02.「アダルトチャイルド」再考〜抑えこんでいたものが少しずつ表に出てくるプロセス
第2話:改めて『アダルトチャイルド /AC』とはなにか
《 概要 》
8年ほど前に書いたテキストを修正加筆して記しています。
出来るだけ「原文」のままにするため、元の「である調」を残し、統一しています。一部「です・ます」部分は追記したものです。
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■「アルコール依存症」と切りはなして語れない『AC』
「Aduld Children of Alcoholics」
(アダルト・チルドレン・オブ・アルコホリクス)
この言葉を、目に、耳に、されたことはあるだろうか。
通称AC:Adult Childen(アダルトチルドレン)の元来の名称。
各単語の頭を取って「ACoA」と言ったり表記したりもする。
意味するところは、「子ども時代を、アルコール依存症の親の元で育った大人たち」で、より綿密にいえば「アルコール依存症の親の元で育った子どもで、問題を抱えたまま生き抜いてきた大人たち」を指す。
ただこの言葉は、当事者が他者から“刻印”されるものではない。
つまり病名ではないし、障害を指す言葉でもない。“自認”するための言葉である。
もともとは、1970年代のアメリカの精神保健(福祉)分野において、アルコール・薬物依存症者の親をもつ子どもたちを支援する現場で生まれた言葉だった。
子どもを支援するなかで、特徴的な病理を示す“大人たち”が見いだされ、援助に役立てるために、あるソーシャルワーカーが名づけたといわれている。
そのソーシャルワーカーの名はクラウディア・ブラック。
『アダルト・チャイルド』という言葉の概念を唱えたパイオニア的存在。
家族システムやアディクション研究の先達でもある。
著書『私は親のようにならない―アルコホリックの子供たち』は邦訳されて「ACブーム」火付け役となった。
クラウディア本人も訳した専門家たちも、“ブーム”にしようなどという意図は毛頭なかったはずだが、日本では特有の受けとり方やポップな“誤解”も生まれることとなり、この時期「AC」と自称することのリスクも多かった。
■「できごと」ではなく「関係・構造」でとらえる
わたしがこの言葉をはじめて知ったのは、「AC」という言葉がまさにブームの最中1998〜99年ごろと記憶している。
前章でも記したように、家族間における多種の問題を抱えながらも、自己回復の道を歩み始めていた“先ゆく仲間”友人Pが、その意味するところを示唆してくれた。
同時に、わたしはこの時期つぎつぎと自分の抱えている課題に気づき始め、関連本をむさぼるように読んでいた。
その最初の1冊が精神科医 斉藤学氏の『「家族」という名の孤独』。
「家族」が「孤独」って意味不明……という風に思ったことはなく、むしろ「ああ!これだ!これをわたしは知りたかった!」などとかぶりついた。
『「家族」という名の孤独』には「AC」という言葉はほんどでてこない。
ただ、AC概念につながる「家族というものの構造」が、常識とは別の切り口から捉えられ、ひも解いてゆくのにとても助けになった。
たとえば、
ということ。
信じがたいことかもしれませんが「酷いあつかいを受けつづける子」が自ら親元を離れようとしないことの奥にはこんな心理もあったりするのです。
わたしの両親は、顔を合わせればなにかと怒声罵声をあびせあい、ときに親父は鍋やらなんやら投げつけて、障子戸をバシーン!ドシバシーーン!などと叩き付けて脅してみたり、母は母で裏返った声で抵抗し、それは子どもの目には修羅場であった。
(この辺りのエピソードは、なかなかおもしろみもあるので、参考として非公開にて詳細後述する)
にもかかわらず、幼かった頃のわたしは、その場で泣きもせず、ただひたすらおとなしく時間が過ぎるのを待っていた。
なぜ泣きもせずおとなしくしていたのか。
諍い重ねる両親が「健全である」ことを証明したかった…のかもしれない。
……とまあ、子どもの頃の自分を回想しつつセリフをあてがってみれば、こんなようなところだ。
つまり、子どものわたしは、親のために自分の人格を添わせるように生きていたのである。
あくまで、ほんの一例中の一例。
こんな風景、どこの家庭にもあるさ。と言うなかれ。
少し距離をおいて(今どき流行りの言い方だと「俯瞰して」とかいうのでしょうか)、それぞれの関係を観てみれば、実に巧妙な「関係の病理」が潜んでいる……可能性もあったりするのだ。
(続)
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