音のする密室の冒険 問題篇

 黒川錠が高校から帰ろうとしたとき、スマホが振動していることに気づいた。電話だった。相手は母親である。
「仕事遅くなりそうで、帰るの明日になると思う。勝手にご飯作って食べといて」
「わかった」
 電話を切ってから気づいた。
「あ、家の鍵が無い」
「じゃ、私んち泊まる? 」
 それをそばで聞いていた、針井数(すう)が言った。二人は友人である。
「あ、じゃあ頼むね」
 数は茶道部に所属しているため、その活動が終わり次第二人で家に向かうことになった。だが錠は帰宅部だった。そのため手持ち無沙汰になってしまった。仕方が無いので、空き教室で眠って時間を潰すことにした。

 それから時間が経過し、数の部活動が終わった。6時半だった。二人は合流し、数の家に向かう。夕焼けが自転車をこぐ二人を照らしている。
「もしかしたら、間違えられるかもね」
「何が? 」
「私の彼氏に」
 錠は女性だったが、よく男性に間違えられていた。顔がシュッとしているからじゃないかと彼女自身は考えている。
「いや、大丈夫じゃない?だって最近女子力上げるために、香水買ったし」
 数は錠を嗅いでみたが、まったく分からなかった。しかし、わざわざ言って彼女の頑張りに水を差す必要もないかと思い、黙っていた。
「あー、ちょっとコンビニに寄って行っていい? 歯ブラシとか買いたいし」
「いいよ。私の家の側にあるから、そこで買ったら」
 モーソンというパチモンのようなコンビニがあった。こんな店見たことないと、錠は思った。しかし中身は案外普通で、必要な物を買い揃えることが出来た。
 コンビニで買い物を済ませ、出てくると空には満月が出ていた。
「きれい」
「本当にね。何かいつもより大きくない? 」
 二人は知らなかったが、スーパームーンであった。そのためいつもより大きく見えたのだ。暗闇の中で光を放つ月を見ていて、呑み込まれそうな錯覚を錠は憶えた。二人は月を見ながら、家へと自転車を押して歩いた。
 コンビニから真っすぐ歩いていくと、家が見えてきた。敷地と道を仕切る柵があり、その中には小さな庭があった。松の木が生えている。そしてその奥に家があった。二階建てであり、1階部分には大きな窓と玄関が見える。二人はドアを開けて、家の中に入った。玄関から廊下とその先に階段が見えた。階段の左隣と右隣にドアがあり、左のドアが開いた。年配の女性が出てきた。和服を着ており、姿勢が良い。しっかりしていそうな女性だと錠は思った。
「おかあさん、ただいま」
「あ、すみません。今日は一日泊めさせてもらいます」
「ああ、あなたが。さっき電話で数から聞いたの。ええ、かまわないわ」
 母親はそう言った後、数に意味深にウインクした。その時、2階から雨戸を動かす音が聞こえた。
「ああ、こっちも閉めないと」
 錠はやはり自分が男性と勘違いされていると思った。さっきのウインクからは「彼氏連れてきたのね」というようなニュアンスを感じたからだ。誤解を解いておくことにした。
「あの、私女性なんです」
「ウソ」
 信じられないという顔をしていた。
「お母さん、本当だよ」
 数が一階の雨戸を締めながら、そう言った。
「あ、そうなの。いや、ごめんなさいね」
「全然大丈夫です。よくある事なんです」
 そう言ったものの、錠の声は少し落ち込んでいた。

「そうだ、数。これできたから、お兄ちゃんの部屋までもっていってくれる」
「わかった」
 料理の皿は多く、1人では運びきれ無さそうだった。そのため錠も手伝うことにした。階段を上ると、4つの部屋があった。そのうちの一つだけドアが閉まっている。数はそのドアをノックした。
「料理持ってきたよ」
 待っても、ドアは開かなかった。さっきよりも強い力で数はドアを叩く。しばらくしてドアが開いた。開く際には大きく木が軋む音が聞こえた。ドアの前には棚が置かれていた。その隙間から部屋の中が少し見えた。その隙間から男がぬっと出てくる。
「おう、はよ渡せ。ほんではよ出ていけや」
 無精ひげの痩せた男がいた。肌質は悪く、肩にはフケがのっていた。年齢は20代後半から30代前半に見えた。数は男が隙間から伸ばした手に皿を渡す。
「あの私、今日泊めてもらってる…」
「うるせえなあ。俺は女が嫌いなんだよ。女はいつもそうだよ……」
 男は錠の挨拶を途中で切った。
「もういいから、早くお皿渡して」
 数に言われ、錠は急いで皿を渡した。男は皿を受け取ると、フンと鼻息を荒くした。そして再び大きな音と共にドアが閉まった。
「ごめんね、錠。あの人いつもあんな感じなの。本当にめんどくさいよね。自分に彼女が出来ないから世の中の女性を嫌ってるの。……っていうかなんで笑ってるの? 」
「いや、何でもない。それより……そんなこと言って大丈夫? 」
 錠は小声で言った。中の男に聞かれることを心配しているのだ。
「ああ、大丈夫大丈夫。あの人部屋の壁に防音のボード貼ってるから。ここで何言っても聞こえないよ」
 錠はホッとした。

「えっ、君は女性なのか。じゃあ、数の彼氏じゃない? 」
 晩御飯を一緒に食べている時に、数の父親が言った。彼はスーツを着ており、ついさっき勤めが終わったのだそうだ。頭には少し白髪が見え隠れしている。メガネをかけており、真面目そうな人だと錠は感じた。
「それさっき私も勘違いしたのよ。ほんとにごめんなさいね」
「いえ、そんな本当に気にしないでください」
「それよりお母さん。これ何?」
「ああ、それはアイスクリームの天ぷらよ」
「そんな対義語みたいな概念ある? 」
「ハハハハ」
 父親は、モーソンのビニール袋からビールを取り出して飲み始めた。数によると、父親の会社から家までの道のりは、さっき自分たちが通った道と同じなのだという。そのため、良く帰りに買い物をしてくるそうだ。錠はパチモンのコンビニがそんなにあるわけがないと思っていたため、腑に落ちた。
「ただいまー」
 その時、誰かが帰って来た。作業着を着ている20代くらいに見える男だった。彼は数の兄で、次男なのだそうだ。
「いやあ、どうも数の友達かな?妹と仲良くしてくれてありがとね」
 彼はにこりと笑った。その際、綺麗な白い歯が光って見えた。錠は爽やかなスポーツ系という印象を受けた。

 ご飯を食べ終え、お風呂も借りた後、錠は数の部屋で眠る事になった。数の部屋は階段の右隣の部屋だった。数は自分のベッドで眠り、錠は床に余っていた蒲団を敷いてもらっていた。
「すう……すう……」
 数の方からは寝息が聞こえてきた。しかし錠は全く眠ることが出来なかった。
 やっぱり数を待つ間に眠っていたのがダメだったのか。
 眠ろう眠ろうと思えば思うほど、逆に目が覚めてしまっていた。結局翌日の惨劇まで眠ることは無かった。

 二階から木が軋む音が聞こえた。その直後、悲鳴が響き渡る。何かとんでもないことが起こってしまった。錠はそう考えて、急いで二階に向かう。二階では、数の母親が部屋の前で座り込んでいた。
「大丈夫ですか? 」
「あ、あ、……息子が」
 その部屋は数と共に食事を届けた部屋だった。あの女性を嫌っていた兄の部屋だ。その兄が頭から血を流して倒れているのが、棚の隙間から見えた。錠は棚をずらし、部屋の中に入る。脈を計ってみたが、何も感じなかった。どうやら死んでしまっているようだった。倒れている兄の側には、ビールの瓶が転がっている。それに血が付着していることから、どうやら凶器はこれで間違いないようだった。
「うわあ、なんてこった。病院だ、いや警察もか」
 音を聞きつけてきたのであろう、父親が言った。
 ふと、錠は風を感じた。見ると、部屋の窓が開いていることに気づいた。錠は家に来た時に、2階から雨戸が閉まる音が聞こえてきたのを思い出した。
 雨戸が開いてる? 犯人が開けて、出て行った? でもそんな音は聞こえなかった。かといって、ドアが開くときの木が軋む音も聞こえなかった。じゃあ、犯人はどうやって兄を殺し、どうやって部屋から消えてしまったんだろう。

錠からの挑戦状
今回の事件は密室。ドアも雨戸も開けると音が鳴ってしまうというものです。これを犯人はいかに突破し、殺人を成しえたのかを考えてください。なお犯人は一人、共犯者は無しとなっています。また私がいたのは階段の側の部屋でした。でも誰かが階段を上る音や1階の廊下を歩く音は聞こえませんでした。
ぜひ、解いてみて下さい。

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