純個人的な何かを変えたい時のリズム

大層なタイトルだが、このnoteはあくまで過去1年半の生活で個人的に繰り返してきたことを文章にまとめただけである。立派なことも気張ったこともしてきていないが、それらの流れは実は何かを変えたい時にするべきことで、かつ再現性があると思い文章に残しておこうと思い立った。例の如く、あえて全体の文章構造を考えずに、思うがままに書いていく。

そもそも「何かを変えたい時」とは何だろうか?

大袈裟に言うと、人生を歩むスピードを変えたり、軌道そのものを変えたりしたいと思う時のことだろう。進学、就職、転職、結婚、妊娠、出産、子育て、離婚、退職、などなどといった一般的に人生の中で大きな区切りと思われるライフステージの変化もあれば、日々の生活の中での時間の使い方(仕事、家族、友人やパートナー、もしくは種類問わず何かしらの趣味)のちょっとした変化もある。

何かを変えたい時は、当然、変えたい何かが定まった時に訪れる。それは長くて太い人生における目標やゴールが明確な人たちとっては、常に曇りなく濁りなく訪れるものかもしれない。プロスポーツ選手や、社会的地位や所得に対する上昇志向の強い人、天命のように自分が解決したい課題や表現したいことやもしくは才能の使い道を理解している人。そんな人たちが思い浮かぶ。あくまで想像なので、実際にそういう人たちにも数多の葛藤はあると思うが。

僕がここに記したいのは、変えたい何かがそんなに定まっていない、言い換えると人生における目標やゴールが明確ではない、ただし何かを変えていきたいし人生をより刺激的に楽しくしていきたいと思っている、世の中の多数にあたる人たちのための文章である。もちろん、僕も多数のうちの1人だ。便宜上、これらの人たちを「凡人」と呼ぶことにする。

凡人にとってまず大事なことは、変えたい何かが心から湧き出てくるのを、正しいリズムで待つことだろう。最終的に待つことしか出来ないということがポイントだと思う。湧き出てこないものを無理やり捻り出しても、それを基にした意思決定は楽しくないし継続性もない。どこかで自分を押し殺して納得感を無理やりこしらえる瞬間がやってくる。

個人的な経験としては、2019年に入った頃から何かを変えたいと、ぼんやりとただし焦燥感を持って感じていた。社会で4年程度、いわゆる成長性の高い大企業で働いてきて、一定の満足感は得ていたが変化が足りていなかった。その変化がプライベートだという気はしない。仕事盛りな時期ではあるし、性格的にも仕事に対する満足感を高める前に他に手をつけたところで焼け石に水になると知っていた。しかし、こと仕事に関しても、社内異動や本格的な転職活動、もしかしたら起業、これら全てを考えるに本腰は入らず、刺激や楽しさもどこか見出せていなかった。後から思うのは、変化を起こす時期は最終的に向こうからやってくるもので、その前にあれこれ考えたところで、本腰は入らないはずなのだ。

2019年初旬は、このような状況の中で、もう4年間が終わるな、大学卒業のようなものだなと釈然としない焦燥感のみが募っていった。ただし、プライベートに関しては、大して頻度の高くない恋愛を含めて、自分と向き合う機会があった。あまりに個人的で些細なことなので詳細は割愛するが、その時にちょっとした意思決定をした。その後すぐの2月には旅行に行き、新しいことや人に多く触れた。行先はインドだった。自分の価値観を変えたい等といった理由ではなく、たまたま行きたかっただけだ。その間、些末な意思決定を怠らないこと・新しい場所に意識的に足を伸ばすことによって、結果的に1つの時代の終わりを自分の中で腹落ちすることが出来た。この時に初めて心の底から(左脳でロジカルではなく)変化を求めだしたのである。

心の底から変化を求めだしたことに気づいた後に行ったことは、精神ではなく肉体に意識を向けることである。そこまでの4年間は意識のほとんどを仕事に向けていた。意識のほとんどといった点がポイントだ。時間のほとんどでも、好奇心のほとんどでも、価値のほとんどでもない。いわゆる多忙なサラリーマンにありがちな、知らず知らずのうちに意識が仕事(往々にして目先であることが多い)にのみ向いて逃れられなくなっていたのだ。こうなってくると惰性が生まれる。新しいことに触れる、変化を起こす、余裕がなくなる。正直に認めると、4年間の最後の1年間(2018年頃から)はそのような状況になっていたのだと思う。前置きが長くなったが、こういう時に精神面に頼って何か変化を起こすことは非常に難しい。惰性が始まっているのだから。ここまで小難しく考えてはいないが、似たことを当時感じた僕は、肉体に意識を向けることにしたのだ。

肉体に意識を向けるための時間を確保して、強制的に意識を向ける時間を作った。長年忌み嫌っていた筋トレを始めるためにジムに契約して最低週2回は通い、友人と時たま行っていたサウナを本格的に生活の一部に加えてこちらも週2回程度を基本とした。基本的に僕は怠惰なので、強制させないと家でダラダラした時間を過ごしてしまう。そのため、まずは無理のない範囲で習慣を確立することが重要なのだ。2019年春はこのような形で、肉体に意識を向けて、仕事とは別の部分で筋トレの簡単な目標を作り、サウナで身体を新陳代謝させながら自己と向き合う時間を作った。繰り返しになるが、当時は当然ここまで小難しいことを考えていなかったが、結果的にそうなった。ちなみに僕は俗に言う紛れもないサウナーのため、サウナに対する思いは、いずれ別で文章に残していきたいと思っている。

このように、精神の惰性を打破するために、まず肉体から手をつけて、具体的に変化を起こすための行動をとった。その時は、まずは次にやりたい仕事を決めて、異動なり転職なりを検討することが目的だった。簡単な行動だが有効だ。帰り道などの普段の生活圏内で、普段となるべく違う場所(お洒落なカフェでもホテルのラウンジでも公園でも良い)に行く習慣を作ることだ。その際に、仕事道具は持たない、基本的には紙とペンのみが望ましい。僕はこの時は自宅の近くのホテルのカフェに仕事後訪れる習慣を作った。23時と遅くまで営業しているところも適切だった。

これで、やっと肉体面からも精神面からも変化を起こせる状況が整った。凡人はここまで意識的にお膳立てをしてあげないと変化を起こせないのだ。まずこの生活を続けて、約3ヶ月後の夏前に偶然の出会いもあり、転職をすることにした。まさに正しいリズムを作り、待つことで、変えたい何かが明確になり、結果的に良い時期に良い出会いがやってきたといった流れである。

実際の転職の際は、以前の仕事に不満はなく愛着もあり、待遇も良かったので、悩みはした。小世界だが悪くない環境からあえて抜け出すにはそれなりの勇気が必要だ。悩むループに入りそうな時は、シンプルに、意思決定までの期間を決める・自分がその時やれることはやり切ったかを自問自答する(やり切っていなければ仕事でも情報収集でも決めた水準まではやり切る)・A/Bの選択肢があったら選ばなくて後悔する方を選ぶ、といった考え方で、なるべく悩むのではなく考える方向に戻すことを心掛けている。

2019年以降、コロナ情勢が強まる2020年3月頃まで1年程度の間、ここに記したような生活リズムや考え方を基本的に守ってきた。新しい仕事は、今までの経験と同様に最初の1年間は苦労をしたが、浮き沈みありつつも何とか向上はし続けていると感じる。今後も、多くの刺激を得ながら楽しんでいくべく、精進したい。

少し書きそびれていたが、変化を起こし続けたいのであれば、実際に変化の多い友人との充実した時間はとても大事だ。僕は経験がないので分からないが、もしかしたらあえて変化の少ない安定した安らぎを得られる、家族やパートナーとの時間も大事なのかもしれない。また、新しい場所に旅行に行くことや、料理でもスポーツでも新しい趣味をすることも有効だと思う。どちらも特に2019年以降は意識して続けていることだ。全ては、それらを楽しく感じるのであれば、という前提の基に成り立つことは忘れないでおきたい。

今のところ僕はまだ、自分の心の声に耳をすませながら、仕事に限らず人生全体に変化を起こし続けていきたいと考えている。そのために、正しいリズムを持つことは重要で、これを強化するための新しい習慣として、考えることを止めずに、文章を書き続けることも含まれてきている。文章を書くことは自分に対する救いでもある。

変化変化と繰り返したが、最後にあえて逆のことも記しておきたい。そもそもは別に無理して変化を起こす必要もないのだ。心から湧き出てくることに早く適切に気づくセンサーを働かせられていれば良くて、湧き出てきたことが安定であればそれでも問題ない。変化させないという意思決定も、納得感さえあれば誇るべきものなのだ。

とてもまとまりのない文章になったが、2019年以降、直近1年半の話を書き残すことで、脳内がスッキリとした。現時点では、少なくとも後2年間、20代の間は、現在の方向性での仕事中心になるのではと思っている。ただ、これから先、自分が起こしていきたい変化の詳細は、今は未だ分からない。

何かを変えたい時にするべきことは、シンプルで、再現性がある。最終的には待つしかない。これを念頭に置いて、今日も明日も可能な限り楽しんで、生活を営み、人生を送っていく。

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