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穂の国の神風串呂(第293号)

💖古代神都「豊葦原の瑞穂の国」は東三河(豊川、豊橋、蒲郡、新城など)にあった!

ホツマツタエには古代ヤマトの国は、おおよその範囲で現在の東海三県および静岡県、山梨県、神奈川県、東京都、千葉県、茨城県であると出ています。

(「ホツマ事典/ヲシテ時代歴史地図ー2」)

いよいよ真実の「豊葦原の瑞穂の国(穂の国)」を昭示する串呂哲学の研究に入る段階が到来したように思います。

今回は、穂の国と呼ばれていた古代神都東三河(豊川、豊橋、蒲郡、新城など)に関連した串呂をご紹介します。

豊川市一宮町を中心にした東三河(YAHOO!JAPAN地図)

瑞穂古事記 坤巻

「瑞穂古事紀 坤巻」2頁より転載、愛知県蒲郡市相良町に
瑞穂の国の中心地(高天原)が存在したという串呂図

宇頭うとう町(岡崎市)-馬頭ばとう神明宮(岡崎市)-兎頭うとう大明神(蒲郡市)

犬頭けんとう神社(岡崎市上和田町)-馬頭ばとう神明宮(岡崎市)-犬頭けんとう神社(豊川市)

開正かいしょう(西尾市一色町)-兎頭大明神(蒲郡市相良町)-実正じっしょう(豊川市国府町)

*岡崎市上和田町の「犬頭けんとう神社」は、度々の洪水により岡崎市宮地町馬場に移転された。上和田町と宮地町は隣接している。

兎頭大明神

蒲郡五十七社巡り」より転載

神社名
相楽神社(さがらじんじゃ)
鎮座地
蒲郡市相楽町門成三一番地
祭神
伊弉諾尊 誉田別命
由緒
兎上神社の創建は明かではない。社蔵の文明二年(1470)三月の棟札に奉造立兎頭大明神とあり、元和年間(1615-23)の棟札にも戸神大明神とある。
砥神山頂鎮座の砥神社の里宮なり。

明治元年池上地内御堂山鎮座の熊野神社は山崩れのため社殿大破し兎上神社の境内社に合祀する。明治九年、村社に列す。昭和三年五月十五日、字向前鎮座の村社八幡神社を合祀し同年十月八日、相楽神社と改称した。
(「蒲郡五十七社巡り」より転載)

🟡兎頭大明神(相良神社)のある蒲郡市相楽町門成に瑞穂の国の中心地(高天原)が存在したという。

兎頭は、うとう、うがしら、とがみ、とがしら、などと読める。
兎上、戸神、砥神、とも表記されていることから「とがみ」が有力。
頭=上=神。

🟡兎頭大明神(相良神社)の祭神は、伊弉諾尊いざなぎのみこと誉田別命ほんだわけのみことである。誉田別命は、村社八幡神社を合祀したからだろう。本来は、伊弉諾尊である。

・・・・・

前号でご紹介した「瑞穂古事紀 坤巻ひつじさるのまき」(巻頭写真などを含めA5版49頁)には下記のような「串呂と穂の国」に関する意味深長な語句がちりばめられていて難解な文章ですが、確信に満ちた表現には圧倒されます。

この著書を一言で表現するなら「串呂哲学の根本密教」ですね。

宿根宝降の黒水晶(瑞穂古事紀 坤巻 巻頭写真)

穂国の高天原へ宝降ほうこうありし多神たしん逆鉾さかほこは、漆黒しっこくの水晶石なり、籾稲もみいねを以て立農せし最初の本国なり 故に、水穂国と唱ふ、穂国に水晶山あり、当山の東国日立の水戸市と、肥後の水俣町の串線上にありて水穂国を立証す、本国なれば紀伊の本宮と、参河みかわの本宮山との貫線上にあり、天津日高彦の里を高天原と称す、天之浮橋着船地より、伊佐那いざな神を祭る萬劫まごう門成かどなりに至る地文に於て、高天原の三地名に依て明かなり。

瑞穂古事紀 坤巻15~16頁

🟢水俣町(水俣市)-水晶山(豊田市)-水戸市
🟢熊野本宮-穂の国高天原(蒲郡市相良町)-参河本宮山(豊川市)
🟢天之浮橋着船地(三津ヶ浜)-高・天・原の付く三地名あり-相楽町門成かどなり(*高田山、天の川、柳原)

いよいよ真実の「豊葦原の瑞穂の国」(穂の国)を昭示する串呂哲学の研究に入る段階が到来したように思います。

穂の国の神風串呂

穂の国(豊川市諏訪・豊津町)を貫く大和三串 -〇-〇-〇- の神風串呂
三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版第一章

穂の国のマクロの串呂は、三浦芳聖師が解明した豊川市・豊橋市周辺を串線する串呂がありますので、視点を変えて「穂の国」を昭示する串呂としてみることが出来ます。

参考の為に主な「穂の国」(東三河)の串呂をご紹介します。

⛩皇大神宮内宮と穂の国の串呂
*龍神温泉-三浦峠-大日岳-⛩皇大神宮内宮-穂の国(豊橋市)-浜松市天竜区佐久-大御神

*五味-⛩皇大神宮内宮-穂の国(御堂山、萩町)-高松-聖岳(静岡市)-聖天-御幸ヶ原町-入定

*⛩皇大神宮内宮-蔵王山-穂の国(豊橋市小松🟠原町)-小松🟠天皇御陵(磐田市神増原)-小松🟠🟢岳(小田原市)-前🟢

*三浦-⛩皇大神宮内宮-穂の国(蒲郡市大塚町⛩神明宮、豊川市国府町・八幡町船山御陵)-三河本宮山-市川大門-川浦-日之出-鏡(小山市)

*⛩玉置山玉置神社-⛩皇大神宮内宮-穂の国(豊川市)-天地-瑞竜

天子ヶ岳と⛩高千穂神社の串呂
*⛩高千穂神社-猿田🟢-牧平町大門-伝正院-穂の国(鳳来町)-天子ヶ岳-猿田🟢

御正体山と穂の国の串呂
穂の国(豊川市諏訪、豊津町大和🟠地区)-新開-天子ヶ岳-御正体山-八王子市-大和🟠地区-神生-大和🟠

穂の国(新城市作手守義)-みどり湖(豊根村)-御正体山-⛩水🟢社(成田市野馬込)-⛩水🟢社(香取市)-⛩鹿島神宮-高天原(鹿嶋市)

⛩御在所山と穂の国の串呂
*⛩倭文神社-御冠山-由良-鏡-⛩御在所山-穂の国(豊川市諏訪)

公文と穂の国の串呂
*公文-御幸町-女官-⛩湊川神社-大和田🟢-睦合町-一色🟠一色🟠町-一色🟠町-穂の国(豊川市諏訪)-⛩白岩水神社-大和田🟢-⛩焼津神社-⛩安房大神宮

八尺鏡野と穂の国の串呂
*八尺🟣野-石🟣町-穂の国(豊川市諏訪)-古真立-両神山-天神🟢-如来堂バス停-天神🟢町-明神-大平山

⛩石清水八幡宮と穂の国の串呂
国府🟠町地区-的場-天王🟢-加賀美-大門-⛩石清水八幡宮-国府🟠町・天王🟢山-玉垣町-国府🟠町-穂の国(豊川市諏訪)

⛩多賀大社と穂の国の串呂
和田🟠野-和田🟠-阿弥陀山-⛩多賀大社-天皇-穂の国(豊川市御油町・諏訪、豊橋市和田🟠辻)-和田🟠地区

⛩白鬚神社と穂の国の串呂
*大明神岬-大宮-三重-由良-⛩白鬚神社-⛩八幡🟠神社-⛩尾張八幡🟠宮-穂の国(豊川市御油町卍大通寺薬師堂、八幡町⛩三河八幡🟠宮・天王、諏訪)-三浦湾

⛩伊弉諾神宮と穂の国の串呂
*天皇-⛩伊弉諾神宮-八幡🟢穂の国(豊川市諏訪)-弥勒-八幡🟢

昼神と穂の国の串呂
*神明-日出🟠町-御前崎-穂の国(蒲郡市卍恵照山日曜院・卍楠林山安楽寺・蒲郡北部小学校)-牧平町大門-出来山-産場-五軒小屋-昼神-吹嵐-神宮寺-川浦-豊川-日出🟠谷-極楽山-日出🟠

御岳山と穂の国の串呂
*高松町-穂の国(蒲郡市相楽町🟢堂山)-牧平町大門-中之🟢所-🟢岳山

その他
高松🟠町-穂の国(豊川市諏訪)-高松🟠高松🟠弥勒🟢-日本平山-白髭山-弥勒🟢

穂の国(豊川市諏訪)-明神山-日本ヶ塚山-辰之戸-聖岳(静岡市)

*蔵王山-穂の国(蒲郡市大塚町大門🟠、豊川市御津町宮路山)-大門🟠-寺野薬師堂・大楠-吉良見-大門🟠-三浦山-大日岳-朝日町

*正善-天神-大門🟢(山県市)-天王町-大門🟢(岡崎市)-穂の国(豊川市萩町・諏訪)

*三浦(熊野市)-桂城(島勝浦)-始神-穂の国(豊川市諏訪)-御所-大菩薩嶺-弥勒-天子

穂の国とは

“ほの国”とは愛知県東三河地方の呼び名
大化以前「ほの国」と呼ばれた地域がありました。愛知県の東部、西は宮路山、北は豊川の中流域あたりに広がる国で、豊かな実りのある地域でした。歴史の流れの中で「ほの国」の名は愛知県東三河地方(豊橋市、豊川市、蒲郡市、新城市、田原市、設楽町、東栄町、豊根村)として受け継がれています。(「ほの国とは」より転載)

『穂国- Wikipedia』を検索すると、『東三河- Wikipedia』に転送され、下記のように出ている。

東三河(ひがしみかわ)は、愛知県の東部を指す。豊川流域および渥美半島で、遠州灘に面する地域である。地方中心地は豊橋市。

豊川流域に位置し、浜名湖・遠州灘・三河湾・三河山地・新野峠・弓張山地に周囲を挟まれた地域である。本宮山から三ヶ根山に至る丘陵を西三河との境とする。大化の改新以前には、穂国造の支配領域であった。(「概要」)


🔴串呂哲学の理解を助ける予備知識

始めての方は、下記の記事を参照してください。


🔴神風串呂を学びましょう!

串呂哲学研究会では、今日では入手不可能な三浦芳聖師の著書を復刻するのに多くの時間と労力を掛け、採算を全く考慮せず、串呂図、表紙画像、系図、中扉などのCG画像作成のために多くの費用を掛けて参りました。

これは、我が日本国と日本民族の将来を案ずればこそであります。皇祖神・天照大御神が、私達日本民族のために、苦心惨憺、長期間を掛けて構築して下さった神風串呂を学びましょう!


🟢後醍醐天皇の皇位を継承したのは誰かについて、歴史資料を示し、さらに串呂で証明した串呂哲学の概説書かつ神風串呂の入門書!


💟串呂文庫

🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志)


🔴バックナンバー(総合)

🟡情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

🟡前号(№292)
古代神都東三河説と神風串呂
🟢次号(№294)
天地開闢以来の神教なり

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会 
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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読者の皆様方のご支援に感謝しています!三浦芳聖先生の著書を復刻し、地文の住所を新住所に改め、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。