虚しさ

 前日、私は夕飯を抜いた。唯一の生きがいともいえるアルコールも控え、念入りに全身のケアを行う。「遊ぼう」という曖昧な誘いだったため、何をしようか、と考えを巡らせ、「大宮 デートスポット 男友達」という浮ついた検索履歴が、ただただ痛々しかった。

 部活の合宿帰りという彼は、小さめのスーツケースを転がし、暑さに顔をしかめたまま歩き始めた。行き先を確認しないことに抱いた小さな違和感は、彼の足が迷うことなくホテル街に向かったことで、確信に変わった。炎天下の中、何軒かホテルを覗いて歩く。平日の昼間だというのにどこも満室だらけだ。少し割高だが綺麗めなところで妥協した。

 ビジネスホテルほどに狭い部屋で、寒いくらいに冷房を入れる。アルコールを入れたいとコンビニで買ったお茶割りは、すっかりぬるくなっている。飲み干しても全く酔いは回らず、冴えきった頭のまま私の好きなB級のサメ映画をつけた。ひどいクオリティのCGサメが物理法則を無視した動きで人間を捕食するシーンを2,3消化してから、彼が私にもたれかかる。

「気持ちいい」「うまいね」「可愛い」なんて言われると、素直に嬉しかった。でも、タイプだと思っていた顔は、いつの間にかひどく醜く見え、口臭がきつくてキスができなくなった。いつもはつけない、リネンのような香りの香水が動く度に香って不快だった。そういえば気持ちの入っていない相手との行為っていつもこうだったな、と1年前のいつもの虚しさを、懐かしい気持ちで思い出す。あの時につけていた香水は、梨のような、花のような香りで、半分以上中身の残った瓶を捨てたのは半年前だ。


「お前、女なんだから舐めろって」

 半笑いで出された指示に、また苦笑いを返す。自分の作り出したキャラクターに酔ってしまっている目の前の男が、ひどく可哀そうに思えてきた。一番可哀そうなのは誰なんだろう。こいつか、こんな奴に見下されている私か、そんなことも知らずに遠い場所で私を信じてしまっている彼か。可哀そうな奴しか登場しない物語など退屈で仕方がないだろう。だらだらと午後のニュースを見ているうちに退出時間に追われ、男の下半身は萎えきっていた。


コンビニで一万円札を崩し、半額よりも僅かに多い金を男に渡す。もう互いに一言も発さず、気が付いたら駅まで来ていた。

「もう帰る? 俺こっちだから」

 言われなくてももう解散でいいよ。明らかに来た方とは真逆の方向に向かう男に一瞥もくれず、私はすぐにイヤホンを耳にねじこんで駅の反対口に回る。感染症対策で使用人数が厳しく制限されているせいで喫煙所にはなかなか入れず、イライラと携帯を触る。ふとスライドさせた指がカメラを起動させてしまい、くずれた前髪とよれたメイクの自分が画面いっぱいに映る。なんのためにこんなことをやっているんだろうか。見たことのないメーカーの飲料水のペットボトルを勢いよく飲み干してそのまま握りつぶした。いまだに匂ってくる女臭い香水が鬱陶しくて、また嫌いな香水が増えてしまったことに気が付いた私はわずかに空を仰いだ。

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