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QAL startups連載: ペットと人のニューノーマルを創造し、拡張するこれからのビジネスの作り方 #4


#4 獣医師にも「ビジネスマインド」を。
ゲスト:東京農工大学名誉教授・獣医師 岩崎 利郎氏

獣医療を起点とし、人とペットの間にある課題を解決するスタートアップスタジオ「QAL startups」。その中心メンバーにして、獣医師・企業家である生田目康道氏(QAL startups代表取締役)が、これからのペット業界に求められるビジネスの姿を探求していく連続対談シリーズ。

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その第4回目は、日本における獣医皮膚科のパイオニアが登場。日本獣医皮膚科学会会長、アジア獣医皮膚科専門医協会会長を歴任され、東京農工大学名誉教授でもある岩崎利郎先生に、獣医師としての観点から、これからの動物医療に求められるビジネスマインドについてうかがった。


■動物医療には経営支援の仕組みが足りない


生田目: ビジネス視点で見たとき、動物医療の領域は決定的にプレイヤーが足りていません。ヒトの医療では当たり前に実現しているサービスも、未だにないものが多々あります。例えばいま開いている病院をスマホで探せて、そこから診療予約もできるといったものですら整っていません。

それを解決するには、動物医療の業界だけの取り組みでは難しい。だからこそ、多様な業種の方々との協業で、動物医療を基点としたさまざまな事業を生み出していきたい。そういう意志を持ってQAL startupsを立ち上げました。

岩﨑先生は日米の大学、製薬会社、臨床の現場とさまざまな立場から動物医療を見てこられました。「もっとこういうものがあったらいいのに」と感じられているものがあれば、ぜひご意見をいただきたいと思っています。

岩﨑
: よくわかりました。僕は動物医療だけでなく、英ウィメンズクリニックという不妊治療の専門クリニックにも所属し研究しています。そこでは毎月一回、接遇セミナーがあるんですね。企業研修の専門の人に来てもらって、接客コミュニケーションを指導してもらう。

医療を顧客視点から改善していくためには、コミュニケーション教育が必要になります。しかし、クリニックの院長がその教育をできるわけではない。だから、社員教育を支援してくれる外の方々と連携する。それは一般企業では普通のことですよね。ヒトの医療ではそういうことが浸透してきています。だから、動物医療でも同じような動きがあっていいのではないかと常々思っています。

それから経営を支援する仕組みもあっていいのではないか。ヒトの病院なら、大きなところには必ずマネージャーがいて、日々の細かい業務を担当してくれます。英ウィメンズクリニックでも、税理士と日々の診療データを連携し、給与の支払いなどを委託しています。そういうものが動物医療にはまだまだない。

医療以外の業務から解放されるそういった仕組みがあると、もっと獣医師が医療行為に集中できるようになるのではないでしょうか。

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生田目: おっしゃる通り、動物医療における経営支援は、採用のためのヘッドハンティングみたいなサービスしかありません。スタッフ教育の支援だったり、経理といった管理業務そのものをサポートする仕組みがない、というご指摘ですね。

岩﨑
: いまはオンラインの経営管理システムがたくさんあるので、例えばそういうものを利用できるようになるだけでも随分と獣医師が楽になると思います。ただ、獣医師に特化したサービスを提供してもらうには、動物医療業界のパイが小さすぎるんですよ。

生田目
: だからこそ、QAL startupsでペット事業に興味を持っている業界外の企業を呼び込みたいと思っています。確かに動物医療業界は狭い業界ですが、ゼロからサービスを立ち上げるのではなく、すでにある他業種向けのシステムをカスタマイズして提供するといったアライアンスを組むなど、ビジネスとして成立させるやり方はいろいろあるはずです。

QAL startupsの立ち上げ以来、動物医療業界への参入に興味をお持ちの業界の外の方々に、まずこうした動物医療業界の現状、抱えている問題点を知ってもらうだけでも大きな意味があると感じています


■医師がマネジメントを学ぶメリット

岩﨑: いずれにせよ、獣医師にはもっとビジネスマインドを持ってもらいたいですね。特に人手不足やそれによる労働環境のシビアさが課題になっている中で、マネジメントは勉強してほしい。

生田目
: しかし、そこは大学の獣医学部でも教えていないですよね。

岩﨑
: 教えないのではなく、教えられる人がいないんですよ。大規模な病院でマネジメントをやってらっしゃる先生方も、ほとんど自己流でやられているというのが現実です。MBAを取得されているなんていう方は非常に珍しい。ただ、病院を一般企業と同じような視点でマネジメントしていくという方向性は決して悪くありません。

この業界では、医療は神聖なものという考え方が根強かった。20年くらい前でも、病院の株式会社化に対してものすごい抵抗があったものです。議論にあげることすらはばかられるような時期もありました。医療は金儲けじゃない、というわけですね。

しかし、そう言っていた人たちも、いまではみんな自分の病院を株式会社化していますよね。世の中そういうものです。だから、獣医師がマネジメントを学ぶ場も、やがて自然に求められるようになるのではないかとも思っています。

生田目
: あえてうかがいますが、病院を一般企業化した際のメリットは?

岩﨑
: 労働環境がきちんと整い、人手不足が解消されてくることです。例えば、中国には動物医療の従事者を教育する専門の会社があります。企業体として病院をグループ化して、新人を決められたカリキュラムで教育して送り出す。そういうシステムができつつあるから、中国の動物医療の業界は急速に拡大してきています。

生田目: 僕がいつも思うことなのですが、中国だって動物医療の市場が日本の何倍も大きいわけではない。しかし、そこでビジネスを生み出してやろうという意欲のある人たちが、中国にはたくさんいて、どんどん実際に新しいサービスが作られていく。これはアメリカにしてもそうです。だから、「獣医師にもビジネスマインドを」という岩﨑先生の言葉には、まったくもって賛成です。あえて付け足すならば、「日本の獣医師にも、ビジネスマインドを」ということでしょうか。

法律や制度、国ごとの業界慣習の違いはもちろんあるにせよ、それを乗り越えようとチャレンジする人が日本にももっと出てきてもいいと思うんです。

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■飼い主のためにあったらいいサービス

岩﨑: そこでQAL startupsですよ。日本の獣医学部では臨床に進む学生のほうが少ないので、大学でビジネスマインドを身につけてもらうのは難しい。生田目さんのような人が集まる場をどう作っていくか。期待したいですね。

生田目
: 大学での教育が難しいとしても、できることはいろいろあると思います。例えば、獣医師が業界の外と触れ合う機会を積極的に作るだけでも視野が広がりますよね。

僕は学生時代、不真面目な生徒だったので、勉強をそっちのけでいろんなことをやったのですが、そのひとつに他の大学、学部の学生ばかり集めたインカレサークルを作ったということがあります。

でも、それは遊ぶためのサークルではなく、ディスカッションとディベートの練習をするための場でした。そのサークルでは、獣医学部では出会わない人たちと出会える。そういう経験が、いまの私に役立っています。

岩﨑: そうですね。僕も最近はトリマーさんと知り合う機会が多くて、彼らとの会話からたくさんの気付きをいただいています。職業柄、僕の専門である小動物の皮膚病の勉強にとても熱心なんです。彼らも獣医師とは違う関わり方ですが、ペット業界の中でビジネスをやっている人たちですよね。そういう人たちと獣医師が一緒にできることはもっとないか。働きかけていきたいと思っています。

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生田目: 獣医師のためにではなく、ペットの飼い主さんのために岩﨑先生が「あったらいいのに」と感じているものはありますか?

岩﨑
: ひとつは遠隔診療のシステムですね。「みるペット」さんがトライしていますが、かかりつけの動物病院や先生にリアルタイムで相談できる。まだ初診は受け付けられませんが、ヒトの医療ではZoomなどを活用したオンライン診療がコロナ禍により解禁されたので、同じ動きは動物医療にも広がっていくのではないかと思っています。特に専門医がいる総合病院が近隣にない地方の飼い主さんにとって、こうしたサービスを待ち望んでいる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

また、獣医師にネットで相談できるサービスも求められています。こちらもヒトの医療では専門医が相談を受け付けるサービスがすでにありますね。

動物医療では「Anicli24(アニクリ24)」さんが近いことをやられていますが、あちらは電話相談です。もっと手軽に、ネットだけで相談できるようになってほしい。症状を聞いて、これはいますぐ病院に行ったほうがいいかどうか判断してくれるだけのものでもいいと思うんです。大切なのは、飼い主さんと獣医師の距離を縮めることです。

■起業家精神とは「失敗を恐れないこと」

生田目: 最後に、これは個人的にうかがってみたかったのですが、岩﨑先生は2021年4月29日に神戸市で「ペットの皮膚科」を開院されました。すでに業界の権威であるにもかかわらず、そのご年齢で新たにクリニックを開院されるケースは聞いたことがありません。それだけ絶えず挑戦を続けるためには、何が必要なのでしょうか?

岩﨑: 月並みな言葉になりますが、失敗を恐れないことでしょうか。僕みたいな年寄りでも開院したんですから(笑)、特に若いうちは何でもできるはずです。

生田目: 反対に言えば、岩﨑先生ほどのキャリアの方でも、失敗するかもしれないと思っているのでしょうか?

岩﨑: もちろん。ちゃんとうまくいくだろうかと心配ですよ。ドキドキしています。この歳なので、「少しなら損してもいいか」と思えるくらいです(笑)。儲けたいとかそういう気持ちはなくて、獣医皮膚科に興味がある人たちにとっての関西でのサロンになればいい。それが一番の目的ですね。

生田目: しかし、ドキドキするけどチャレンジするんですね。

岩﨑: 最初は思いつきなんですけど、一度始めてしまったら辞められないですから(笑)。

生田目: しとりあえずやってみて、あとは進みながら考えようと(笑)。まさに起業家精神を体現されてらっしゃると思います。本日は貴重なお話、ありがとうございました。

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対談を終えて
ここまでじっくりと深いところまでお話しさせていただいたのは初めてでした。 獣医皮膚科の権威としての岩﨑先生ではなく、アントレプレナーとしての岩﨑先生との対話は、長い経験に裏打ちされたトレンドと業界構造に対する深い知識に基づいたお話で大変学びが多く、なにより日本の動物医療の黎明期に自ら情報を取るためアメリカへ渡り、日本の動物医療を切り拓いてきた先生による『日本の獣医師にはもっとビジネスマインドを持ってもらいたい』という言葉は非常に重みのあるものでした。
現在の動物医療業界には、事業を創り出すプレイヤーの数が圧倒的に不足しており、それゆえ、 ヒトの医療にはあるのに動物医療には存在しない商品やサービスが無数に存在します。この差をなくしたい、というのが我々QAL startupsの出発点でもあります。

『(獣医学部でビジネスマインドを)教えないのではなく、教えられる人がいない』と先生もおっしゃっていましたが、QAL startupsでも同じ課題意識を持っており、獣医学部を持つ大学における<起業家教育支援>を視野に入れ、すでに活動を始めています。今後も、業界の垣根を越えた協業を通じ、動物医療を基点としたさまざまな事業を創出していきたいと、決意を新たにした岩﨑先生との対談でした。


<プロフィール>

岩﨑 利郎(いわさき・としろう
獣医師、東京農工大学名誉教授、農学博士、アジア獣医皮膚科専門医、VetDermOsaka代表、英ウィメンズクリニック研究開発部長、ペットの皮膚科 院長
日本獣医皮膚科学会会長、アジア獣医皮膚科専門医協会会長、アジア初開催(香港)第6回世界獣医皮膚科学会議大会長を歴任されるなど国内外で皮膚科臨床・研究、教育活動に尽力されている。 また、VetDerm Osakaとして皮膚科の二次診療や関西地区の先生方を中心に皮膚科研修医の指導や講演活動を実施。 2021年4月より神戸市で動物病院「ペットの皮膚科」を運営している。


生田目 康道(なまため・やすみち)
株式会社QAL startups代表取締役。
獣医師、企業家。2003年に独立起業。その後17年で動物医療領域を起点とした7社の創業と経営を経験。2009年には、株式会社ペティエンスメディカル(現株式会社QIX)代表取締役社長に就任。ペットとペットオーナーに"本当に必要なモノ"を提供すべく顧客ニーズと時代変化を見据えた数々の商品を手掛ける。2018年12月より掲げた、動物の生活の質(Quality of Animal Life)つまりQALを向上させるというビジョンのもと、2020年に株式会社QAL startupsを設立。業界内外のパートナーとともに、QAL向上に資する各種プロダクトと事業の開発に取り組んでいる。


取材・文/小山田裕哉 撮影/鈴木大喜



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