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ソーシャルとわたし―私たちはどこへ接続するのか―

文:山川陸(建築家・山川陸設計主宰)

「リ/クリエーション BOOSTコース」プレ講座
水野大二郎「ソーシャル・インクルージョンとあなたの企画」レポート 


 5月16日、土曜日の昼下がり。この日、東京都を含む一部の地域を除いて緊急事態宣言が解除されました。先の見えない状況に漠然とした不安を抱える中、リ/クリエーション ブーストコースは開講しました。完全なオンラインプログラムとして2ヵ月を走り抜けたブーストコースの、その始まりの日を改めて振り返ります。

 この日の講師はデザインリサーチャーの水野大二郎さんです。研究と実践、物理空間と情報空間、プロとアマチュア、さまざまな垣根を軽やかに飛び越えていく水野さんに、オンラインとオフラインの行き来によって生まれるソーシャル・インクルージョンの可能性についてレクチャーいただき、その後、受講生のプロジェクトをメンタリングしていただきました。

ファッションデザインに対する違和感から実感と社会の接続を求めて「脱線していった」

 水野大二郎さんは日本の大学で建築を、マーケティングや現代美術にも関わりながら、ロンドンの大学院でファッションデザインを学び、広くデザインに関わる研究を続けています。専門のファッションデザインから幅広い活動に至ったのはなぜか。建築の設計では多様な人を想定して検討できるのに、ファッションデザインでは理想の身体しか想定されないこと・現実の生活と切り離されていることへの違和感が始まりだと、水野さんは語ります。

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 その後水野さんが行った研究のひとつとして、「micro social agent」と名付けた沖縄の共同売店のリサーチがあげられました。買い物難民の人々が共同出資し、自分たちで経営するこの売店は、使われる中で集会所や福祉施設といった様々な機能を備えた場所です。普通のコンビニではありえないような場所がどうしてできあがったのか、またどのように作ることができるのか。ファッションデザインへの違和感からここまで至ったことを「脱線していった」と語る水野さんですが、今の取り組みに至ったのは必然的に思えます。

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ソーシャル・インクルージョンとは

 これまで水野さんは「インクルーシブデザイン」について研究・執筆をしてきました。「インクルーシブデザイン」とは「これまで製品やサービスから排除されていた人々を、企画・開発の初期段階から巻き込んで、一緒に考えていくデザイン」のこと。原則をつくらないという点が、ユニバーサルデザインとの大きな違いです。みんなで一緒に作ること・考えること自体もデザインの対象となります。

 その実現のために水野さんが紹介したのが「Cultural Probe(文化的探査機)」という手法です。みんなでデザインする=みんながデザイナー、ではありません。多様なバックグラウンドを持つ人々をパートナーにデザインを進めるためのこの手法は、地図や日記、カメラといった実際に手にとれるインストラクションを人々に手渡し、「抽象的なインストラクション(お題や質問)」から「創造的な応答」を引き出します。一緒に考えることを実現し、デザインすることがただの御用聞きにならないことを目指します。

 ドリフターズ・インターナショナル理事の藤原徹平は「ソーシャル・インクルージョンはとっつきづらいものではない。社会とは抽象的なのものではなく、社会に接続する因子はみんなの身体の中にある。その因子が社会のどのような面とつながるのか、みんなと今日は考えたい」と、水野さんに来てもらったことの狙いを語りました。

オン/オフの越境、私たちの身体はいまどこに?

 水野さんはこれまでデザインする側にたって実践や研究をしてきましたが、自分自身が調査される側にもなる経験をしています。妻のみえさんの闘病をきっかけに、仕事や生活、あらゆることが変わっていった2年間をスマートフォンで記録した映画『Transition』(2019)です。水野さんは共同監督の大橋香奈さんとすべてオンラインで打ち合わせをしながら制作を続けました。

『Transition』(2019)

 映像や写真、スマートフォンに残る様々な記録を用いる経験を経て、水野さんが今回受講生たちに投げかけたのは「現実の、物理的な空間、物理的環境『だけ』が、我々が生きている社会なのだろうか?」という疑問でした。
ポケモンGOを介した公共空間のあり方にも見られるように、情報技術は現実の空間の新たな使い方を発見します。「Moving(移動する・感動する)Experience(経験)とは、現実の世界とインターネット上の世界の新しい往来によって生まれ、身体的特性を乗り越えた新たな社会的相互作用を生み出すか?」という問いを改めて立てた上で、水野さんの広い知識から、たくさんの横断的な事例が紹介されました。

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3DスキャンやGoogle ストリートビューによるバーチャル空間体験
 3Dスキャンされた空間を巡るバーチャルな美術館体験やGoogleストリートビューの室内版はその代表例ですが、普及したアプリケーションを用いると、ストリートビューの持つヒストリー機能(過去の風景を遡って表示する機能)を用いて映像作品を作ることもできます。

・外出自粛下、役者の自撮りによって制作されたテレビドラマ(イギリス)
 イギリスのテレビ局が制作した「Isolation Stories」は外出自粛の状況下で、送られてきた機材を用いて役者自ら撮影した映像からなるテレビドラマです。不慣れな機材のセッティングはZoomを通じて役者に指示が出され、多くの関係者で作り上げられました(HPはこちら)。

・「集まれ!どうぶつの森」に集まるアクティビスト、そしてデジタルエスノグラフィー
 香港での抗議デモがオンラインゲーム「あつまれ!どうぶつの森」により国境を越え、アクティビストチームForensic Architectureは紛争地域での戦争犯罪を立証するために証言から3Dモデルを立ち上げます。DocLabは駅のコンコースでヘッドマウントディスプレイで映像を見ることで駅の風景を一変させ、かつては未知の地域や民俗を調べて来たエスノグラフィー(行動観察)の対象はオープンワールドゲーム「セカンドライフ」にまでやってきています。

 物理空間から情報空間へ自在に行き来する人々の取り組みが様々なヒントに溢れていることの分かるこのレクチャー、情報空間側にいることが私たちのリアリティに変わっていることに気づかされます。

白熱レクチャーの裏側!Googleスライドに寄せられる受講生の言葉たち

 実はこのとき、レクチャーの裏ではGoogleスライドを用いた質問への回答記入が進んでいました。プレ講座で臼井隆志さんと試したように、いくつかの思考やコミュニケーションが同時に走ります(臼井さんによるプレ講座レポートはこちら)。レクチャーのポイントを押さえるためのキーワードが藤原により書き込まれたり、より理解を深めるためのHPのURLがコミュニティマネージャーの山本により貼られたりしました。受講生はレクチャーを聞きながら、Googleスライドの回答にも手を動かしました。講座は始まったばかりでしたが、受講生たちは早くもオンライン講座独特の思考に慣れてきたようでした。

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 水野さんからの問い「情報環境と物理環境の境目があいまいになると、あなたの企画はどう変わりますか?どんなことができますか?」に対して、様々な回答が集まりました。集まることの意味合いが変わり相互監視社会になってしまうことへの懸念もあれば、情報空間の中に場所性を見出せるか、など、受講生のさまざまな考え方があぶり出されました。

 「Isolation Stories」ではオフライン以上に親密な共同制作が実現したことで続編の製作がすでに決まったそうです。オンラインでの共同作業がこれまでの経験を書き換えたり発見を促す事例はすでに生まれ始めています。各プロジェクトがどのように発展できるか、ここまでのやり取りを踏まえていよいよ受講生のプロジェクトの公開メンタリングが始まります。

初めてのブースト。プロジェクトの未来を探る

この日は受講者の中から4つのプロジェクトのメンタリングを行いました。

1. 日々描かれる岩を媒介に、対話や議論、思考を発生させるプロジェクト「イワを忘れない」
2. コロナ禍以降の都市演劇を考えるチーム「スーパーカップバニラ味」
3. 髪を切らない美容室をつくることで「こもりびと」を支えるプロジェクト「アスマス美容室」
4. オンライン上で孤独感や閉塞感をなくすための場所性を考えるプロジェクト「居場所部」

 ブーストコースの顔合わせも兼ねたこの日、他のプロジェクトメンバーへの自己紹介も兼ねた時間となりました。

1「イワを忘れない」
 「イワ」=岩が映画監督アルフレッド・ヒッチコックの「マクガフィン」という概念に近い、と水野さん。「マクガフィン」は物語を駆動するためのモノで、物語が発生させられればそれは宝石でも花でもコップでも構わない。だからこそ、いくつもの活動をパッケージするプロジェクト名が何であるか、イワとはどのようなものであるかをより突き詰めていくことの重要さが指摘されました。
 その後、このチームは、オンライン上に溜まるイワのドローイングをきっかけに展開するいくつもの取り組みを、複数冊の冊子を束ねたZINEとして発表しました。

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2「スーパーカップバニラ味」
 彼らが製作したラップを改めて紹介すると、ZAZEN BOYSの『自問自答』の歌詞「冷凍都市のくらし アイツ姿くらまし」の想起から音楽としてアップデートする方法や、より広くこの社会状況に対する批評性を持つための作品展開のアドバイスがありました。
 その後、緊急事態宣言の解除を受けて、実際の都市空間に直接アプローチする手法を見つけたこのチームはパフォーミングアーツのフェスティバルで作品発表する準備を進めています。

3「アスマス美容室」
 講座当時、このプロジェクトのゴールが場づくりになるのか、パフォーマンス作品なのか未定でした。水野さんからは大阪「味園」で勝手に自由に使われているバーが紹介されました。勝手に髪を切る人、切られる人、その場をファシリテーションするバーテン。複雑なコミュニケーションを支える「micro social agent」としてこの「アスマス美容室」が位置付けられる可能性を感じました。
 その後、都市にも飛び出し様々な経験を提供するパフォーマンス作品のように進化したこのプロジェクト、場所を持たない「micro social agent」となったように思えます。

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4「居場所部」
 「居場所部」は、元々ダンスを介したコミュニケーション設計にも取り組んでおり、今回テーマのソーシャル・インクルージョンというテーマに取り組む企画の一つでした。居場所を考えることはオンラインを介していても身体を考えることです。ダンサーのアナ・ハルプリン、ランドスケープデザイナーのローレンス・ハルプリンらの例が講師からあげられ、環境を感じる身体を取り戻す・考え直すことから居場所を考える展開が見えてきました。
 その後、「待合室」という駅のすきま空間とオンラインをつないだアートプロジェクトに展開することで、情報空間と物理空間、環境と身体が自然につながる居場所づくりが進行しています。

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 4つのプロジェクトのメンタリングを経た水野さんは、「問題を発見して解決する、短期的な結果を求める」ビジネスとは違うという点が非常に重要で、遊びや余白が日常になければ、新しい気づきや見直しは現れないのだ、と振り返りました。


リ/クリエーションの肝を知る。まじめに遊ぶ2ヵ月の始まり

 この日、公開講座の前には、ブーストコースディレクターの金森香が『ドリフの企画術』と題して、リ/クリエーションに至るまでの実践を紹介しました。フェスティバルやスクール、ブランディングまで、様々な現場を動かしてきたドリフターズ・インターナショナルは、三人のディレクターたちにとって遊びと本業を何度も往復するような取り組みです。

 持ちつ持たれつの、異なる性質の取り組みを自分の中に持っておくことが、クリエーションにおいては重要で、遊びのように作ったり考える人ほど、企画書をまじめに書いてみること・情報技術も交えて具体的にどのように実現できるか突き詰めることが大切だと、水野さんは最後に語りました。
情報空間も含めて環境が大きく変わる中で、どのようにクリエーションでサバイバルしていくか、リ/クリエーションのその後の2ヵ月を示唆するようなあっという間の2時間でした。

 ふと感じた疑問が、水野さんの幅広い取り組みを今も支えているように、参加した受講生たちがどのように社会と自身を接続していったか。是非、各公開講座のレポートもご覧ください。


リ/クリエーション ブーストコース公開講座レポート
・「匿名の観客から顔の見える参加者へ ―ふたつの言葉が可視化するオンラインの熱気―臼井隆志のオンライン講座レポート!」はこちら

・「ピンチをクリエイティブに乗り越える。明和電機・土佐信道氏にきくサバイバル術!先輩おしえて。」はこちら

・「おもしろいの軸をもつ:リ/クリエーションCコースでの講座を終えて」矢代真也さん、平山潤さんの講座レポートはこちら


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