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熱は、東北にある 1,2日目 ~旅行開始~

「祭」というものに積極的に参加するような性格ではまったくないにもかかわらず、なぜか伝統的な祭を見物するのはやぶさかではない、という困った人間が存在する。私である。人混みや集団行動が苦手、学生時代に参加させられた文化祭だの体育祭だのにろくな思い出が無い。しかし、私には見たい祭りがあった。青森のねぶた祭である。

忘れられぬ熱

  私は約10年ほど前、中学生になったころだと思う、一度家族旅行でこの祭を見物したことがある。その時見たねぶたの凛々しい赤ら顔とラッセーラの掛け声は非常に強烈な印象として心に刻まれている。一方で、記憶は徐々に鮮明さを失いつつもあり、私はあの祭りをもう一度見て、おぼろげになった記憶を補完したかったのだ。

  しかし、ご存じの通り私はもはや、ねぶた祭を見るためだけの旅程で満足できるような体ではない。それに加えて、おそらく最後となる学生の身分での夏休み、どうせ行くのならば全力をもって挑まねばならぬ。

  かくして、盛夏の東北を駆け巡る一週間がはじまった。
  そこには、あらゆる熱があった。


1日目

過酷な初日

  今回の旅は同じ研究室の友達のM氏と行く。M氏はそんなに旅行慣れしているわけではないが、誘いさえすれば何にでもだいたい来てくれるような大変優しい無垢な心の持ち主であり、今回のトンデモ旅行に付き合わされる被害者でもある。それからなぜか途中で限界旅行勢枠のT氏と合流したり解散したりするがそれはさておき。

いつも通り始発

 今回の旅は約1週間、東北各地の祭りをレンタカーで巡る。東北の多くの祭りは旧暦の七夕の時期にあって期間が重なっているため、一度に回ることが理論上可能なのだ。だが、さすがに関西から東北まで行くのは体力的にも時間的にも辛いので、そこそこレンタカーが安かった福島から借りることにした。福島までどうやって行くのかというと、アレだ。誠に遺憾ながら、18切符だ。ごめんなM氏、福島まで18時間だ。

  この後、移動を安く抑えるためだけに18切符でひたすら乗り継ぐが、これは東海道線をうんざりするほど使っている私には旅というより本質的にはアルバイトに近い所業であり、行程もつまらないので要所だけ書く。

18限界移動

  大阪で集合。豊橋まで乗り継ぎが数分しかないのに私がなんの食料も用意していなかったため、用意のいいM氏におにぎりをもらった。すぐさま迷惑をかけていく。

チェックポイント、豊橋

  18切符で限界乗り継ぎ上京中はだいたいここ豊橋の乗り換えで一息つける。豊橋駅のいなり寿司はうまいし安いのでいつも買う。そろそろ無限静岡地獄の始まりなので栄養をつけないといけない。

マグゥ、ロォォ

  ロングシートの車両で寝ることもできず、いよいよ長過ぎる静岡の猛威に気が狂いそうになってきたところで、清水で降りて海鮮定食を食べた。ちびまる子ちゃん、いいとこに住んでやがる。美味しかったが、少々時間をかけすぎたせいで電車を一本逃し、これが後々まで響く。

3両編成から急に15両編成になる熱海バグ

  熱海から宇都宮まで4時間近く乗りっぱなしなのでグリーン車に1000円課金する。ただの通勤電車に見えて静岡、神奈川、東京、埼玉、茨城、栃木の六都県を走り抜ける冷静に考えるとかなり頭のおかしい列車である。

ようやく静岡脱出

  二階席でとても見晴らしが良く、快晴だったので伊豆大島まで見えた。ただ、冷房が強すぎるのか本当に凍えそうなくらい寒い。東北で必要かもと思って持ってきた長袖シャツをスーツケースから引っ張り出す羽目になった。なお、東北は異常なほど暑かったのでこの後この服に出番はない。

餃子三兄弟

  宇都宮で餃子。焼き、揚げ、水。なぜ茹でと言わないのかは謎。福島まで後3時間かかるという絶望感を振り払うように食べた。うまいうまい。

もうすぐ開業する宇都宮LRTの駅

  次の電車まで時間があったので8月26日に開業予定のLRTの電停を見に行った。走ってる姿が早く見たい(路面電車マニア)

ようやく福島到着

  0時ちょうどに福島到着。18切符は0時を過ぎた次の駅まで有効なので本当にギリギリである。終電だったので電光掲示板にはもう何も表示されていない。本当は23時までに着く予定だったが清水での乗り遅れが結局ここまで影響した。
  かなり疲れたが、ちゃんとしたホテルを取っていたのでゆっくり休むことができた。しかし、18切符限界移動はこれが人生最後と思いたい。

2日目

東北、はじまる

  いよいよ本番、2日目がはじまる。宿で朝食をとった後、レンタカーを借りに行く。

安くていいホテルでした

  福島で車を借りたのはただの経済的理由である。飛行機で仙台まで行って借りる手なども考えたのだが、LCCでもそこそこ高く、微妙な時間にしかなかない。それなら、と18切符で神戸からギリギリ一日で行けてそこそこレンタカーが安かった福島を選び、お金を浮かせることにしたのだ。

借りた時の第一印象︰クソいかつい

  いわゆる黒塗りの高級車にしか見えないトヨタのカムリ。コンパクトの種別で一週間借りる予定だったが、料金そのままで上のクラスにグレードアップしてあげるというので、それなら是非、と頼んだら、この黒塗りのやたらいかつい車が来ておののいた。しかも、なんと実走行距離が約30kmという正真正銘の新車。ぺーぺーのドライバーになんて車を貸すんだ。

  今日はこの旅行1つ目の祭、さんさ踊りのある盛岡を目指して北上する。下道走って途中で松島に10時頃に寄って、昼過ぎにちょっと鳴子温泉に入って、17時ごろに着けたらいいなあ、とガバガバ計算を立てていたが、グーグル先生に聞くとここ福島から松島まで3時間以上かかるとおっしゃる。福島は福島県のだいぶ北側なんだからそんなかからないだろうとタカをくくっていたが、甘かった。関西に比べて全体的に町と町の間の距離が長い上、仙台や松島周辺はどこもかしこも道が混んでいる。結局先生の言うとおり松島の展望台に着いたのは12時前だった。

灼熱の日本三景

  松島四大観の1つ、大高森に来た。駐車場からかなり階段を登らされ、暑さで死にそうになった。どのくらい暑いかというと、日本で3本の指に入るはずの絶景スポットのはずなのに人っ子一人いないくらいには暑い。関西の茹だるような暑さから逃げるのもこの北上旅行の目的の1つだったのだが、すでに諦めた。

にほーんさーんけーい(語感がルパン3世)

  私は高台から見下ろす多島海の風景が好きである。松島は全体的に平べったく自然が豊かという印象でさすがは日本三景、美しい。でも私はやっぱり、橋や町がたくさんあって、行き交う船も多いにぎやかな瀬戸内の方が好きかもしれない(日本三景を敵に回す発言)。まあ瀬戸内にも三景の宮島あるしな。

  汗だくで車に戻ってくると、黒い車を日向に置いて3分間待つだけで完成するインスタント灼熱地獄がアツアツで我々を待っていた。エアコンを最強にして再出発し、鳴子温泉を目指す。と、その前に昼飯を食わねばならぬ。グーグルマップで『定食』と検索して☆4.0以上の食事処は確実にはずれが無いと個人的に思っているのでいつも通りそうして調べると、通り道の古川のあたりに青柳という定食屋があった。

また下宿横にできてほしい店が増えた

  ホルモン焼き定食を頼んだが、ハイパーうまい。ご飯を大盛りにしたのに足りないくらい味が濃いので、お腹と相談しつつ、少なめで、とお店のお姉さんにおかわりを頼んだ。しかしお姉さんは無視して山盛りのご飯をよそい、「これくらい?」と聞いてきた。いや多すぎです、と答えたが「食べてください」と有無を言わさず茶碗を渡すのであった。全部食べた。

宮城、岩手、大縦走

  鳴子温泉に到着。駐車場の裏手から湯気が上がっており強い硫黄の香りがする。関西には火山が無く、硫黄泉もほとんど湧かないので、硫黄の匂い(正確には硫化水素の匂い)を嗅ぐと遠くまで来たという実感が湧く。

どんな背景だろうが、いかつい黒塗り

  暑すぎてひと気のない温泉街の道を滝の湯という公共浴場に向かう。こういう昔ながらの温泉街にはやたら安い値段で入れる公共浴場があることが多いのである。

ここ200円なの何かのバグだろ

  早速入ると、お湯は真っ白に濁っていてすべすべしている。片方の浴槽はとんでもなく熱かったが、奥のぬる湯の方は無限に入っていられそうだった。だが強酸性なので体が溶ける可能性も0ではない。

温泉街に潜む巨大こけし群

  鳴子温泉はこけしが名産品なのか至るところで出迎えてくれる。こけしって20cmくらいだと思うんだが、はっきり言ってどう使うものなのかよくわからないからか、なんか巨大化されがちな気がする。そんなことよりもすでに午後3時を回り、盛岡にさんさ踊りがはじまる18時に着けるかも怪しくなってきた。

行く手には夏の雲

  できるだけ高速代を浮かしたい我々は広域農道を駆け抜ける。広域農道はくねくねしているが他の車が少なく、信号も無く、景色が良いのでドライブに向いている。広域農道最高!! 広域農道最高!! お前も広域農道最高と言いなさい!!(地元民に迷惑な悪魔)

盛岡さんさ踊り

  岩手県に入っても広域農道を走り続けていた我々は、北上の町に入る直前でついに高速に乗った。ここからだと高速料金は1400円ほどで済む。M氏に運転を交代したら高速をかっ飛ばしてくれたので、何とか17時半には盛岡市内にたどりつくことができた。駐車場から歩いて会場に向かうとすでに道路沿いは人でいっぱいだった。祭りがはじまる直前の喧騒ってなんかワクワクするよね、という感覚を表現することわざとして「前の祭」というのを提唱したいがいかがだろうか。

前菜みたいな感じの輪踊り

  空砲だろうか、爆発音が鳴って踊りがはじまった。さんさ踊りではまず、いくつかの地点で円を描くように輪踊りという小規模な踊りが行われる。

後の祭り感出してますが、まだはじまってません。

  昼間、東北にあるまじき酷暑をもたらした太陽は、その最後の熱をすべてこの祭に渡そうとしているかのように、ぎらぎらとした光を路面に残して沈んでいく。輪踊りが終わって、いよいよパレードのはじまりである。

残光に照らされてパレードがはじまる

  にぎやかな太鼓や笛、金属の打楽器の音とともにミスさんさ踊りが先陣を切って踊り歩いてきた。パレードでは踊り子たちがスタート地点から一方通行で400mほど踊り歩く。イヤ~サイヤサ~、サッコラチョ~イワヤッセ~

いちご浴衣軍団

  ピンク色の軍団が太鼓の音とともに徐々に迫ってきた。太鼓、笛、手ぶら、全部で一組あたり100人以上はいるだろうか、前を通り過ぎるのに3分くらいかかる。この規模の軍団が、あと30組以上来るらしい。どんだけいるんだよ。

ぶれてるけどお気に入りの一枚

  重たそうな太鼓を抱えて踊っているのがかっこいい。ピッという音と共にちょっと跳ねる所が特に気持ちがいい。よく聞くと、集団によって太鼓や笛の調子、踊りにも違いがあって面白い。重そうだが太鼓やってみたいな。

パレードの合間に抜かりなく宣伝する三セク鉄道

  パレードは開始から30分ほどたったが、まったく途切れる気配がない。
そのうち空腹感が襲ってきたので盛岡名物のじゃじゃ麺を食べようということになった。交差点の北側で踊りを見ていたが調べてみると店があるのは南側であった。しかしとめどなく踊り子、ゆるキャラ、広告その他が流れてくるので道路を横断できない。仕方ないので上流部を迂回することにした。

脇道まですごい混雑

  踊り終わった踊り子や出店目当ての地元民が周辺をうろうろしているのでさんさ踊りをやっているメインの大通りだけではなくその周辺までごった返している。これは名物料理なんてとても無理ではと思ったが、商店街に行くと意外とすんなりじゃじゃ麺屋に潜り込むことができた。ただ、お祭り仕様なのか入口の窓を全開放しているので店内が異様に暑い。

涼しげな見た目だが熱々である

  じゃじゃ麺。なんか名前の響きからして邪悪な感じがしないでもないが、シンプルにうまい。まぜそばのようにラー油や酢を加えてかき混ぜると、見た目はやや邪な感じになるが、うまい。最後に卵とお湯を入れてもらってチータン汁というよくわからない状態にするのだが、これもなんか、うまい。

伝統集団というざっくりした名前の軍団

  再び踊りの大通りまで戻ってきた。暗くなるとまた雰囲気が違って良い。
それにしても、祭の笛と太鼓の音は不思議で、聴くと血が騒ぐ感じがするほど印象的なのに、しばらくたつとなぜかあの単純なリズムや音色をまったく思い出せなかったりする。祭というものは記憶するためじゃなく、とにかく今を楽しむためにあるんだな、と思う。

よわよわカメラ好きもどきなので写真が全部ぶれてる

さんさ踊り、想像していた数倍迫力があって楽しかった。 
さて、20時近くになった。名残惜しいがそろそろ出発しないとまずい。なぜならとんでもない所に宿を取っているからである。岩手と秋田の県境の山奥に位置する、秘境の宿だ。

秘境の夜

  私は、宿をできるだけ安く済ませたいと常に考えているろくでもない限界旅行者である。だが、お祭り効果を舐めていた私はこの時期の東北の宿の値段と空き状況を調べて戦慄した。祭会場付近の宿はもうだめだ、と悟った私は考えた、どうせ遠くなるならば温泉宿に泊まりたい、と。それもできることならば東北ならではの秘湯に、できるだけ安く!
そーんな都合のいい宿あるわけ…

  あるんかい!!硫黄泉王国の東北でもほとんどない独特な泉質の素晴らしい温泉を有し、東北ならではの湯治客用の自炊部を備えた、お値打ち価格の宿が、盛岡から車でギリギリ1時間以内に着ける範囲に、あるんかい!!!

  この宿の名は、国見温泉、森山荘。私は出発の2週間ほど前にこの宿に電話して予約していた。予約できた時には小躍りした。

森山荘の場所とGoogle先生による所要時間ご推察

  とんでもない秘湯に一時間で行けるんだから、盛岡の時点でそこそこの秘境なんじゃないか説はある。近郊のスーパーでおにぎりなどを買い、国道46号に入ったが、どんどん街の明かりが減っていく。国道から分かれて国見温泉に向かう県道に入ると街灯すら完全に無くなってしまった。ハイビームにしたりアップテンポな曲をかけるなどの対策を取るも、夜中の真っ暗な山道というのは何とも心細い。

宿、到着!

  宿の明かりが見えたときにはかなりホッとした。おっかなびっくり薄暗い駐車場に車を止めると森山荘のご主人がわざわざ出迎えに来て下さった。連絡はしていたとはいえ遅い到着になったにもかかわらず、温かく歓迎してくださったご主人は、「高級車が来たと思ってたまげた」、とおっしゃていた。そりゃ、あんな黒塗りのいかつい車からなよなよのメガネ大学生2人が出てきたらたまげますわよ。

夜だと写真映り悪すぎるなここ

  早速温泉だ。見よ、これが、国見温泉にしかないエメラルドグリーンの硫黄泉だ!毒の色、毒の香りだ!!夜の写真だとすごい苔むしたやばめの風呂に見えるが、お湯が本当に緑色なのだ。(詳しくは翌日の分の旅行記に明るい時の写真があるのでそちらを見るように。)
  お湯に入ると、とにかく体に効きそうというか、不思議な感触がある。皮膚が少しピリッとして、体に傷があったら確実に沁みて痛みそうであり、でもすぐに治ってしまいそうな、天然の薬湯だ。ちなみにコップが置いてあって、飲むことができた。味は….酸味と金属味と苦味の地獄絵図(ハーモニー)や~!(人間が飲んでいい味かこれ)

とんでもない構造の露天風呂

  混浴の露天風呂もあった。真っ暗で分かりづらかったが、浴槽が脱衣所より手前にあるという驚愕の構造をしていた。入浴前に浴槽の前を経由しないと脱衣所に行けないって斬新過ぎないか

あがった後は、地元の小岩井牛乳で締める。
まさに最強で無敵の宿泊。

  夜も遅く、我々以外の誰かが来る気配もなかったのでのんびり月見風呂を楽しむ。ただ、あまり長湯すると比喩でなく溶けてしまいそうなお湯なので若干怖かった

  さて、ようやく2日目も終わった。500km近く走った。レンタカー初日からとんでもない走行距離である。だが、この旅はここからが本番だ。お気づきだろうか、お祭り旅行と言いながら、半分くらい温泉じゃないか、と。

  そう、この旅行は実は東北温泉湯治ツアーでもある。(湯治と言いながら体ははじめから健康そのものだが。)
ちなみに、この日からなんと7日連続で硫黄泉に入る
いったい、(主に皮膚は)どうなってしまうのか!!

東北は、お祭りも、お湯も熱いのだ。
というわけで、3日目に続く。

続き書いた。えらい。

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