社会人のAさんは以前クインという名の黒猫を飼っていた。 Aさんは部屋を見渡してため息をついた。部屋の中にはクインの使っていた物が置かれている。猫缶にお気に入りの皿に、ねこじゃらし。もう1年が経つが、彼女はクインの亡くなった辛さを忘れることが出来なかった。むしろ日が経つにつれて、悲しみは大きくなっていく。 ある日、仕事から帰って来るとクインの皿が割れていた。陶器ではなく、プラスチック製の皿だ。プラスチックの皿が割れる事なんてある? Aさんはそう思いながら、ボンドを塗り、
会社員のKさんが仕事を終えて、家に帰って来た。時刻は夜の八時。帰り道スーパーで買った弁当を食べた後、風呂に入る。Kさんは風呂が好きだった。会社でどんなに嫌なことがあっても、入浴すればスッキリできた。湯船に浸かっていると、ふと視界の端に動くものがあるのに気づいた。 もしかして、ゴキブリか? 嫌だな。 赤く、細い何かが壁際で動いていた。近づいてよく見ると、それは数字だった。3.141592……。まるで指で書かれているように見えた。 何でこんなものが? しかも円周率? 数
会社員のTさんの悩みは、30後半なのに結婚できそうにない事、昇進のめどが無さそうな事など、枚挙にいとまが無かった。毎日が辛く、時折自殺を考えてしまうほどだった。 ある日、Tさんはいつものように会社から自宅のアパートに帰って来た。カバンの中身を整理していると、見覚えのない鍵が出てきた。鍵の先にプラスチックの棒が付いており、そこには402と書かれていた。ホテルのルームキーのようだとTさんは思った。ただ彼は、最近どこにも宿泊してはいなかった。 「誰かの私物かもしれないな。明日会
主婦のSさんには、数字にまつわる奇妙な出来事があるらしい。それはSさんの息子に関わるものだそうだ。 当時、Sさんは育児に困っていた。息子がよくケガをしたり、体調を崩しがちだったからだ。ある時は保育園の滑り台から落ちて、頭を何針も縫う事になった。またある時は急に目の周りが大きくはれ上がった。そのような事が何度も起こった。 Sさんは何度も子供を病院に連れて行かなければならなかった。仕事中に、突然保育園から電話が掛かって来る、休日でも突然泣き声が聞こえ、見るとケガをしている
Yさんが小学生の時の話だ。当時学校ではカブトムシが流行っていた。クラスではいつもその話題が飛び交っており、Yさんも捕まえてみたくなった。友人に捕まえ方を聞くと、バナナと焼酎で作ったミツを木に塗っておけば良いのだそうだ。 「でも学校の裏の森なんてダメだぜ。みんな狙っているからな。人の仕掛けにかかったのを取るヤツもいるし」 Yさんの頭には、町はずれの森が思い浮かんだ。そこは立ち入り禁止地帯なのだ。あそこならきっと取れるはずだ。Yさんはそう考えた。 張り巡らされている金網を
黒川錠が高校から帰ろうとしたとき、スマホが振動していることに気づいた。電話だった。相手は母親である。 「仕事遅くなりそうで、帰るの明日になると思う。勝手にご飯作って食べといて」 「わかった」 電話を切ってから気づいた。 「あ、家の鍵が無い」 「じゃ、私んち泊まる? 」 それをそばで聞いていた、針井数(すう)が言った。二人は友人である。 「あ、じゃあ頼むね」 数は茶道部に所属しているため、その活動が終わり次第二人で家に向かうことになった。だが錠は帰宅部だった。そのため手
Iさんはよく散歩をする。この話も、そんなふうに散歩をしている際に起きた出来事らしい。 Iさんがいつものように散歩をしていると、ふと足元で金属の音が聞こえた。視線を向けると、10円玉があった。ついさっき落とされたように、音を立てながら回転し、地面に倒れた。その10円玉はひどく錆びており、全体的に緑がかっていた。Iさんは辺りを見回したが、誰もいない。不思議に感じながらもラッキーだと思い、それを拾ってポケットに入れた。その時だった。 「右」 誰もいないのに、声だけが聞こえる
会社員のKさんに聞いた話だ。23歳の当時、Kさんは通勤に地下鉄を使っていた。 ある日、向かいの席に座っている男の子が目に留まった。ランドセルを背負い、ポロシャツを着ている。小学生の、恐らく1、2年くらいだろう。その子はランドセルを開けると、中から一冊の雑誌を取り出した。その雑誌はアダルト雑誌、つまりエロ本であった。 最近の子はずいぶんませているな。俺が子供のころは、通学路に落ちていたのを皆で回し読みするくらいだったのに。 ふと、Kさんは子供の様子がおかしいことに気づい
ある日、Iさんが部屋でスマホを触っていると、ドアがノックされた。 「晩ご飯を作るのを手伝ってくれる? 」 母がドア越しに言っているのが聞こえた。当時Iさんは反抗期だった。両親を嫌っており、話しかけられても顔すら見ない日もあった。Iさんは断った。 「晩ご飯を作るのを手伝ってくれる? 」 しかし母は再びそう言った。どうしてここまで強情なんだろう。まるでこちらの声が聞こえていないみたいだとIさんは思った。 Iさんは両親と話したくないあまり、声を掛けられても返事をしなかった事