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創作小説『やせたいオトコノコ。』 第3話 横宮、動きます。

自分の体型をかつてのクラスメイトからは罵られ、おまけに通りすがりの小学生にもからかわれてすっかり自尊心を失った晴太郎。そんな中、彼はある決断をした―――



「なんだ、夢だったか」

 晴太郎は冷や汗まみれで飛び起きた。シーツには等身大の汗ジミ。時間は朝の5時だった。あれから12時間近く寝ていた。体はビショビショで、なんとなく口が臭い気がした。
(やらかした・・・)と思いながらもシャワーを浴びて朝食を食べ、身支度を済ませた。
 いつもの青いジャージを着て、チーム登下校の3人で自転車を漕いで学校へと向かった。そこには昨日ほどの気まずさは感じられなかった。

 授業も終わって家に帰り、晴太郎はインスタを開いた。
 いつものように友達のストーリーや投稿を見るためではない。そう、ダイエットの情報を集めるためだ。
 友達のストーリーそっちのけで「#ダイエット」「#痩せたい」「#デブ卒業」などといったハッシュタグで検索すると、一件の投稿が目に留まった。
 適正体重についての投稿で、ダイエットサポーターを名乗るアカウントのものだった。
 気になってスクロールすると、まずは自分の体重を知ろう、という文字。晴太郎はスマホ片手に体重計のある洗面所へ急ぐ。
 いざ体重を測ると「70.2kg」の文字が彼に現実を突きつけた。だがそこでくよくよしては時間がもったいない。
 そこで投稿の通りに、スマホの電卓を使って自分の身長をメートルに換算した数値を二乗し、それに25を掛けた。こうすると自分にとっての肥満体重がわかる。
 彼の身長は161cmで、メートルにすると1.61となる。二乗してさらに25を掛けると64.8となった。
 今の自分の体重はそれを超えているからダイエットの必要性は充分にあるな、と思った。
 次に先程の「1.61」の二乗に20を掛ける。1.61×1.61×22=51.8kg。これは彼にとっての美容体重だ。
「キリが悪いし切り捨てて、50kgを目標にするか」と晴太郎は漏らし、いつまでに痩せようか考えた。
 すると7月の半ばには学校祭、10月の末には体育祭があることを思い出した。学校祭まで1か月ないから厳しいとしても、体育祭までの4か月で20kg痩せるなら無理はないか、と自分で判断した。

 よし、と決心して晴太郎はLINEを開き、藍斗にメッセージを送った。
「横宮、動きます。」「体育祭までに20kg痩せる!」
 ほどなくして藍斗から返信が来た。
「すごいじゃん!俺は協力するよ」
 この藍斗の言葉は晴太郎の心を大いにふるわせた。
 ありがとう、と返した後に、「目標決まったのはいいけど聞きたいことあるんだよね」と切り出した。「なーに?」と藍斗。すると晴太郎はこう返信した。
「ダイエットする人ってよくダンスやるやん、でも俺ダンス苦手なんだよね、どうしてもやらなきゃダメ?


 確かにダイエット業界には効果的な方法として「2週間で10kg痩せるダンス」などが台頭しているのに加え、ダンスは有酸素運動なので脂肪の燃焼にはもってこいだ。
 だが、それと同時に晴太郎自身がダンスに苦手意識をもっているという事実もあった。
 物心ついた時からダンスを習っている碧羽とクラスが一緒だった頃の話だ。学校祭の華ともいえるクラス発表のダンス練習を彼女たちが中心となり進めてくれていたものの、俺は苦手だから、と言い訳していつもゲームばかりしてサボっていた。渋々練習に参加しても文句たらたらだった。
 また、特に碧羽を狙っていじめたり悪口を言っていた理由のひとつが、彼女が自分とは対照的にダンスが上手いがために妬んでいたからというものだった。悪口の対象は彼女以外のダンスの上手な女子やダンスそのものにまで及んだ。
 また、藍斗も小学校時代にダンスを習っていたこともありダンスは得意で、かつ今も自分の踊っている姿をインスタなどに載せることがあるくらい好きなようだ。


 そんなこともあり、苦手だ、と言うのも少々ためらわれたし、それを言おうか否か迷いもした。
 だが、彼に痩せたいという気持ちは十二分にあったので不安を解消するべく聞くことにしたのだった。
「あーそういえば苦手って言ってたもんね、いつか忘れたけど」と藍斗のメッセージ。続けて「確かにダンスって有酸素運動だから痩せやすいけど他にも有酸素運動っていろいろあるから絶対やらなきゃダメってことはないよ」と。
 晴太郎はほっとしてこう返した。
「ランニングとかどうだろう?」
「いいじゃん!中学の時みたいだね!」
「やろう!あ、あと筋トレもしなくちゃ」
 文面からでもイキイキしている様子がありありと伝わってくる。
「そうだね!もうすぐ学祭あるし、夏休み入ってからになると思うけど近いうちにチーム登下校でランニング行くか!」
「いいね!後で三枝にもLINEするわ」

 そうこうしているうちにだんだんと日が沈み始めた。
 そんなこんなで晴太郎は、まずは毎日腹筋やスクワットなど筋トレをし、比較的時間のある土日はランニングすることにした。食事の面では今までゲーム中にしていた夜食も禁止した。そして毎日同じ時間帯に体重を測ることにした。
 また、普段の食事やトレーニングの内容、測った体重を載せるために、彼はインスタで「ダイエット垢」なるアカウントを作った。
 アカウント名は自分の今の体型と名字をかけた『でぶたろう』とし、アイコンは痩せていた頃の自分の写真に設定。bio欄には「体育祭までに20kg痩せます」と書いた。

 月日は過ぎ7月。いよいよ学校祭だ。
 晴太郎の苦手なクラス発表は例年通りあったが、高校生活最後の学校祭ということもあり、放課後や準備期間はもちろん、さらに土日も近所の体育館を借りてクラスが一体となって練習に励んでいたので今までのようにサボることはできなかった。踊れば痩せると自分に言い聞かせてなんとか乗り切った。
 一番の壁であるクラス発表の後はチーム登下校で展示を見て回ったりするなどして楽しんだ。
 途中、スイーツやドリンクなどを売っている飲食部門のブースにも立ち寄ったが、他の2人が美味しそうにそれらを口にするのを見ながら晴太郎は持参した弁当と水でしのいだ。
 彼にとってはいつもの学校祭ではなかったが、それでも自分なりに楽しむことはできたようだった。
 そうしてこれまでとは一味違う夏の幕が上がった。

 そんな学校祭の翌日。体重測定は毎日のように行っていたが、この日はダイエットを決意して1か月経ったということもあり、ドキドキしていた。
 結果は65.8kg。彼にとってはまずまずといったところだったようだが、学校祭が終わって気が緩みかけていた彼の気を引き締めるきっかけとなった。

 そして夏休み初日の土曜日、約束どおりあの3人で河川敷をランニングした。
 この日、晴太郎は黒いTシャツにクリーム色の半ズボンを着て、ウエストポーチを身につけていたが家を出る前に鏡を見て、またもや絶望した。
 先述の通り彼は脂肪がつきづらい体質だったものの胸や腹はやや太りやすく、Tシャツはピチピチになっていて、ズボンもウエストポーチもギリギリだった。
 しかし彼は鏡の前で「絶対痩せてやる!」と両頬を叩いて意気込んだ。
 河川敷で待ち合わせをして、3人は終始笑いながら走った。
 3人とも学校の体育の授業以外では久々に走ったので、最後はへとへとになったが、中学時代に部活に打ち込んでいた日々を思い出したこともあり、走り終わった後は達成感に満ち溢れた。
 また晴太郎はランニングということでたまたまマスクを外していたが、藍斗や蒼志にとって晴太郎の素顔を見るのは久しぶりだったので嬉しそうだった。
 その後も3人で思い出を作り(少しは勉強もして)、充実した高校生活最後の夏休みを過ごした。



~筆者談~

 いやいや第3話まで来てついに動きましたね、晴太郎!!笑

 ちなみに、ACSM(アメリカスポーツ医学会)の提唱に、減量するなら最大でも1か月で4kg以内にとどめるべきだというものがあります。
 晴太郎は4か月で20kgの減量に挑もうとしていますが、これは1か月で5kgのペースで体重を落とすことになるのでかなり大変だと思います・・・果たしてどうなるのでしょうか。

 さて、次回から週1回の投稿になりますが次週もよろしくお願いします!

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