりに

ざっとこんな感じで捉えていて、考察を行なっています。
それぞれの系統の本質は、それぞれの系統の人間にのみ可能だということを前提に考察してる感じです。
こうして考えると、カストロは強化系として具現化系と操作系、ともに強化系としては最大限使える幅を使って分身(ダブル)を使っていて、本当に容量無駄にしてんなーって。
自分に似せるのではなく、簡易的な形状で具現化、自分の動きに合わせて紐付けした操作であれば、まだよかっただろうに。
まあびっくりドッキリさせたいがために、応用力のきかない能力にしてしまったのが彼の敗因かと。
それに対してよく比較される百式観音は、すでに百式観音についての考察で語った通り、土台は強化系として速さを極めた感謝の正拳突きであり、これに応用力をもたせるため、手数として観音像を具現化しているわけですな。
観音像を具現化したいのではなく、正拳突き以外の攻撃手段を求めた結果、物理的にぶん殴れる手段として具現化したのが観音像なんだろうなって思うんですよ。
ありていに言ってしまえば、攻撃の際に実体があればそれでいいはずで、だからこそ念獣の考察一覧では念獣と呼ぶかは微妙だと書いたわけです。
会長の念能力は一番厄介なのが百式とあるので、おそらく感謝の正拳突きを土台にいくつか能力があるのかなーとは思う。
ぶっちゃけ強化系なのだから、単純に感謝の正拳突きで殴ってくるのが一番破壊力があるはずで。
ただ、「厄介」という言葉通り、百式は近づくことすらできないという点で非常に厄介な能力なわけです。
最後は百式の考察の補足になってしまったけど、系統についての考えはそんな感じでい!

追記(修練度について)
ちなみにこの本質に近づくことが修練度としての極に近づくことかなって予想しています。
いわゆる真髄。
そう考えていくと、念を食べることのできる新種の生物としてアベンガネが極に位置していて、念や生物を吸い込むことができないシズクが優だということに納得がいくかと思う。
心技体を鍛え、能力の特性を深めていくことで修練度は上がり、真髄に到達することで極に至るんじゃないかなぁ。多分。

※書いていて操作系のことがよくわかっていなかったので、色々修正しています。

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