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波動関数とは何か?

量子力学は、情報理論の一種です。量子状態は、任意の物理量を測定したときのその観測値の確率分布を与えます。また逆にある物理量の確率分布が分かると、量子状態は一意に定まります。つまり「量子状態」=「物理量の観測値の確率分布の集合」ということです。

波動関数とは、物理的には量子状態と同じものです。ただ数学的には観測量に影響を与えない位相因子exp(iδ)の自由度が波動関数には出てきますが、基本的に両者は同じものです。

例として、一番簡単な2準位から成る量子ビット系を用いて考えましょう。粒子の波動関数でも、基本的にこれと同じ考え方ができます。状態ベクトル表示(波動関数表示でも同様)で、その任意の状態は下記のような長さ1であるベクトルで表現されます。

右辺の項全体にかけられているexp(iδ)という因子は、量子力学では任意の物理量の観測結果に影響をしません。そんな要らない因子を数学的表記から追い出したい場合には、下記のような密度行列表記をとれば良いです。

この密度行列表示は大変便利で、確率的に混合した量子状態ρも記述できます。その特別な場合として、使用される確率分布のある1つの成分が1であって、他成分は零のとき、その状態は純粋状態と呼ばれます。そうでないときは混合状態と呼ばれます。

任意の状態ρに対して、任意の物理量の測定が可能です。そして量子ビット系のこの物理量σは2次元エルミート行列で書けます。(下式でa,cは実数で、bは複素数)なおどの物理量でもその本質を変えずに、単位行列I=|+><+|+|-><-|の定数倍の行列を足し、そして全体を適当な定数倍をすれば、その固有値を±1にすることができます。

状態ρのもとで物理量σを測定するとき、その行列の固有値である+1かー1が観測されます。各々の固有値を、|u>と|v>と書きましょう。

固有ベクトルの長さは1に規格化されているとすると、σ=+1となる確率とσ=-1となる確率が、下記のように状態ρから計算できます。

従って、量子状態ρは任意の物理量σの確率分布を与えることがわかります。これが多くの教科書の最初で教えられる内容です。

逆に、ある物理量の確率分布を与えると、量子状態ρは一意に決定することもできるのです。まず物理量σに対する期待値を、下記のように計算します。

直交座標系を任意固定して、その各軸方向のパウリ行列に対応する以下の3つの物理量を考えましょう。するとその3つの期待値を実験で測定することで、元の量子状態ρは一意的に下記のように決定されます。このように実験から量子状態を同定することを、量子状態トモグラフィと呼びます。

従って、今度は物理量の確率分布が状態ρを与えられることがわかりました。数学の確率論や情報理論では、確率分布はその系に関する情報とみなされるので、量子状態は系に関する情報の集合そのものであると、この量子状態トモグラフィから自然に理解されるのです。

このことから量子状態は確率分布の集合に過ぎないと、ご理解頂けたと思います。波動関数も状態ベクトルの特定の基底での成分表示に過ぎませんので、同様に物理量の確率分布の集合がその正体です。

さて波動関数の収縮ですが、ある確率分布をしている物理量の理想測定をして、ある結果を得た時、その後の確率分布はその値に局在したものに置き換わりますよね。

例えばσ=+1が出る確率がp(+)=1/2で、σ=-1が出る確率がp(-)=1/2となる一様分布の元で、測定したらσ=+1が観測できたとしましょう。するとその確率変数の測定後の確率分布はp(+|σ=+1)=1, p(-|σ=+1)=0という新しいものに更新されます。これが従来波動関数の収縮と呼ばれていたものです。

量子力学が確率論に基づいた情報理論である限り、「波動関数の収縮」は極当たり前のことなのです。波動関数は飽くまで情報の集合であり、決して物理的な実在ではないので、測定した瞬間にそれが変化しても、系の知識の増加による情報の更新に過ぎないのです。

人間ができる情報操作のいくつかの性質だけを原理にすれば、それから量子力学そのものが導出できる可能性もあります。そしてこの問題は現在多くの研究者が追求している理論物理学の重要なテーマとなっています。

なお多準位系での量子状態トモグラフィについては下記の教科書でも説明をしました。

また粒子系の量子状態トモグラフィについては、教科書「量子情報と時空の物理【第2版】」(サイエンス社 電子版)の第1章で解説をしています。

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