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神経発達症(発達障害)息子の母になる〜母の入院と息子の幼稚園⑨

○母の退院決定と私の妊娠○

それからしばらくは、
Oと私の冷戦が続きました。

息子はOが嫌いで、
彼の顔を見ると泣いて逃げていました。

Oが嫌で教室から出て行く息子、
有無を言わさず無言で強制的に連れ戻すO。
絶対に喋りたくないという彼の中の決め事があるのか、

どれだけコミニケーションとってほしいとお願いしても口を縫われたのかのように喋りません。


息子はOのストレスで夜中おしっこを漏らすようになっていました。

市内センターの先生たちも
訪問指導に行っては
Oの対応について何度もアドバイスしていたようでしたが、あまり変化がなかったように思います。

イライラが込み上げて溢れそうになる頃


母の退院が正式に○月○日と決まり、
そこからは定期健診だけになるよという報せと


私の妊娠が判明しました。


母は血液検査では、
抗がん剤の影響を受けて
白血球が少なくなり、ちょこちょこと熱を出していると言う事はありますが(抗がん剤治療あるあるらしいです)
他では特に異常がなく無事退院となりました。

入院中は、

最初、骨肉腫の抗がん剤は強いので辛いと聞き、
ビクビクしていたのに

「やってみたら意外と大丈夫だった」と、
次第にのびのびし始め

髪の毛が抜け始めてからは、
大好きなAmazonで買い物をはじめ、
なぜか水泳帽のようなものをget。
しかも水色。
(がん患者用の帽子だったと言っていますが、
どう見ても水泳帽)

家族中からダサイからやめてくれと懇願され
「帽子が欲しいから買ってきて!」
と連絡してきたり

「暇だから、ゲームがやりたい」
と言うので
ゲーム機とソフト(逆転裁判)を貸したら
「○○の攻略法がわからないから教えて」
と言ってきたり



パンが食べたい、
スープが飲みたい、
カレーが食べたい、
水を持って来て、
パジャマを買ってきて、
寒いから羽織るものが欲しい

etc

コロナで不自由を強いられる中で
家族の中にUber Eats係を2人作り(上の弟と私)
食べたいもの欲しいものを全て手に入れ
最大限の自由を満喫した病人でした。



入院中は
よく祖母の家に行って
テレビ電話をしていたのですが、


娘がようやく画面を飛び出して、帰ってくる!と
祖母はとてもとても嬉しそうでした。
「あの人(母)は魚好きだから、魚買ってこなきゃ」
とか
「カレー食べたがるかもしれないからカレー粉買いに行きたい。お金をおろしに行きたいんだけど、連れてってくれる?!」
とウキウキで、

母の好物を作るんだと!
張り切っていました。

わたしはというと
長らく不妊治療中だったのですが、
夫が男性不妊気味であることが発覚して(精子数が少なく運動率も低い)

AIHからIVFに踏み切り
IVFにして1回目は流産し、
(毎週2,3日は心配で祖母宅に行っていたのですが、うちに来すぎだから流産したんじゃないか、そんなに来なくていい!と祖母に怒られました。)

2回目は×。

3回目で妊娠しました。

意外と赤ちゃんや小さい子を世話してあげたい気持ちがある息子に、
弟か妹ができたらとずっと考えていました。

1度目の流産の時は妊娠直後から
生理痛に似た下腹部痛と微量の出血がずっとあり、

ある日トイレに座ると、
お腹の中を小さい丸いものが、コロコロ転がるような感覚があり、それまでと違うたくさんの出血と共に流産してしまいました。

初期の流産でした。

不妊治療に通っていた産婦人科にて
担当のお医者さんが気まずそうに、静かに
「残念です。」
とこぼしたことは未だに忘れられません。

3度目も最初のうちは
流産した時のような下腹部痛、
出血がありました。

また流産するのが怖くて
精神的に不安定になり
食事もできなくなり
夫が運転する車で病院に行って診察してもらうこともしばしばでした。


今回の妊娠では
出血に伴い、再び切迫流産の可能性があり
担当の先生から
「本当は入院した方がいいけど、
できないんだったら絶対安静ね。
必要最低限しか動かないで過ごしてね。」

と言われ安定期に入るまでは妊娠したことを親にも言いませんでした。

精神的にも、肉体的にも辛い時期でしたが

母が退院したことで、
自分の中で頑張らなければと思って張り詰めていた部分(実家の父の食事の世話や、心が弱い高齢の祖母や猫のお世話)が少し緩まりました。


そして、そんな時に
息子が大嫌いな幼稚園参観日の日がやってきました。

いつもと違ったことや騒音、
お母さん世代の集まりが苦手で
○○会的なものや○○式のようなものが大嫌いな自閉息子。


息子が通っていた幼稚園は、参観日や行事が多く
行事のたびに登園を嫌がって荒れるので、
いつも欠席していたのですが

副園長に何度も手紙で
「参観日に来てくださいね、お待ちしています。」
と参加を促され

赤ちゃんが生まれてからでは、
今よりもずっと行事に参加できなくなるよな〜という思いもあり

仕方なく参観日に出席することにしました。


これが大きな間違いでした。



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