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どの本を旅に連れていこうか

旅行のお供に持っていく本、これは非常に重要だ。旅の途中、合間の気分をつくるし、できれば目の前の風景と文章が馴染むものであってほしい。

さて、どの本を旅に連れて行こうか、旅の準備でいちばん楽しいのはこの時である。あまり重い本では持ち歩くのが億劫。ずっと読みたいと思って手元に置いている積読本は、この機会を逃したら今後ずっと読まないかもしれない。

読みやすい軽い本がいいのか、記憶に深く刻まれるような特別な本がいいのか。日常を離れたところで、本の紙の触感、匂いを味わいたい。今回は2泊3日の小旅行。移動中、ホテルのベッドで、レストランで、シチュエーションを想像しながら本を選ぶ。

◆最初に候補にしたのは、渡辺京二「逝きし世の面影」

江戸から明治にかけて開国前後の、今はもう失われてしまった日本について。名著と名高く、読むと面白いのだが、いかんせん文章が硬い。改行も少ない。文庫版で600ページもある。何度もトライして途中で読むのをやめてしまった本で、長年の積読本である。情けない。旅行に持っていけば頑張って読むかもと思ったのだが、文庫本のくせにこんなに厚くて重いのかと、心の重荷にもなりそうで、やめた。

◆最近読んでいるのは、戦国時代に日本にやってきたイエズス会のポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが書いた「日本史」

12巻からなる大著で、あまりの冗長さ、仔細さ、くどさにイエズス会本部から不必要な部分を削るよう命じられたが、フロイスが拒否したという逸話を持つ。原稿はマカオでの火事で消失、各地にあった複写をつなぎ合わせて完成したという怪しさもある。

この本の面白さは、いち宣教師でしかない外国人フロイスが、豊臣秀吉や織田信長など日本トップの権力者の性格や行動、日本各地の動向を詳細に記述するという、あまりにも無理がある設定の不自然さにある。逆を考えてみると不自然さがよく分かる。もし、日本の仏僧が中世のフランスに行き「フランス史」の大著を記すことを想像してみたらいい。そのフランス史は、当時のフランス社会をありのままに正確に描けるだろうか?

フロイスの「日本史」に記述されていることの多くが嘘じゃねーかと思う。そんなわけないんじゃない?とツッコミながら読む。例えば、信長が亡くなり、秀吉が信長の大規模な供養を指示するくだり。「秀吉は信長の胸像を作らせ、公家の衣装を着させて祭壇上に安置せしめた。」とある。胸像かい!公家(貴族)の衣装かい!欧米か!とツッコむ。

この歴史的な本を、自分のようなヨコシマな態度で読むのは精神性が低いと言わざるを得ない。けっして人格を高めてはくれないだろう。できれば今回の旅は心も豊かになるものであってほしいとの願いから、この本は、パス。

◆他に最近ハマっているのが、東海林さだおのエッセイ

とにかく面白い。ゲラゲラ笑ってしまう。この前、通勤電車のなかで読んでニヤニヤ笑いが止まらない大失敗をした。周りの人たちは非常に気持ち悪かったと思う。東海林さだおは危険だ。同じことが旅先で起こることは避けたいので、パス。

森永卓郎「書いてはいけない 日本経済墜落の真相」

「ザイム真理教」からさらに踏み込んで、ジャニーズ、財務省、JAL123便墜落事故。これらを書いていい時代になったのだなあとも思ったのだが、この本が旅にふさわしいのかどうか。タブーに触れるような扇情的なタイトルの本を人前で開くのは気まずい。扱っているテーマはいろいろな意見があるだろう、知らない人から変に絡まれたりするかもしれない。パス。

幸田文「流れる」

成瀬巳喜男監督の映画「流れる」に感銘を受け、原作を読もうと思って買ってあった本。幸田露伴次女の、高尚で流麗な文章は、個人的にはとても読みづらく、小説の冒頭10ページあたりで止まっていた。でも読みたいと思ってはいる。でも、もしかしたら、グレン・グールドのピアノのように有名で評価が高いけど、自分にとっては何が良いのかぜんぜん分からない、むしろ聴くのが辛い音楽、というのと同じかもしれない、という予感もある。これは賭けだな、合わなかったら気分が良くないうえに、荷物になるだけだと、パス。

三浦哲哉「自炊者になるための26週」

序文「本書は自炊の入門書です。提示しようとしているのは、料理したくなる料理です。」料理したくなる料理か。これは良さそうだ。なんとなく、電車に乗っていても、食堂でも、ベッドでも、難しい顔をせずに読めそうだ。おしゃれな感じがするのも良い。でも結局、単行本サイズのこの本と他の文庫本の重さを比べて、文庫本を選んだ。パス。

◆最終的に選んだのはこの2冊。どちらも薄い文庫本。やっぱり旅には小さくて軽いのがいいね。
池波正太郎「男の作法」
岸本佐知子「ねにもつタイプ」

旅から帰ってきて思うのは、この2冊をお供にして本当に良かったということ。

着物、万年筆で原稿用紙に執筆する池波正太郎、昭和の偉大な文筆家が男の生き方を説く。これだけでもう情緒たっぷり。独特の池波正太郎節とも言える口調、リズムがあって、クセになる。知らず知らずのうちに池波正太郎節に感染していた。旅の途中、風景を見ながら、風呂につかりながら、池波正太郎風の口調で考えごとをしていた。なんとなく偉くなったような気になる。

岸本佐知子の本は、すごく良かったけど、実のところ、ある意味失敗だった。なぜなら、あまりに面白すぎるのだ。笑ってしまうのだ。日常の何でもないようなことが抱腹絶倒のエッセイになっている。自分のとらえ方次第で、世の中には面白いことがいたるところに転がっているのだ、そう思わせる。

昼下がりの電車のなかで、読みながらニヤニヤ何度も笑ってしまった。声も少し出てしまった。恥ずかしい。がまんしようとすればするだけ面白くなってしまう。まるで授業中の居眠りのような悦楽だ。あれだけ東海林さだおの本で警戒していたのに。旅の恥はかき捨て、か。

2冊ともサッパリとした読後感で、心地良い。そうしたら、いろいろあったけど良い旅だったなあと思える。


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