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性別を問わない概念の表記について

近年ジェンダーを問わない単語の使用がいろいろな言語で目立ってきているのですが、漢字圏では性別を問わない概念を示す字が作成されたりするなどが行われており、ユニコード絵文字では性別不問の絵文字を始め、レインボーフラッグ《🏳️‍🌈》やトランスジェンダーの旗《🏳️‍⚧️》が採用されております。

ここでは、ノンバイナリー関連の拡張文字に付いて取り上げます。
(※随時更新予定。R4-06-07更新。)

日本語における性別不問の3人称単数形

近年英語で性別不明やトランスジェンダー、性別を隠したい人などのために性別を問わない3人称単数形で本来3人称複数形の〈they [ðeɪ ゼイ]〉が公式認定されたのですが (カナダ・バンクーバーでは〈xe [ziː ズィー]〉, アメリカ・ニューヨークなどでは〈ze [ziː ズィー]〉が性別不問の3人称単数形がtheyに統一される以前から使用されています)、日本語では〈 [やつ]〉(※常用漢字の表外訓)や〈あいつ〉といった目下の相手及び正体不明の人物に関する性別不問の3人称単数形が小説や漫画などのメディアで多用されていて、距離のある中立的な〈あの人〉や〈あの方〉も見られます。

日本語における性別不問の3人称単数形で尊敬語に当たるものは〈 [し]〉があり、近年の英語で〈Mx. [mɪks ミクス]〉と訳される〈~さん〉の上位に当たる性別不問の敬称に由来するものになっています。
氏は本来、男性に対する敬称〈Mr. [ˈmɪs.tə / ˈmɪs.tɚ ミスター]〉に対する訳語として用いられてきたのですが、近年は女性に対する敬称〈Ms. [mɪz ミズ]〉にも用いられ、性別を問わない〈Mx. [mɪks ミクス]〉の訳語に対応しております。
英語の単数形〈they〉に当たる性別不問の3人称単数形としての《氏》は本来、敬称に〈~氏〉あるいは〈~さん〉が付く人が対象となっていて、新聞・書籍などで名前を挙げた後に使用する〈同氏 [どうし]〉という表記もあります。英語の3人数単数形〈they〉の訳語として《》の表記がノンバイナリー・性別不明・トランスジェンダー・性別未公表などジェンダーに中立的な3人称単数形としても重要な役割を担うと予想されます。

性別不問の3人称単数形《氏》の双数形は〈両氏 [りょうし]〉で、複数形は〈氏ら [しら]〉となっています。

なお英語圏では、日本人に対する性別不問の敬称として“~さん”に由来する〈-san [-sæn サン]〉が近年目立ってきました。訓令式ローマ字での“さん”は各言語における敬称の語頭が大文字とされることから〈-San〉という表記が正式とする方式があります。

性別不問関連を示す創作漢字

中国語では男性形「彼 he」が《》、女性形「彼女 she」が《》と表記される3人称単数形〈 [tʰa˥ ター]〉は性別を問わない漢字表記が存在していないことから、近年新造字として【⿰㐅也】が作成され、漢字外字フォント“Babelstone Han PUA”でU+F2EFに配置されています。
【⿰㐅也】の《》はラテン文字エックス《X》に由来すると思われ、和製英語の〈エックスジェンダー X-gender〉(本来の英単語では〈ノンバイナリー Non-binary〉)やXの字が〈トランス trans-〉の略語として使用されることに関連性があると思われます。【⿰㐅也】の俗語表記では〈X也〉があり、正しい発音を知らないと英語の字母名由来の読みの àikèsīyě [アイコースーイエ] 又はピンイン本来の字母名由来の読みの xīyě [シーイエ] と誤読してしまう恐れがあることから、本来の新造字をユニコードに採用する方法で解決が望まれます。
ちなみに日本語では〈性別X〉というXジェンダーの言い換え熟語が近年考案され、アメリカなどの海外ではエックス《X》を性別記入欄に記載できるケースも見られるようになりました。

台湾華語における性別を問わない3人称単数形〈tā〉は、台湾の公式表音文字である注音符号を使って【ㄊㄚ】と表記され、複数形〈ㄊㄚ們 /tāmen/〉[ターメン]のように本来の漢字が存在しない場合の解決策として漢字・注音交ぜ書きで表記されます。

性別を問わない“きょうだい”を意味する英語〈sibling [ˈsɪb.lɪŋ シブリング]〉に対応する造語及び創作漢字が2020年にデザイナーの外交官ユキさんによって考案され、ツイッター上の https://twitter.com/YozakifromYHS/status/1314868324766044161 で発表され、リンク先のツイートで字形が確認できます。
エルダー・シブリング elder sibling の訳語を〈あの〉とし、漢字構成は【⿱口市】となっています (同年にユニコード13.0では偏旁配置による【⿰口市】がU+301D3として採用されました)。
ヤンガー・シブリング younger sibling の訳語を〈えこうと〉とし、漢字構成は【⿱未弓】となっています。
兄の上部と姉のツクリ、妹のツクリと弟の弓の部分―とそれぞれの特徴的な箇所による構造となっています。

ユキさんが考案した性別を問わない“きょうだい”を表す2字が公式に日本の国字として認定され、作成者のユキさんの許諾を得て漢字圏共通で使用される字として広まればユニコードでジェンダーに関するアクセシビリティ対応として採用される可能性が高まると思われます。

ロマンス諸語の中性形表記用ラテン文字アット

ラテン文字アット Latin Letter AT は単価記号として使用されるアットマーク@》を改造した字母で、元々スーダンのコアリブ語でアラビア語からの借用語表記用に採用されたものです。
大文字エー《A》と小文字エー《a》あるいはアルファ《ɑ》にアットマークの飾りを付けた形状になっています。
国際夏期言語学協会によるSILフォント用外字に採用され、国際SIL製のSIL-OFLフォントを始め、Quiviraやにしき的フォントなどにも外字が採用されています。

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ラテン文字アットはコアリブ語正書法を表記するために必要なことから、ユニコードコンソーシアムに追加申請が行われたのですが却下され、大文字は丸囲みエー》、小文字はアットマーク@》と統合されることとなりました。
しかし、丸囲みAは記号属性“So [Symbol, Other]”となっていることから、本来は文字属性であることで、属性修正のために小文字はアットマークのままで大文字のみ再申請が行われました。採用されるか統合されたままかはわからない状況です。
ツイッターなどのハッシュタグ機能ではアットマークはアンパサンド《&》などと同じく記号扱いとなることからハッシュタグ機能未対応なので、ラテン文字アットの採用が実現できればハッシュタグにアットマークが使用できない問題が解消されると予測されます。

近年ラテン文字アットがスペイン語・ポルトガル語・カタロニア語などといった男性形が《-O》, 女性形が《-A》となるロマンス諸語における性別を問わない中性形表示のために使用されているケースが特にポルトガル語圏・スペイン語圏で目立ってきています。

ロマンス諸語の中性形表示用のラテン文字アットに対するユニコードへの採用要望がジェンダー関連界隈で盛んになれば、ユニコードにラテン文字アットの採用が実現する可能性が高まると思われます。

既存のユニコード特殊文字で置き換える方式

イタリア語では拡張ラテン文字シュワーƏ ə》で性別を問わない名詞・形容詞を示す方式が提案され (出典: https://ej.alc.co.jp/entry/20210415-hirano-performance-19)、科学者の女性《👩‍🔬》単数形〈scienziata〉―女性複数形〈scienziate〉/男性《👨‍🔬》単数形〈scienziato〉――男性複数形〈scienziati〉に合わせて、性別不問《🧑‍🔬》単・複数形を示すために末尾の母音字にシュワーを当てた〈scienziatə〉[シエンツィアートゥ]を表記します。
この方式で性別を問わない3人称単数形“氏 they”に当たる単語は〈ləi〉[ルイ]となります。
シュワー《Ə》はアゼルバイジャン語に採用されているラテン字母で、国際音声記号に由来するものです。小文字は同型で大文字が異なるターンドEƎ ǝ》がエチオピア諸言語翻字に用いられ、イタリア語の正式な字母に採用されるのがどちらのシュワーになるかは不明瞭です (英語版ウィクショナリーでは本来のシュワー《Ə ə》とされ、異体字はリバースドオープンEꞫ ɜ》とされています)。

人工文字における性別不問関連表記

1919年に発表された『漢字に代はる新日本の文字と其の綴字法 : 附・日本の羅馬字と其綴字法. 上巻』(著者:稲留正吉, 文字の革命社)では、ラテン文字を改造した人工文字及び日本語ローマ字改良案において、日本語単語の名詞の性別を示す記号が考案され、男性形記号にギリシャ文字ユプシロンシンボルϒ》(小文字はそのスモールキャピタルで、英語の人工文字コムストック文字の拡張字母であるパンフォネティコンに同型の母音字が存在), 女性形記号にギリシャ文字パイΠ π》を改造した字母が見られ、中性形記号〈陰陽〉としてキリル文字エーЭ э》とウクライナ語イェーЄ є》の合字が作成され、家族の苗字及び“複性”を示す表示、すなわち“性別を問わない”人間に関する表記に用いられ、性別不明・性別未公開・ノンバイナリーの人名を示す工夫がなされています。『漢字に代はる新日本の文字』の陰陽記号と同型の拡張ラテン字母はヘブライ語の人工文字・カルメリ文字やスロベニア語の人工文字・メテルチッツァにも見られ、にしき的フォントで使用可能です。
『漢字に代はる新日本の文字』は国立国会図書館デジタルコレクションにアーカイブがあります。

英語の人工文字であるシェイヴィアン文字では、1963年ごろにシェイヴィアン文字の略語記号として、日本語の“~さん”に当たる性別不問の敬称〈Mx [mɪks ミクス]〉に対応する《𐑥-》が見られ、シェイヴィアン文字公式サイトのスペリング解説に記載されています。