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ファインマンは量子力学と矛盾しない相互作用がゲージ相互作用に限られることを証明していたのか?

古典力学の運動方程式の主張自体には、「粒子の位置とその速度で状態は尽きている」という重要な要請が入っています。それは「量子力学で許される相互作用はゲージ相互作用に限定される」という有名な"導出"の計算で、リチャード・ ファインマンを大きくミスリードしました。

昔ファインマンが量子力学の運動方程式の無矛盾性を研究していると、相互作用は全てゲージ相互作用に限られるという不思議な結果を1948年に得ていたのですが、ファインマン自身は、生前にその計算を決して公にしませんでした。ところが1988年の彼の死後、個人的に交流のあったダイソンが、F.J. Dyson, Am. J. Phys. 58(3) (1990), 209 という論文で、ファインマンから聞いていた計算を公開してしまいます。

ダイソンがこれを公開した当時は超弦理論が流行をしており、量子力学を考えると超弦理論の基礎でもあるゲージ相互作用しか許されないという結論は大変魅力的だと、業界内では受け止められました。(ちなみにファインマンは大の超弦理論アンチでした。)

ファインマン自身は、数学的には正しい自分の結果が物理的に意味することは、後で超弦理論の人々が勇み足で喜んでいたゲージ相互作用の優位性だとは思ってなかったのでしょう。ダイソンは実に全く余計なことをしてしまったのです。

実際ダイソンが明かしたファインマンの計算を現代的視点で読めば、ファインマンが課していた条件は不自然にきつ過ぎることが分かります。

具体的には次の2つの条件が課されていました。

(1)正準運動量のハイゼンベルグ演算子が質量×速度になる。

(2)位置座標のハイゼンベルグ演算子の時間の2階微分が、古典力学と同じように位置とその時間微分だけの関数としての力で書ける。

演算子レベルのハイゼンベルグ方程式に、古典力学と同様のこれらの構造を課してしまえば、確かに生き残るはゲージ相互作用だけになります。しかし実際には位置座標のハイゼンベルグ方程式は位置と速度だけで閉じる必要はありません。このハイゼンベルグ演算子で、1本の閉じた方程式を書こうとすると、演算子の非可換性から一般には無限に続く位置演算子の高階時間微分が現れます。この点が可換な実数しか出て来ない古典粒子との違いです。古典粒子では、少なくともある時間領域で位置とその速度だけで力は書けます。この古典的な性質をファインマンは根拠なく量子系にも課してしまったのでした。そのせいで間違った結果が出てきたのです。

ですからダイソンが勝手に公開したファインマンの「ゲージ相互作用の導出」は、現在では特に真剣に捉えられていません。量子力学の体系そのものの整合性が、相互作用を自動的にゲージ相互作用に限定してしまうという事実はないのです。

また現在では量子コンピュータの概念の登場で、ゲージ相互作用による簡単な時間発展だけではなく、任意のユニタリー操作とその生成子としての任意のハミルトニアンを人類は手に入れられることが認知されるようにもなりました。そして量子コンピュータが実現する一般の場合には、(1)と(2)の条件は破れています。

量子コンピュータの概念は、ファインマンが最初の提案者とされることも多いです。その量子コンピュータそのものが、ダイソンが公開してしまったファインマンの議論の間違いを明確にしている点に、歴史のちょっとした皮肉を感じています。


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