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推し活なんて御免です④

■第4話
○新江戸大学
学園祭の特設ステージ
元気よくパフォーマンスする5人組男性アイドル「プリンスチャーミング(通称プリチャ)」。
客席にはこの後にパフォーマンスする同じ事務所の先輩アイドルグループ「Fruits&Nuts(通称フルーツナッツ)」の女性ファンが多く、プリチャを後輩グループと知っているので暖かく応援してくれている。
その客席の中央でさわらの母の夏子が、プリチャのうちわを持って熱烈に応援している。

客席の後方
遠目で見ている人や通行人たちにチラシ配りをする花梨とさわら。
花梨はものすごい勢いでチラシを配るが、さわらは中々渡せずにモタモタして手持ちチラシが全く減らない。
手持ちのチラシが無くなった花梨がさわらの元にやって来る。
花梨「もうすぐ1曲目が終わるわ。プリチャの歌唱は2曲で配れるのはその間だけだから頑張って!」
そしてさわらの手からチラシを半分持って行くと、チラシ配りを再開。
さわらは花梨のマネをしてチラシを配ろうとするが、上手くできずほとんど受け取ってもらえない。
チラシを配り終えた花梨がさわらの元にやって来る。
花梨「そろそろ戻りましょうか」
さわら、ホっとする。

ステージ裏
花梨とさわらが戻ると、楽屋テントの奥にあったテーブルが畳まれスペースが出来ており、フルーツナッツのリーダーで黒衣装の椙山蓮(22)がカウントを取りながら9人で立ち位置を確認している。
花梨は入り口付近に置いてあるキャリーバッグの中から、フルーツナッツのチラシの束をドンと出す。
さわらはその束を見て驚く。
花梨「安心して。プリチャのボランティアさんにはこっちは頼まないから」
さわら、ホっとする。
花梨「プリチャのステージ見に行こっか」
花梨はさわらを連れてテントを出る。

ステージ袖
花梨とさわらが来る。
さわら、客席中央のフルーツナッツのファンの中で、プリチャのうちわを持って大きく応援する夏子の姿に気付き、恥ずかしくなる。
花梨「うん、ちゃんと練習してるようね。この2曲フルーツナッツの昔の曲なのよ。結構売れたんだけど知ってる?」
さわら「え? あ、いえ、……すいません」
花梨「そっかぁ。よし、もっと頑張ろう」
さわら「あ、でもそれはきっと私がアイドルとか興味、えと、歌手とか全然詳しく無いから知らないだけだと思います」
花梨「そうなの? まぁでもその方が男性アイドルの現場には向いてるかもね。ファンがスタッフになるとまじ最悪だから。プリチャもやっと形になってきてこれからが頑張り時なのよ。ぜひ力を貸してね」
さわら、返事に困っていると、ライブが終わる。
プリチャ達「ありがとうございましたー!」
客席に手を振りながら汗だくのメンバー達が帰ってくる。
拓斗「あ、花梨さんだ! お疲れです。見てくれたんですか? 嬉しー」
渚「チラシ配りありがとうございました。さわらさんも」
そこにフルーツナッツの9人がやって来る。 
プリチャ5人、咄嗟に整列。
プリチャ5人「お疲れ様です! お先失礼しました!」
風雅「お疲れ。みんなちゃんと練習してるみたいだね。歌、上手になってたよ」
プリチャ5人「ありがとうございます!」
花梨「ちょっと、ここで大声はダメよ。ほら、プリチャはテントに戻って水分補給と汗拭いてきて」
プリチャ5人がテントを出て行き、さわらはどうしたらいいか分らずにいると、花梨が声を掛ける。
花梨「良かったらここで見てってよ。この子たち、まぁまぁ良いパフォーマンスするわよ」
風雅「あ、ひどーい。まぁまぁじゃなくて全力だし」
さわらが返事に困っていると、フルーツナッツの登場曲が流れ始め、9人が円陣を組む。
さわら、円陣で出口がふさがれてしまい、出れなくなる。
9人は親指を上げた右手を出して
蓮「フルーツナッツー! 行くぜー!」
全員で右手を上に上げる。
フルーツナッツ9名「イェイ!」
客席から「キャー」と悲鳴が聞こえてくると、9人はマイクを持ちステージに元気よく飛び出していく。
さわらはその流れを見て唖然。そして花梨が居ない事に気付き、袖から客席の方を覗くと、通行人にチラシ配りをする花梨の姿。
さわら「はや」
フルーツナッツのパフォーマンスに客席は大盛り上がり。
さわら、ふと夏子を見ると、フルーツナッツのうちわを持って周りのファンと一体になって応援している。
さわら「こっちも作ってたの!?」

ステージ裏
さわらがステージ袖から出てくると、タオルを首に掛けペットボトルを手にしたプリチャ5人が、客席から見えない所からステージを真剣に見ている。
さわら、彼らの後ろを通りテントに戻る。

楽屋テント
畳まれていたテーブルが元に戻され、メンバー達の荷物も整頓して置かれている。
さわら「ふーん。結構ちゃんとしてるのね」
さわら、テーブルの隅のパイプ椅子に座り、テーブルに束で置かれているフルーツナッツのチラシを1枚手に取る。それは一ヵ月前に発売された新曲のチラシで、裏面にはメンバーの紹介とディスコグラフィーが記載されている。そこにはレコード会社「Flowers Music」のロゴがある。
さわら「このロゴ、見た事あるような無いような」
そこにチラシを取りに花梨がテントに入って来る。
さわらは驚き思わず謝ってしまう。
さわら「す、すいません」
花梨「どうしたの?」
さわら「これ、勝手に読んじゃって」
花梨「なんだ、むしろ有難うよ。ぜひそれ持ち帰って」
チラシを持ちテントを出ようとする花梨をさわらが呼び止める。
さわら「花梨さん」
振り返る花梨。
さわら「今歌ってる皆さんは人気があるのに、それでもチラシ、配るんですか」
花梨「もちろんよ、人気があるって言ってもまだまだだから」
さわら「そんなにチラシ配りって重要ですか? もらってもすぐ捨てちゃう人が多いと思うんですけど」
さわら、言ってから(しまった)と思う。
花梨「そうでしょうね」
さわら「え」
花梨「でもね、私は捨てられる前提で配ってないわよ。きっと読んでくれると信じて渡してるの」
さわら「渡してる?」
花梨「だってこれはあの子たちの大切な名刺なんだもの。当たり前じゃない」
さわら、言葉が出ない。
花梨「あ、そうだ。吉川さんから帰りについてどう言われてるの?」
さわら「それは、終わったら適当に帰っていいよって」
花梨「えー、そんだけ? ちゃんと指示してもらわないと困っちゃうわよね。プリチャの出番は終わっけどあの子たちはフルーツナッツが終わるまで帰らないだろうし、あとは私が一緒に面倒見るからさわらさんはいつでも帰っていただいて大丈夫ですからね。今日はありがとうございました。じゃぁまたどこかで」
花梨、テントを出て行く。
さわら、手に持つチラシを見る。
   ×   ×   ×
汗だくのフルーツナッツと花梨が楽屋テントに戻って来る。
風雅「あー、楽しかったー」
花梨「すぐに車に移動するわよ。忘れ物気を付けて」
フルーツナッツ9名「はい」
テントの外にはプリチャ5名が整列して立っている。
花梨「あなた達はここで着替えて解散よね? 気を付けて帰るのよ」
プリチャ5名「はい!」
渚「あの、さわらさんは?」
花梨「帰ってもらったわよ。あなた達と一緒に帰るとこをファンに見られても面倒でしょ」
渚「そうですか」
フルーツナッツ9名が荷物を持ってテントから出てくる。
プリチャ5名「お疲れ様でした!」
フルーツナッツ達、「お疲れ様ー」とプリチャ達に声を掛けながら関係者エリアから出て行く。そして出待ちファンたちの間を笑顔で「ありがとう」と言いながら小走りで抜けて行く。
花梨も最後尾に着いて行く。

プリチャ5名はテントに入り、急いで私服に着替える。
銀河「さわらさん、チラシ配り大変そうだったな」
健一「きっと初めてだろうしな」
孝憲「客席に一人すごいファンいなかった?」
拓斗「そうそう! 前にチラシもらってくれた人だと思うんだ。全員分のうちわ持参で来てくれたし、箱推しになってくれたのかもね。嬉しいなぁ」
渚「着替えたら行くぞ」
みんなでテーブル、椅子、ハンガー、ゴミをチェックすると出て行く。
渚がテント内を見渡し、最期に出て行く。

○マンション
疲労困ぱいのさわらが帰って来ると、誰も居ない。
さわら、ホっとして自室へ行くとバッグを置き、クッションをまくらにして床に寝転び大きく一息。
さわら「ふぅー。疲れたって」
部屋の時計は17時11分。
さわら、ウトウトしながらバッグから見切れているチラシの端が目に入ると、花梨のチラシ配りの姿が脳裏によみがえる。
さわら「あの人、すごかったなぁ」
   ×   ×   ×
さわらがハっと目を覚ますと、窓の外が暗くなってる。
部屋の時計を見ると時間は19時33分。
さわら、空腹で部屋を出て行くと、LDKで夏子がカレーライスを食べている。

夏子「あ、起きた? レトルトだけど食べる?」
さわら「うん」
さわら、椅子に座り、キッチンに立つ夏子の後ろ姿を見ながら
さわら「今日さぁ、はしゃぎ過ぎじゃない?」
夏子「あら、気付かれちゃった? バレないように真ん中にいたのに」
さわら「歳考えてよ。あんなにはしゃぐおばさん一人しかいなかったからね」
夏子「全力応援したんだもの、仕方ないじゃない。あ、麦茶、冷蔵庫から出しなさい」
さわら、冷蔵庫から麦茶を取り出しながら
さわら「悪目立ちしてたからね」
テーブルには、カレーとサラダと麦茶。
さわら「いただきます」
夏子とさわら、向かい合って食事。
夏子「プリチャ君たち元気ハツラツだったわねぇ。初々しくって良かったわー」
さわら「そう」
夏子「フルーツナッツはさすがのパフォーマンスね。歌もダンスも完璧。私2曲目のパラレルアンブレラ、気に入っちゃった」
と、歌を口ずさみ始める。
さわら「一回で覚えたの?」
夏子、ドヤ顔でスマホを見せる。そこには配信サイトで「パラレルアンブレラ」を購入した画面。
夏子「さっそく配信で買っちゃった」
さわら「はぁ、また無駄遣い!?」
夏子「違うわよ。あなたすぐ無駄遣いって言うけど、ちゃんと曲が気に入ったから買ったのよ」
さわら、呆れて言葉が出ない。
夏子「ところで今日どうだったの? どんな事したの?」
さわら「別に、ただチラシを配ろうとしただけ」
夏子「配ろうとした? 配ったじゃなくて?」
さわら、黙って食事を続ける。
夏子、さわらを見て小さく微笑む。
夏子「それでも彼らは嬉しかったと思うわよ。次も頑張りなさい」
さわら、無言でカレーだけ食べてサラダは手を付けない。
さわら「ご馳走様」
夏子「サラダは? 野菜も食べないと」
さわら「カレーに入ってるからいい。お風呂入る」
さわら、食器をテーブルに置いたまま脱衣所へ向かう。
夏子、食器を見て溜息。

湯船につかるさわら。
さわら「明日遅番にしてもらって助かったかも。にしてもアイドル業界って先輩後輩がしっかりしてるんだなぁ。ウチの店なんて店長にすらみんななぁなぁだし。はぁ、次は何やらされるんんだろう、私チラシ配りマジ無理。もう今日の事は忘れたい」

○翌日・パールカフェ
さわらが出勤すると、店長の杉原がワクワクした顔でプリチャのイベントの話を聞いてくる。
杉原「おはよう。昨日どうだった? 鈴木さん何やったの? プリチャライブ、盛り上がった?」
さわら、うんざりした顔で話す。
さわら「別に。チラシ配りの真似事しただけで私は何の戦力にもなってません。ライブはまぁ盛り上がったというか、先輩グループがすごい人気みたいでした」
杉原「フルーツナッツでしょ、すごいよね彼ら」
さわら「店長知ってるんですか?」
杉原「彼女が大好きだからね。昴(すばる)推し」
さわら「昴?」
杉原「昨日いなかった? シルバーの人だよ」
さわら、考えるが分らない。
杉原「良かったら彼らのチラシも店に置くから持ってきてよ」
さわら「はぁ」
さわらM 「これ以上深く関わりたくないんだけどなぁ」

さわら、カウンターで粛々と接客をしていると、プリチャの銀河が一人でやってくる。


■第3話
推し活なんて御免です③|そうじゅさら (note.com)














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