第20回 第一逸話『テレマコス』その5
「今朝はいいお天気ですこと」
愛想のいいミルク売りのおばさんが、スティーブンの差し出したコップにミルクを注ぐ。
”雌牛のミルク。このおばちゃんのしなびた乳房から出たミルクじゃない”とか、スティーブンの独白(こいつも庶民を見下したところがある)。
その後、ヘインズがぶつぶつ聞いたことがない言葉を口にする。
「彼の言っていることわかるかい?」とスティーブン。
「この方はフランス語か何か喋っているのですか?」とおばさん。
「いいやアイルランド語だよ」
アイルランドがイギリスの植民地になる前には、普通に庶民が話していた言葉。
それを、1904年、今ではイギリス人ヘインズが流暢に使い、土地の人間が使えない…。
「ったく、立派だねぇ」とマリガン。
このインテリ三人は、無学の庶民を馬鹿にしている。オチのない、もの悲しいシーン。
そしてお勘定の時間。
おばあさんは一週間分で2シリング2ペンスだと言う。それって高いの安いの? の前に、テメェら貧乏なんだからミルクぐらい自分で買いに行けって思うが、まあ、マーテロ塔(元要塞)とか言う、今ではただの分厚い壁と屋根だけの箱には冷蔵庫なんてものはないだろうし、しょうがないのかな。
マリガンが、ポケットを探り、取り出したのはフロリン銀貨一枚。
「奇跡だ!」とマリガン。
後ろの註釈によるとフロリン銀貨一枚は2シリングと同価値だという(つまり2ペンス足りない)。
そしてスティーブンがそれを取り、おばさんに渡す「2ペンスの貸しだね」。
「いいんですよ、また今度で。では私はこれで…」
帰るおばさん。
マリガンは「これで俺空っけつだ」(つまりフロリン銀貨一枚が全財産だった)と言い、
しばらくして、「こいつまたヘマをやらかした」。
「何のこと?」とスティーブン。
マリガンのやつ、足りない2ペンスを、おばさんから何とかちょろまかそうとしてたんじゃないか?
スティーブンはそれがわかったんで、間に入って来たのかも。
何が奇跡だ、バカ。
ヘインズは、スティーブンの才を買ってて「君の名言集を編んでみたいな」って言う。するとマリガンは、これに乗じて「こいつのハムレット論聞いてみろよ」って。そしたらスティーブンが「それ金になるの?」って呑気に聞いたら、ヘインズは高笑い。
で「こいつまたヘマをやらかした」(そこで直ぐに本音を急がず、しばらく様子を見てからにしろってこと?)。
「何のこと?」とスティーブン。
マリガンは、ミルクおばさんの件、ヘインズの件、どちらに対して「こいつヘマをやらかした」と言っているのかわからんが…。
結論:マリガンってやつは、なんとか金を誰かからちょろまかすことしか考えてない守銭奴。
三人は浜辺に出る。海水浴兼入浴らしい(暖かい6月だもんな)。
で、その後三人の話題に出てくる物語というのは、シェイクスピア作『ハムレット』。ヘインズは今自分達がいた後ろの建物マーテロ塔が、ハムレットの舞台エルシノア城を思わせると言っている。実は、この『ユリシーズ』と言う小説は、『オデュッセウス』だけじゃなく、『ハムレット』も枠組みに利用しているらしい(その場合はスティーブンがハムレット王子で、後から出てくるブルームがハムレット王? 一応念のため『ハムレット』と言うのは、主人公ハムレット王子だけではなく、亡くなった王の名前でもあります。親子ともハムレットです。だからなんだろ、映画『ゴッドファーザー』で言うところの、ビトー・コルレオーネと息子マイケル・コルレオーネみたいな(?))。
で、この第1逸話で言えば、その象徴とされるのは「相続人」。『ハムレット』においては、デンマークにおける王の相続のお話だったが、本逸話においては、誰がマーテロ塔の相続人(貸家だけど)、支配者か? すなわちマリガンとスティーブン、どちらが家賃を払っているのか? 実ははっきり示す記述はない。ないが、後々なんとなく…次回で。
さて、
ヘインズが聞く「君のハムレット論ってどんなだい?」
すると聞かれていないマリガンが「ハムレットの孫がシェイクスピアの祖父であり、ご本人(スティーブン自身)は実の父親の(サイモン・ディダラス)の亡霊であると、代数を使って証明するんだ」
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これについては第9逸話『スキュレーとカリュプディス』にて、考察しましょう。
…続く。
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