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Startup Studio Update #2

quantumの代表 高松充のchief of staffであり、GSSN(Global Startup Studio Network:世界から厳選されたスタートアップスタジオが集まるコミュニティ。昨年夏、quantumは日本のスタジオとして初めてこのコミュニティに参加)においてGSSN Leadersの一人としても活動する大橋勇太が世界のスタートアップスタジオについてレポートしていく連載「startup studio update」の第2回。

スタートアップスタジオについて概論的に紹介した第1回に続き、今回からは二回にわたって世界中の主要なスタートアップスタジオについて、それぞれの成り立ちや理念、ビジネスモデル、スタッフのバックグラウンドなどを様々に紹介していく。

世界のスタートアップスタジオがどんな思想で成り立っているかを知ることは、次なる新規事業を志す上での大きなヒントになりうるかも。

世界のスタートアップスタジオ事情 (前編)

昨今その活動が少しずつ注目されはじめているとはいえ、日本において、海外のスタートアップスタジオに関して日常的にキャッチできる情報は決して多くありません。

そこで今回は、筆者が常日頃からスタディしている世界のスタートアップスタジオ各社のトピックや特徴に関して、皆さんに共有していきたいと思います。

世界で起きているのと同じ動きがここ日本でも起きるとは言い切れませんが、世界中で新規事業を生み出しているスタジオのトレンドから学べることは多いはずです。

それでは早速、見ていきましょう。

i.Prehype 

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まず取り上げるのは、Prehype。筆者が最も好きなスタジオがこちらです。
NYを本拠地とし、サンフランシスコ、ロンドン、コペンハーゲンにも拠点があります。

(好きな)理由はNY出張前にスタートアップスタジオに関わるいろんな人に会ってみたいと思いLinkedInの有料契約をしてコールドメイルを送りつけていたところ、Prehypeは創業者のHenrikが快く引き受けてくれて、オフィス案内などスムーズに調整してくれたから...という極めて個人的且つ主観的なものが一部。

残念ながら当日Henrikは出張で不在になってしまったのですが、他のパートナー2人が対応してくれて意見交換をすることができました。その後はPrehypeのメンバーがquantumに遊びに来てくれたり、飲みに行ったりと交流が続いています。

ちなみに最近Henrikがスタートアップスタジオに関する書籍『The Acorn Method』を出版したので興味ある方はぜひ。
https://hellohenrik.com/book(※読了しましたが、内容としてはコーポレートスタートアップスタジオに関する知見を溜めたい人向けです。)

前置きが長くなりました。Prehypeを一番にあげたのは「個人的且つ主観的な理由によるもの」と表現しましたが、実態にも特筆すべきものがあります。

Prehypeの何よりのトラックレコードは、自ら創業した「Bark」。
犬向けのD2CサブスクリプションBoxが主力事業で、2011年のスピンオフから急成長を遂げ、FY2019で定期購買者は驚異の135,000人、ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)は$250M(予測)というお化けサービスです。
※参照:BarkBox credits Amazon for $250M boom in subscription business

166万人(※執筆時点)というインスタのフォロワー数が示す通りファンも多く、他にも犬用ガムの「Super Chewer」、オーラルケアの「Bright」、パーソナライズフードの「BarkEats」などを展開、北米のペットD2Cブランドの先駆者であり、代表格となっています。
Barkは上場間近というニュースも見聞きするので、今後日本での知名度も増してくると思います。

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ウェブで実績を見てもらうとわかりますが、PrehypeはAmazonやFacebookやMicrosoftなど大企業への数多くのExit経験があり、また、大企業との共同事業にも取り組んでいます(Dow Jones、LEGO、Coca-Cola、GE、他)。
Prehypeはquantumと非常に近いビジネスモデルを持っており、それは大企業との共同事業を進める中で、共同事業パートナーによる買収を前提にしてプロダクトないしスタートアップを立ち上げる、というもの。ちなみにquantumではこれを「Spin-Out-In」取引と呼んでいます。

自社事業のみ展開するスタートアップスタジオもありますが、最近は大企業や中小企業と共同事業を推進するスタジオが増えている印象です。スタートアップスタジオという手法が世界に浸透してきている証左でしょう。

Prehypeは、彼らの哲学や成功モデルを体系化して、企業のマネジメント層や大学生にむけて、教育機会を積極的に提供しているのも特長です。「Applied Entrepreneurship」と銘打っており、日本語だと「応用起業学」みたいな感じでしょうか。一定の成功体験を積み重ねたシリアルアントレプレナーは後進の教育へ、という流れは世界中どこでも同じですね。

ちなみに驚くべきことに、Prehypeの社員は「0人」なのだそう。これは、彼らがNYにおける起業家コミュニティに深く入りこんでおり、EiR(Entrepreneur in Residence)が有効に活用できるからです。

PrehypeはスペインのビジネススクールIESE監修のCaseの題材「Start-Up as a Service: The Prehype Model」にも登場しているので、興味のある方はこちらからどうぞ。 Start-Up as a Service: The Prehype Model

ii.eFounders

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続いては、eFounders。

eFoundersは、シンプルでわかりやすいミッション「We build the future of work」(ミライの働くをつくる)を掲げBtoB SaaSのプロダクトを次々に送り出しているスタジオです。BtoB SaaSに特化しているため開示されている数字も読み解きやすく、実態がよくわかります。(スタートアップスタジオの実態を数値で理解するにはeFoundersが一番だと思います。)

FounderのThibaudは「次世代の働き手にとって有用なツールをつくっていきたい。ソフトウェアのギャラクシーを創り出していきたい」と話しています。
eFoundersには業界のリーダーとしての自負も感じられ、情報発信にも積極的で毎年のKPIsを公開しています。例えばこちら。eFounders Letter #7 — Cracking the Startup Studio model

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創出したスタートアップの数(黄色)、そのスタートアップが雇用した人数(緑)、ARRの合計(水色)、評価額の合計(灰色)が把握できます。
これによると、

・スタジオが生み出したスタートアップ:23社(≒協業した起業家の数)
・そのスタートアップ23社が生み出した雇用:1,000人
・(SaaS特化なので)ARRの合計:€107M(≒130億円。※1€=120円換算)
・バリュエーションの合計:€1b(≠1200億円)
(チャートに記載はありませんが、調達額合計は€250M+)

8年間で23社ということは、検証後に撤退しているケースを鑑みると、年平均3名以上の起業家と協業してスタートアップを創出していることがわかります。ノウハウや成功体験が蓄積し、またそのトラックレコードで新たな起業家が集まり、という好循環が生まれ、さらに彼らの成長が加速するのではと予測できます。

with/postコロナの世界において働き方が加速度的に変化する中で「ミライの働く」も大きく進化していくことでしょうし、彼らを取り巻くビジネス機会は豊富にあり、eFoundersの存在はこれからも注目です。

23社(現在は25社)が提供しているプロダクトは多彩で、例えばコミュニケーション円滑化、費用支払、チームマネジメント等に関する業務ツールがあります。彼らのウェブをみてもらえればすぐにわかるので、興味がある方はご確認いただければと思います。


Thibaudの言葉は体重が乗っていて、現実的で、個人的には好きです。「癌の特効薬を作ってるわけでも、世界の飢餓を救うような新たな食糧をつくってるわけでも、また、温暖化と向き合うようなソリューションを生み出しているわけではない。しかし。」と。

We aren’t synthesizing a cure for cancer, we aren’t inventing a new food source to solve world hunger, and we aren’t designing solutions to address global warming. However, we’re doing our best to inspire new ways of working, to make the life better for people at work, a place where they spent a third of their lifetime.

聴き心地の良いお花畑的な夢や理想論を語るでなく、未来を読み解いて領域を絞って勝てる領域でしっかり勝ち切って成果を残す。結果に自信があるからこそ、経営指標も開示していますし、そんな姿勢を、私はとても尊敬しています。


iii.Founders Factory

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サイトに入ると真っ先に表示されるのが、このかわいいデザインのタグライン。
このタグライン、アフリカのことわざ“If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.”を連想させます。恐らくその通りで、スタートアップスタジオが起業家と連携して共創する意義を表現しているのだと思われます。

Founders Factoryはロンドンに本拠地を構え、その他ブカレストやパリを含むEUを中心に事業展開します。彼らはスタートアップスタジオであり、かつコーポレートアクセラレーターにも取り組んでいるため、大企業とのネットワークが強いです。
昨年はJohnson&Johnson Innovationとパートナーシップを組んで、NYにも進出しました。

筆者の中ではEUで最もEiR(Entrepreneur in Residence)を活用しているスタジオ、という印象です。日本語だと「客員起業家制度」と訳されることが多いこの手法。彼らはEiRではなくFiR(Founder in Residence)という言葉を用いていますが、内容は同じです。採用ページを見ると、原稿を書いている時点(2020年7月上旬)では以下のようなプロジェクトが進行し、FiRを募集しています。

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Entrepreneur in Residence(Founder in Residence)と聞いて「?」となった方もいるかもしれないので、もしくは、聞いたことはあるがJob Descriptionを見たことがない方も多いと思いますので、この機に事例をご紹介します。一定期間住み込んで芸術作品を創造する「Artist in Residence」の起業家版だと置き換えるとわかりやすいかもです。例えばこちら。

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詳細は割愛しますがFounders Factoryは、ブランドと小売店を繋ぐマーケットプレイスを立ち上げようと考えていると。そのプロジェクトコードが「Spencer」。プロジェクトという表現は、まだアイデア段階で会社化していないためですね。Roleにエッセンスが凝縮されているので和訳しながら説明すると、

“We’re looking for a Founder in Residence, CEO to lead Project Spencer, and the business that it becomes. “
Founders Factoryは本プロジェクトをリードする「Founder in Residence, CEO」を探している、とある通り、検証後には会社化することが前提となっていて、つまりはFiRは会社化後のCEOであるということ。

“As Founder in Residence, you will establish the overarching vision, develop the marketplace, the product functionality, go-to-market strategy and attract a world-class founding team around you. “
事業ビジョンの定義、プロダクトの開発、営業/マーケ戦略、チーム組成と、要はもうこのプロダクトを成功させるためのPre-CEOとして全ての業務を受け持ってもらう、という話です。

After Project Spencer’s incubation period, you will become the CEO of the newly created business as it spins out of our incubator and joins our accelerator programme. You’ll have £250K funding as well as twelve months of operational support from Founders Factory.
インキュベーション期間終了後、要は合意した検証内容がクリアできた際には、スピンオフし、会社化した際にはCEOとなり、創業から12ヶ月の会社運営サポートと£250Kの出資が受けられるという内容です。

というわけで、イメージつきましたでしょうか?連携する起業家の存在なしには、スタートアップスタジオが連続的にスタートアップを生み出すことは困難を極めるため、それを解決するのがこの仕組みというわけです。

もうひとつ今年のFounders Factoryに関するトピックで興味深かったのは「Creator Fund」への出資を含む立ち上げサポートです。「Creator Fund」とはCambridgeやOxfordやImperial等を含むEUの大学生から成るVCで、要は自分の周りにいる学生起業家に対して学生VCが出資し成長を支援するものです。大学自体が学生起業を支援する仕組みはありますが、それとは別のアプローチですね。

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ご存知の方は、「あ、あれのEU版ね」と感じたかと思いますが、アメリカで生まれた「Dorm Room Fund 」をベンチマークにしています。

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FacebookやGoogle、SnapchatにYahoo!といった有名企業も含め、多くの学生起業家が生み出され、成功事例も出てきているアメリカのような社会を、EUにもつくりたいという志です。Founders Factoryは本拠地EUのスタジオの中で最もアクティブな一社なので、こうやって社会にインパクトを与える新しい取り組みに挑戦するリーダーシップが素敵だなと感じます。

ここまで3つのスタジオについて見てきましたが、それぞれスタートアップスタジオを名乗りながらも、異なるスタンスで事業創出に取り組んでいることがわかります。

まだまだ紹介したいスタジオがたくさんあるのですが、長くなってきてしまったので、続きはまた次回。

※この記事はquantumのwebサイトに掲載したものを転載したものです。quantumのウェブサイトでは、quantumが関わる様々な新規事業や事業に関連したエピソードなどをご紹介しています。


<筆者プロフィール>

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大橋勇太 | quantum Chief of Staff to the CEO

quantumにて、CEO高松直下で、共同事業の立ち上げ、ベンチャーキャピタル業務、グローバルパートナーとの業務提携等、Startup Studioとしての成長に資する戦略構築から実行までをリード。前職では上場を経験、上場後のグロースを経営企画として統括。英国在住中にはスタートアップの欧州進出支援、コンサルティングファームのInnovation Lab等に従事。常に立ち返る言葉は「My world is not your world」、迎合せず比較せず自分の基準で判断する。University of Cambridge修士(MBA)。


編集:木村俊介、尾形亜季(quantum)

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