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池上の街中をめぐる“交換日記”──『池上上々交換日記』イベントレポート

交換日記──なんだか懐かしい響きではないですか? 今日あったことをノートで伝え合う交換日記ですが、同じ町のだれか知らない人とおこなうことで、不思議なコミュニケーションが生まれます。スタートは、大崎清夏(詩人)と金氏徹平(美術家/彫刻家)の2人による交換日記から。そしてさまざまな人を巻き込んだワークショップ&展示が、大田区・池上で開催されました。今年3月に開催されたイベントに続く、ドリフターズインターナショナルが仕掛ける池上でのプロジェクトの第ニ弾です。

>前回のイベントレポート:街のなかで“半透明”になってみる!大田区・池上でアートイベント開催

5月18日、交換日記のはじまり

ことの始まりは5月18日。初めて池上を訪れた大崎さんの日記の書き出しは「蒲田駅の駅ビルで見つけた立ち食い寿司『根室花まる』で昼食。」の一文です。そこから東急池上線に乗り、池上の町を散策する様子が綴られました。案内役は生まれも育ちも池上のKさん。日記からは「江戸っ子の案内なのだ。私は俄然街歩きが楽しみになる」とわくわくする気持ちが伝わってきます。大崎さんにとって日記の面白いところのひとつが、起きたことだけでなくそこで考えたことや思い出したことなどなんでも書けること、なのだそう。たとえば夏の日差しのなか暑くて目についたドクターペッパーを買った時には、ドクターペッパーを飲むとしゃっくりが治ると聞いた中学生時代の思い出が書かれています(あとでそれは記憶違いだったと気づくのですが)。

撮影:加藤甫

さらには連想ゲームのように、見たものと、そこから思い出したもの、思い出したものについて同行者と話したことなどが、まぜこぜに綴られていきます。本門寺のある政治家のお墓の虎の石彫りを見て「そこには名刺入れの箱まで石彫りで作ってある。私は昔パリのモンパルナスで見たセルジュ・ゲンスブールのお墓の話をした(墓石がキスマークだらけだった)」というふうに、池上にいながら他の場所の記憶も呼び起こされていくのです(あとでそれは記憶違いだったとまた気づくのですが)。

そんな大崎さんの日記を受けて、金氏さんも、池上を訪れた日のことを連想ゲームのようにしたためます。しかも、なんと写真のみで。池上を散策した時の写真と、隣りには、そこで見たものによって連想した思い出の写真が並びます。日記といっても、文字である必要はないのです。

撮影:加藤甫

大崎さんは「日記には、なんでも書いていい。今日あったことを書くだけでなく、その時に考えたことや思い出したことを書くのが面白いんです」と言います。たしかに大崎さんの日記にもこんな描写がある。『何年か前まで、商店街には高齢の店主がおでんの種を売るおでんやさんがあったのだそうだ。そういえば織田作之助の『夫婦善哉』の夫婦もそういう薄利多売の商売をしていたっけ、あれは関西の話だけど』。こんなふうに日記からは、その日にあったことだけでなく書いた人の頭の中が垣間見えるのが、記録やレポートとは違って面白いところです。

それを装丁の有佐祐樹さんが、数パターンの大きさの紙を組み合わせて一冊の『交換日記帳』として編み上げました。大崎さんの文字による日記と、金氏さんの写真日記のほか、まだ空欄のページは原稿用紙風・絵日記風・大学ノート風・無地など多彩なスタイルで、マスの大きさも線の色も様々。日記を書く人は、どのページに書いてもいいし、線もマスも無視してもいい。どのように書くかも自由。それが『池上上々交換日記』の最初の姿です。

撮影:加藤甫

7月30日、日記WSの開催

この日は中学生以上を対象にした「日記を書くWS(ワークショップ)」が開催されました。ワークショップは大崎さんをゲストに迎え、日記を書いてみる大崎さん→金氏さんと繋がってきた交換日記の次を書くというものです。参加者それぞれが、7月30日を池上で過ごし、その日の日記を書きます。
10分も外にいたら倒れそうなほど暑い日だったので、10名の参加者は会場となる本妙院で過ごして日記を書くことに。本妙院は、お寺が密集する池上のなかで総本山となる池上本門寺へと続く階段の真下にあります。住職の早水文秀さんが池上の町について紹介してくれ、その後、お堂のなかを案内してくれました。

本妙院のお堂にて
撮影:加藤甫

「お堂の天蓋は金色ですけど、すべて木製です」「これは編鐘(へんしょう)という楽器です。記録がないのでどうやって演奏されていたのか誰もわからないんです」など、初めて知ることに参加者は興味津々。住職に「こちらもどうぞ」と案内されると誘われるように縁側へ。庭を眺めながらお寺の柱の構造などに耳を傾けます。高校生~大学生の男性6人が縁側に等間隔に腰かけ、時おり、隣り合った人同士で「どんな詩人が好きなんですか?」なんてぽつりぽつりと会話がうまれていくようすは、時の流れがゆったりと遅くて微笑ましい光景でした。また、参加者の一人はなんと子どもの頃に住職さんと出会っていたことが判明。「あ、あの時の!?」と盛り上がるという偶然の出会いもありました。

撮影:加藤甫

思い思いの時間を過ごし、日記を書いた後に、書いたものを読み合います。すると、同じ時間を同じ空間で過ごしたはずなのに、それぞれ切り取るエピソードも光景も違いました。レポート風の語り口の人もいれば、散文詩のような文章の人もいます。また、WSのスタートから書き出す人もいれば、なかには朝起きた瞬間のことから書く人も。参加者からは「今日あったことを書くだけなのに、こんなに個性がでるんだ」と驚きの声があがります。

ワークショップで日記を書く参加者
撮影:加藤甫

大崎さんは、一緒に日記を書く面白さをこう表現します。「日記って自分の方を向いて書くものですよね。でも同じ場所に集まって、同じ時間を過ごして日記を書くと、日記を通したコミュニケーションがうまれる。コロナ禍になってコミュニケーションが制限されたなかで、直接繋がらなくても出会えている感覚になれるのはいいなと思います」。

参加者へ話をする大崎さん
撮影:加藤甫

たしかにこのWSは、同じ場所に集まって日記を書く、というただそれだけのこととも言えます。けれども、同じ景色を見たからこそ、日記をシェアすることでそれぞれの違いや共通点が浮き立って、参加者同士の距離がぐっと縮まったようでした。そして「7月30日の池上・本妙院」がさまざまな視点から描写されることによって、立体的に立ち上がっていったのです。なんとも不思議な、魔法のような一日でした。

8月5~14日、展示『池上上々交換日記』

5月、7月と続いてきた交換日記のバトンは、さらに誰かの手へと渡っていきます。交換日記は池上の街中の様々な場所に置かれました。カフェ、お菓子屋さん、本屋さん、お花屋さん……そこに訪れた人達は、自由に日記を読み、その続きを書くことができます。なかでもコーヒーショップ・KOTOBUKI PourOverでは『池上上々交換日記』と題され、大崎さんと金氏さんの日記が展示されました。

会場の様子
撮影:加藤甫

ショップの中には『見知らぬ誰かと交換日記してみる』というコーナーがあります。中央のテーブルに置かれた交換日記に、訪れたいろんな人がたくさんの書き込みをしています。まるで宿や美術館に置かれたラクガキ帳のように、コメントを書く人、イラストを書く人、俳句を書く人、池上のおすすめを書く人など、様々です。ラクガキ帳と違うのは、まずその日あった出来事を書いていること、そして誰かの書いたものにわざわざコメントをする人が多いこと。前の人の言葉を受け取って、自分の言葉を書くのは、まさに交換日記です。

誰かが折った折り紙に絵を描いた日記(左)
会場の様子を絵で描いたり、誰かの日記に赤字でコメントを入れる人も(右)
撮影:加藤甫

なかには7月のWSの参加者もいました。「ワークショップ以来の池上。日記の交換ってどうなるんだろう?と思っていたら、いろんな交換がうまれていて、ページをめくるのがワクワクする。絵日記、観察日記、コメント……“日記”って言ってもいろいろあるんだなぁ‼」。

バイ貝が書かれた日記。どうやら近くの定食屋でお昼を食べてから来たらしい。
撮影:加藤甫

個性あふれる書き込みのうちとくに目を引くのが、バイ貝のイラストと1ページびっしり書かれた日記です。何日分もの日付とともに、何枚も何枚も、バイ貝が描かれているのです。どうやらそれを書いた「かなこさん」は、展示期間中ほぼ毎日ショップに訪れて、交換日記をしたためているようです。「この展示に来るのは多分5回目くらいですが、初めて、ここに書いてみようと思う」という言葉もあるように、書いている以外の日にもやってきている様子。いったいかなこさん」の正体とは……?こうして誰か知らない人の存在が感じられるのは、見知らぬ誰かと交換日記をする楽しさのひとつです。 ──と、ショップの店員さんが「あ!」と大きな声を出しました。店の外から、2人の男女がこちらを覗いています。店員さんが「かなこさん」と呼ぶので、女性の方がバイ貝のかなこさんだとわかります。かなこさんは「コーヒーを飲もうと思って」と店内に入り、まもなくほろ苦い香りが充満します。紙の上だけで起きていた交換が、現実の景色のなかでも混ざりあった不思議な時間でした。

撮影:加藤甫

しかもこちらの日記は、持ち帰ることもできます。日記を持って街に出て、書かれた風景を探してみてもいいし、家でじっくり誰かの日記を読んでみてもいいのです。
そうして誰かから誰かの手にわたり、今も池上の町のどこかで、交換日記はめぐり続けています。もしあなたの手に渡った時には、そっと誰かへのバトンを繋いでみてください。

文:河野桃子

『池上上々交換日記』(開催終了)
作 大崎清夏、金氏徹平、装丁 有佐祐樹
開催概要・詳細
http://drifters-intl.org/event/category/others/1494

※展示は終了していますが池上の一部店舗で引き続き日記の配布と閲覧が可能です。
・KOTOBUKI PourOver(冊子配布)
〒146-0082 大田区池上3-29-16 寿屋
営業日:金・土・日・祝日 11:00〜16:30
https://www.instagram.com/kotobuki_pourover/

・ノミガワスタジオ(冊子配布、交換日記)
〒146-0082 大田区池上4-11-1 第五朝日ビル1F
営業日:金・土 13:00〜18:00
https://bookstudio.storeinfo.jp/

・ノミガワスイーツ(交換日記)
〒146-0082 東京都大田区池上2-22-3
定休日:水/月・木を隔週ごとに休み
https://n-sweets.com/

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