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石坂啓と安穏族

何十年も前に書かれたものですから時代背景の違いや、当時の社会の風潮や、その他いろんなものが違いすぎて、初めて読む若い人は驚くかもしれません。しかし、改憲勢力が国会で3分の2を超えただのなんだのという時代だからこそ読んでほしいエピソードが「安穏族」シリーズの中にひとつあります。

それは、日本をファシズムの国にしていく政権を最初はよくわかっておらずそのポップでキャッチーなプロパガンダや、雰囲気の軽さや親しみやすさで熱狂的に支持していた人たちが、あるとき気付いたらもうがんじがらめになっていて今のロシア国営テレビみたいな報道管制がひかれた自由がない社会にいるというお話です。この物語は、結局あとで悔やんでも声をあげて反対しなかった「あの時の私が悪い」というモノローグで絶望的に終わります。このエピソードは今こそ読んでほしいなと思います。

ただ政治的なネタだけではなく他には恋愛や家族をテーマにした小品も多くてどれもお薦めです。失恋の辛い記憶を天使に預かってもらえるというお話も僕は好きです。あんなに苦しい想いをしたことが嘘のようにさっぱり忘れてしまえたけど、やがてあの思い出はたとえ胸が痛くなるようなものであったとしてもかけがえのないものだったなということに気付く、という話が地味に好きです。

石坂啓さんは手塚治虫さんのもとでアシスタントをされていて、その頃のエピソードは手塚さんがなくなった時に出たいろんな特集号で読みました。それらを読むとあまり背景とか得意じゃ無かったようですね(^^;)よく手塚さんに下手くそだと叱られたということですから。そんなお師匠さんの手塚治虫さんと共通するのは絵柄とかよりもその社会派のメッセージでした。実際、手塚さんの作品で僕が好きなのは子供向けの活劇よりも大人向けで政治、テロ、戦争、差別など様々なテーマで描かれたものです。なかでも「アドルフに告ぐ」や「ブッダ」などは有名ですけど他にもすげえなと思わされる作品はいっぱいです。たとえば「鳥人大系」はある意味「火の鳥」的なテーマの重さを持つクロニクルですがこういう大河ものは20世紀少年とかのように壮大に始まるものの最後はよくわからなくなる竜頭蛇尾が多いのに始まりから終わりまで一切の無駄や矛盾がなく完結している見事な作品です。また短編ですけど「イエローダスト」や「悪魔の開幕」もその批評精神がたまりません。石阪さんも師匠直伝なのかそのあたりの社会や権力に向ける視線は常に鋭く厳しいものがあります。「安穏族」のかわいい絵柄のボーイ・ミーツ・ガールの雰囲気に油断していると突然テーマが戦争、弾圧、差別、アジア問題など重いものが登場します。それらのほとんどを今でも覚えているくらいどれも強烈でした。過剰な愛国思想の人や右翼的思想の人たちからは常に目の敵にされてましたが。

一時はテレビでもよくお見かけましたがあるときからぱったり見なくなりました。毀誉褒貶いろいろあるとは思いますが、この殺伐とした令和の今だからこそ彼女の作品がまた読まれるといいなと思います。今だと古本でも高いかもしれませんが。そして読んだ上で自分で歴史を調べ、様々な事実を調べ、自分なりに考えて行動していってほしいと思います。ネットや影響力のある有名人の言葉に左右されずに。

いま日本は本当によくない方向に進んでいると思います。憲法を変える案の中には9条だけではなく、宗教と政治の関係を緩やかにする項目もあり、これは靖国参拝などで近隣諸国から叩かれるのに対しての対策か、創価学会を基盤に持つ公明党への配慮かわかりませんが、安部さんの事件があった後だけにさらに問題だなと思っています。

「あの時の私が悪い」。そんなことを言わないで済むよう心から祈ってます。

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