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かえつ有明の担当教諭が考える、探究学習の「キモ」と難しさ

探究学習の先進校として知られるかえつ有明中・高等学校(東京都江東区)。
対話的で深く学ぶために、同校の先生方が独自に開発したプログラムを取り入れています。このため外部プログラムは基本的には導入しない方針ですが、教育と探求社の「コーポレートアクセス」だけは導入しています。なぜなのでしょうか。
探究学習担当の田中理紗先生と、「コーポレートアクセス」に取り組んだ高校2年生の山村櫂斗さんにお話しを聞きました。

コーポレートアクセスとは
実在する企業でのインターンシップを教室で体験し、企業から与えられた課題(ミッション)に取り組みます。調査や企画、プレゼンテーションなどリアルな企業活動を通して、働くことの意義や経済活動について学ぶ探究型のプログラムです。

先生も探求し続ける
「自分は何者なのか?」

同校では「教員もまた、学び手である」という理念のもと、先生たち自身による独自の探究学習コンテンツを作っています。

先生のなかに、プログラムをやらされている気持ちがあると、生徒たちはすぐにわかってしまうと田中先生は感じています。

サイエンス科・プロジェクト科担当の田中理紗先生

田中先生:かえつ有明中・高等学校の前身は嘉悦女子という女子校で100年以上の歴史があり、2013年度に共学化し、江東区に移転しました。

本校ではオリジナルの教科「サイエンス科(中学)」「プロジェクト科(高校)」があり、すべての学びに必要なスキルとマインドを抽出してトレーニングする独自の探究授業をおこなっています。

田中先生:山村くん、中学生の時のサイエンス科の授業で、覚えているのは何ですか?

生徒・山村さん:中学1年生の時の「自分たちでカップラーメンの具材を作って、実際に紹介してみよう」という授業です。クラスメイトの創造性に驚いたり、「この人、こんなこと考えてるんだ」とわかったり、めちゃくちゃ印象に残っています。

田中先生:カップ麺を開発する授業は、今は「お弁当を開発する」授業に変わりましたが、それこそ生徒はブレストを重ねて、実際にお弁当屋さんに来ていただいて、自分たちで開発したお弁当を商品化して最終的には校内で販売し、みんなで食べてみるところまでやりました。

昔はブレストをただひたすらやる、という時期もありましたが、最終的なゴールがないと子どもたちは退屈してしまい、せっかくのブレストもやらされるものになってしまいました。ですから本校では毎年、学年のチームが話し合って、そのときの生徒たちが一番ワクワクするようなプロジェクトを考えて、授業を作っていきます。

私たち教員は週に一度、勉強会や研修の時間を必ず設けるようにもしています。


田中先生:高校の普通科にあたるオーセンティッククラスでは、プロジェクト科の授業が週2回あります。そのなかで生徒たちには興味関心と出会ってもらいたいのです。

「あなたは何者で」
「どうやって周りと関わっていき」
「そしてどうやって世界に貢献していきたいですか」

3年間を通して問い続け、自分なりの答えを考え続ける時間が大事だよと、伝えています。

関係性の「質」がすべて


田中先生:私たちは学ぶとき、まず最初に良好な状態と良好な関係性を整えること、SEL(Social Emotional Learning=社会性と情動の学習)をとても大事にしてます。

なぜなら、どんなに素敵なプログラムを作ったとしても、先生と生徒の関係性や、生徒同士の関係性、生徒自身の状態が悪いと、プログラムは根づかないと気づいたからです。

高校1年生の最初に、とにかく「関係性の質」の話をたくさんして、まずは「関係性の質」が高まるワークを繰り返し意識的にやっていきます。

「関係性の質」が良くなると、生徒はよく考えられるようになり、よく行動できるようになって結果も伴います。

関係性が整ってきたら、そこから一歩踏み出せるものを高校1年生の後半からはやっていきます。具体的にはグループでなにかしらのプロジェクトを進めます。

2021年度の高校1年のプロジェクト活動例。「英検に受かろう」から、音楽カードゲームを世界に広めよう、「海洋汚染について」という大きなテーマもあれば、実際に起業したチームも。

「やってみたい」からシフトする
「あなたが求められていることは?」

田中先生:プロジェクトに取り組むときには、3つの視点が大事だと伝えています。

・自分がやりたいことであること(Will)
・自分でできること(Can)
・するべきこと ーあなたはなぜそれをやるのか(Must)

田中先生:しかし過去の反省点として、「やりたいことをやってみよう」に寄ってしまったことがあります。

あなたはなにを社会に求められていて、なにが世の中で大切にされているのか、この視点(上図のMust)を使ってこなかったという話になり、いま取り組む価値や、世の中で求められているものは、実際に社会に出てアプローチしなければ、なかなか見えてこないだろうと私たち教員も思うようになりました。

そこで、教育と探求社の「コーポレートアクセス」をやってみようと、導入を決めました。


高校2年生の山村櫂斗さん。生徒会の副議長、サッカー部の部活部長兼キャプテン。学校外の社会活動にも参加中。

コーポレートアクセスに取り組んだ山村さんは、11企業の中から富士通を選びました。富士通からのお題(ミッション)は、“「10代のわがまま」で社会を変革する 富士通の新サービスを提案せよ!”です。

生徒・山村さん:みんなの「わがまま」ってなんなの?をクラスメイトにアンケートし、「学生が忙しすぎるから、もっと自由になりたい!」「自分たちがやっていることに意味はあるの?」から始まりました。

山村さんのチームの発表スライドより一部

生徒・山村さん:古典でいうと、実際に学ぶべきものは昔の人の考え方や価値観なのに、今自分たちがやってることは品詞分解だったり書き下し文だったり。古典を読むための技術は、富士通のスーパーコンピューターに現代語に訳してもらえばいい。

ノートを取るのも面倒くさいから、ノートと教科書を一体化しちゃえばいいんじゃないかと。学ぶ理由が理解できるから不自由感を軽減させることができると答えを出しました。

「居場所」と「役割」から生まれるモチベーション

山村さんは、プログラムをやって分かったことが2つあったといいます。1つは、社会に対する考え方で、自分自身がいま社会のどこにいるかを学べたこと。もう1つはチームのモチベーションを生む難しさです。具体的に聞きましょう。

生徒・山村さん:初めてこの課題を先生から聞いたときに、ぼくは結構面白そうだと割とポジティブだったんですが、他の3人のメンバーは、こんなのやらなくてよくない?と、面倒くさく思っていることが表情からわかりました。

生徒・山村さん:だけどこの3人たちはめちゃくちゃすごい能力がある。頑張って引き出せたら可能性を広げられると、僕は考えました。

だからまず、自分のやる気を見せました。資料作りとアンケートのグラフ化をやっていたら、その3人が私たちに何かできることない? と声を掛けてくれた。作戦成功です!

生徒・山村さん:1人は、ぼくが気づかないようなポイントを指摘してくれる子で、あとの2人はすごく仲良しでグイグイ進める子たちでした。指摘してくれる子には資料の確認、意見の正当性の確認を役割として任せて、ほかの2人には、実際に駅頭アンケート調査や発表時の雰囲気作りという役割を担ってもらいました。

結果的にめちゃくちゃいい発表だったし、それぞれの成長にも繋がったと思っています。成功の秘訣は、一つのチームになるために同じ動機があったことと、メンバーが自分の必要性と居場所を見つけられたことです。

自分に役割が与えられることでプロジェクトに関わる思いを持てたと思います。

導入の決め手は
「ホンモノ」と「余白」


探究のプログラム作り・導入の5つのポイント

プログラムの企画・作成、導入の際に大事にしているポイントとは何でしょうか。田中先生が語ってくれました。

田中:山村くんがまさに話してくれた通りですが、最後にまとめます。
探究プログラムを教員で作ったり、導入する際に大事なポイントは、まず「面白いもの」であることです。

次に「ゲストや外部との関わりがあること」です。教員だけが聞いているプレゼンテーションでは、子どもたちのモチベーションがあまり上がりません。同じフィードバックでも、ゲストの方のフィードバックは生徒へ届く感度が全然違います。

そして「本物である」こと。それがリアルではなく「なんちゃって」だと、例えば先ほどのお弁当の話のように、お弁当を企画しても実際にそれが形にならなければ、生徒にとって何も意味がないわけです。

ですから、コーポレートアクセスは実際に生徒に伴走してくれる企業の方がいらっしゃることが、とても大きなアドバンテージです。

私たちは、外部プログラムを試してみることも多いのですが、作りがカチッとしすぎて余白がないものだと、先生たちも、そのプログラムをやらされてる感覚になるんですね。

でもコーポレートアクセスには、私たち教員が工夫する余地があって、一緒にプログラムを作っている感覚がありました。ここが大事だと思います。

教育と探求社のスタッフがすごくサポートしてくれたことも心強くて、こちらの提案を否定せず、必ず受け入れてくれました。(コーポレートアクセスの所要時間である)24コマすべてやらなくてもいいし、テキストを使わなくてもいいですよ、と。そういう余白があるから、先生自身も一緒にプログラムを作っている感覚を持ち続けることができるのです。

山村くんの発表でいうと、先生たちも、
子どもたちはこのプログラムを体験し、社会の価値や、世の中でどういうことが大事なのかが見えてきました。この先、高校2年生は個人のプロジェクトに移っていきますが、今後も探究学習を通して、「問い」について生徒たちが考える機会を大事にしていけたらいいと思っています。

モチベーションの低さに先生が「介入しない」理由


質問した教育と探求社の関健(せき たける)

ここから先は、質問タイム。教育と探求社の関健の質問に2人が答えていきます。

ーー授業でよく覚えている、印象的だった場面を教えてください。

田中先生:毎回、発表のときがすごく印象的です。フィールドワーク後の発表、中間発表、最終発表と3回あるのですが、明らかに子どもたちが変化していく様子が見られることもあります。例えば最終発表で内容をガラリと変えてくるチームもありますね。

企業の方からのフィードバックをもとに、短いスパンで考え直して詰めてきたなという変化を見ると、子どもたちは何かを受け取ったのだと分かるのです。どんどん変わっていく子どもたちの姿はすごく印象的でした。

ーー山村くんはどうですか?

生徒・山村くん:自分のなかでは、一番は街頭インタビューでした。インスタグラムやネットアンケートはわりと壁が低いけれど、実際に、そこら辺を歩いてる人にインタビューするって結構ハードルが高くて、どうしようみたいな気持ちが生まれて困惑しました。

でもチームの仲良し2人組がグイグイいってて、これはすごいなって思ったのがぼくの一番印象的な思い出ですね。

ーーわかります。道行く人に声をかけるなんて、すごく緊張する場面ですよね。次の質問は、しんどかったポイントはあったでしょうか?

田中先生:探求社さんのサポートが整っているので、正直、しんどいことはありませんでした。先生方も探究学習に対する慣れがないと苦戦することがありますが、指導ガイドも動画もあったので、慣れの差は出にくかったです。

生徒・山村くん:正直、企業という存在は高校生にとっては大学のまたその先です。だから企業に対する理解を深めていくプロセスが一番難しかったですね。ただ、意外と身の回りに富士通の商品を見つけたり、使っていたんだと気づいたりしてからは当事者として近づけました。

ーーモチベーションの低い生徒はいましたか? そういう生徒がいたら、どう対応しましたか? 

田中先生:私たちはあまり介入しないんですね。なぜなら、振り返りが大事だと思っているからです。また介入してしまうと、生徒が介入待ちになってしまいがちで、山村くんが話してくれた「プロセス」が起きなくなってしまうからです。

ですから、基本的には、ただ待ちます。

結果的に最後までそのまま終わってしまうチームもあれば、しっかり立て直していくチームもありますが、私たちは生徒を信じています。モチベーションが低い状態のまま終わってしまったとしても、それが振り返りのときに自覚できればよいのです。その自覚が、次のプロジェクトに生き、気づきがあり、学びがあればそれでいいと思っています。

ーーぐっとこらえて生徒を信じて、振り返りで気づきを与えるというところ、探究学習のベースを実践されていて本当にすごいと思います。最後の質問です。プロジェクト型の授業で、先生がファシリテーターという立ち位置で教室にいることの難しさは?

田中先生:やはり一番難しいのは「待つ」ことだと思います。介入したくなるし、アドバイスもしたいし、もっとこうすればと口を出したい。

でもそれをしてしまうと、生徒の発想を抑えてしまったり、自分たちでやれるチャンスを私たちが奪ってしまうことになってしまう。だから待つこと、信じることは一番「肝」であり難しいところでもありますね。

そんな、自分の「あり方」みたいな部分に気づかされて、徐々に修正していくことが、日々私たち教員の学びだと思っています。

ーー山村くんから見ていかがでしょうか?

生徒・山村君:休み時間にラフに話している雰囲気のまま、授業に続いていく感じです。あまり先生に対してのギャップは感じていません。

ーー普段からの先生の「あり方」が、非常に生徒に伝わっていたということですね。今日はありがとうございました。

【参考】
自ら課題を発見し、その解決を探究する「ソーシャルチェンジ」のサイト
探究学習はじめの一歩!【実例】探究学習のテーマ16種
「探究学習」の最先端 教育と探求社の総合パンフレット
教員向けイベント情報


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