無題2

十津川村の三浦と守義との神風串呂(№57)

💟はじめに

このオンラインブックは、神皇正統家しんのうしょうとうけ極秘伝ごくひでん 神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)について記述したものです。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)とは、元伊勢もといせ伝承で皇祖神・天照大御神が各地を巡行じゅんこうしながら構築した「元伊勢クシロ」の事です。


元伊勢伝承地と巡行ルート
(「幻の邪馬台国・熊襲国」より引用)


元伊勢クシロは、皇城守護こうじょうしゅご結界けっかいのことだといわれて来ましたが、極秘で構築されて来たので、そのように言われてきたのです。


神皇正統しんのうしょうとう嫡皇孫ちゃくこうそん三浦芳聖みうらよしまさ」が、生涯の精魂せいこんを込めて解明した神風串呂によって、「元伊勢クシロ」とは、皇統正史こうとうせいしを我が国の国土に埋め込んだ地文学ちもんがく神風串呂しんぷうかんろであることが判明したのです。

下記は、その皇統正史こうとうせいしの結論とも言うべき超神秘的な神風串呂です。

⭕印の地名(重要地文ちもん)が、ほぼ等間隔に配置されています。

神皇正統・三浦皇統家を昭示する神風串呂
(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第一章)


地名(地文ちもん)に秘められた天地神明からの啓示を解明する学問(皇霊学)が神風串呂しんぷうかんろ(串呂哲学)です。

神風串呂は、地文ちもん(地名)を研究することで天地神明の存在を認識することのできる神道皇霊学しんとうこうれいがくで、真日本国再建のために皇祖神・天照大御神によって構築されました。

ここでは、「奈良県吉野郡十津川村の三浦と新城市作手の守義との神風串呂」をご紹介し、詳しい解説をしています。

神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を学ぶことによって、日本が神国である事実を認識し、皇祖神・天照大御神からの神妙なる息吹を体感体得たいかんたいとくすることができるでしょう!

串呂主宰神かんろしゅさいしん(天照大御神)が、長期間掛け苦心惨憺くしんさんたんの末に構築された神風串呂に学べば、我が国は天佑神助てんゆうしんじょにより日本民族本来の力を発揮はっき出来るようになります。

皇大神宮内宮の嫡皇孫は三浦佐久の子孫(三浦皇統家)である。
(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第七章)


神風串呂しんぷうかんろ(カミカゼクシロ)を無視もしくは敬遠していると、無秩序な群雄割拠ぐんゆうかっきょの戦国時代(120年以上)に、無辜むこの民が味わった塗炭とたんの苦しみを、国際的な規模で再体験することになるのではないかと心配しています。




1、国内4ヶ所しかない「鏡」と「聖岳」

奈良県吉野郡十津川村の「三浦」と興国天皇(守永)の串呂上の符号である新城市作手「守義」(もりよし)とを結んだ線上に、皇位継承を表わす地文「鏡」と、天皇を表わす地文「聖岳」が通る神秘的な神風串呂をご紹介します。

現在、地図検索で確認できる「鏡」と「聖岳」は、共に四ヶ所ずつで、この数少ない二つの地名が、「三浦」と「守義」を結ぶ線上に寸分違わず串呂するという、正に神業としか言いようのない神風串呂です。

神奈川県小田原市米神「聖岳」


2、串呂哲学の理解を助ける予備知識

始めての方は、下記の記事を参照してください。


3、三浦(十津川村)と守義との神風串呂

三浦芳聖は、三浦(奈良県十津川村)と守義(愛知県新城市)とを串呂すると次の様になると述べています。

三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』復刻版 第三章

三浦」(十津川村)-「守義」(新城市)-「中田」(東栄町)-「聖岳」(静岡市)-「」(小山市)

(三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』120頁、現住所に改めた)

【地文のみ掲載】
「三浦」-「守義」-「中田」-「聖岳」-「鏡」

【地文の解釈】
(1)三浦(みうら、奈良県吉野郡十津川村)

三浦皇統家をあらわす地文。

串呂哲学の世界では、「後醍醐天皇の御名は三浦(紀北町)である」という設定になっていまして、後醍醐天皇以降の神皇正統の天皇の重要串呂上に「三浦」という地文が出て参ります。

この串呂は、その「三浦」(奈良県十津川村)を起点として、興国天皇(守永)をあらわす「守義」(新城市作手)を至点とする、「三浦守義」(守永)を鑑定する神風串呂です。

【参照】「三浦」についての詳細はこちらをご覧ください。

十津川村三浦
奈良県吉野郡十津川村(地図マピオン)

(2)守義(もりよし、愛知県新城市作手)

興国天皇(守永)を表わす符号。守義=もりよし=守良=もりなが=守永。

国内唯一のユニークな地名。近くに守永親王の符号「小鷹」の名を冠する「小鷹神社」があることから、守義は、興国天皇(守永)の行在所(隠棲地)であったと思われます。そうなるとこの串呂は実証の串呂ということになります。

【参照】興国天皇 (守永・もりなが) (№52)

後醍醐天皇の皇子の名の読み方は「なが」「よし」の両様に読まれてきましたが、私は串呂哲学経綸上の必要性が理由でそうなったと考えています。

【参照】『ウィキペディア(Wikipedia)』後醍醐天皇#皇子の名の読み

(3)中田(なかた、愛知県北設楽郡豊栄町振草小林)
守永天皇の母「右大臣西園寺公顕の女・藤原清子(御匣殿)」の霊統・霊格をあらわす地文。

中田は貴族・高官の家柄の母を表わす。

天皇の母の霊統・霊格をあらわす地文には下記の四種類があります。
「太田(大田)」・・・母親が母親が皇族または皇后。
「中田」・・・高位高官の貴族の父から生まれた女性。
「平田」・・・同上
「小田」・・・一般庶民の母親を表わす。小田郡(井原市)美星町明治は、明治天皇の母親の身分が庶民であったことを表わす。

(4)聖岳(ひじりだけ、静岡市葵区田代) 

聖岳静岡市
静岡市葵区田代 聖岳(地図マピオン)

聖岳は「天皇」を現す地文です。漢和辞典を引くと聖には天子の意味があると出ています。

聖運、聖駕、聖皇など数え上げれば枚挙に暇がない程です。

現在地図検索で確認できる「聖岳」という山は以下の3ヶ所です!
(イ)聖岳(佐賀県多久市)
(ロ)聖岳(静岡市葵区/長野県飯田市)
(ハ)聖岳(神奈川県小田原市)

・・・・・

(5)(かがみ、栃木県小山市)

三種の神器のひとつである「御鏡」を昭示する地文で、「鏡神社」があります。
この小山市の「鏡」は、串呂哲学上、超重要な地文です。下記の神風串呂を参照ください。(旧住所は下都賀郡間々田町でした。)

現在地図検索で確認できる「」という地名は以下の4ヶ所です。
(1)滋賀県蒲生郡竜王町大字鏡
(2)栃木県小山市大字鏡
(3)長野県北安曇郡松川村鏡
(4)佐賀県唐津市鏡

4、この串呂の解釈と串呂哲学的考察

三浦」(十津川村)-「守義」-「中田」-「聖岳」-「」(小山市)

三浦守義(守永)は鏡(八咫の鏡)を継承した神皇正統の天皇である。
「三浦」「守義」「聖岳」「鏡」という重要地文が一直線上に連なる神秘的な神風串呂です。

神風串呂は、本当に神秘的だという思いを新たに致します。
感謝のほか有りません!
神様本当に有難うございます!
神風串呂は日本民族の宝です!


🔴神風串呂を学びましょう!

串呂哲学研究会では、今日では入手不可能な三浦芳聖師の著書を復刻するのに多くの時間と労力を掛け、採算を全く考慮せず、串呂図、表紙画像、系図、中扉などのCG画像作成のために多くの費用を掛けて参りました。

これは、我が日本国と日本民族の将来を案ずればこそであります。皇祖神・天照大御神が、私達日本民族のために、苦心惨憺、長期間を掛けて構築して下さった神風串呂を学びましょう!


🟢後醍醐天皇の皇位を継承したのは誰かについて、歴史資料を示し、さらに串呂で証明した串呂哲学の概説書かつ神風串呂の入門書!


💟串呂文庫

🔴三浦芳聖著「神皇正統家極秘伝 明治天王(睦仁)の神風串呂」復刻版
🟢三浦芳聖著「五皇一体之八幡大明神 三浦芳聖 降誕号」復刻版
🟠三浦芳聖 著「神風串呂神伝」
🟢三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』(デジタル復刻版)
🔴神風串呂入門-神皇正統家極秘伝(鈴木超世志)


🔴バックナンバー(総合)

🟡情報拡散のお願い

この記事に到着された貴方様とのご縁に感謝しています。これは皇祖神・天照大御神から地上に派遣された神皇正統嫡皇孫・三浦芳聖が解明した神風串呂の紹介記事です。

三浦芳聖が解明した神風串呂には、日本民族の進むべき道が、明確に示されています。日本民族の危急存亡の時に当たり、一人でも多くの方に読んで頂けるよう、この情報を拡散下さいますよう、宜しくお願い致します。

串呂主宰神は、なぜ、長期間かけて神風串呂を構築し、このように神皇正統の天皇を顕彰されるのか!この一点を徹底的に講究しますと、神風串呂の要諦が理解でき、今我々は、何を第一とすべきかが分かります。ここに日本民族の存亡が掛かっているのです。真実に目覚めましょう!

2千年以上の長年月を掛け神風串呂を構築された、串呂主宰神・天照大御神様のご苦心と、生涯を掛けて神風串呂を解明された三浦芳聖師のご努力が、日本国と日本国民の皆様の幸せの為に生かされますよう願ってやみません。

神風串呂は、神界から日本民族への目に見えるメッセージ(啓示)です。

神風串呂と神風串呂に昭示されている「神皇正統家」は日本民族の宝です!さらに研究を進めましょう!

一人でも多くの方に、神風串呂の存在をシェアして頂きますよう宜しくお願いします。

神風串呂を主宰しておられる神様は、天照大御神様ですので、串呂の存在を一人でも多くの方々にお知らせすると、天照大御神様がとてもお喜びになられます。

出典は三浦芳聖著『徹底的に日本歴史の誤謬を糺す』を始め『串呂哲学第一輯』『神風串呂』『串呂哲学』『串呂哲学と地文学』『神風串呂の解明』等、通算181号(いずれも神風串呂講究所発行、1955年~1971年) を参考にして、研究成果を加味しました。

🟡前号(№56) 
🟢次号(№58)

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🟡最後までお読みいただき有り難うございます。
串呂哲学研究会 鈴木超世志
ブ ロ グ 串呂哲学研究会 
メ - ル(shinpukanro024@yahoo.co.jp)
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読者の皆様方のご支援に感謝しています!三浦芳聖先生の著書を復刻し、地文の住所を新住所に改め、プロのグラフィックデザイナーに依頼して串呂図のCG化を推進しています。今一層のご支援のほど、何卒よろしくお願いいたします。