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「ご利用者様のご感想」から考察するカウンセリングスタイル_その3

絵本「うでのいいくつや」のお父さんを目指し、「ご利用者様のご感想」を軸に自身のカウンセリングスタイルを考察するシリーズ第3弾。


感想3「救われた」

これはおそらく、看護師時代から幾度となく頂いている言葉だと思うが、申し訳ないことに、結構スルーしていた。

同業の皆さんなら自覚あると思う。
当たり前過ぎて、深く心に届かないという悲劇。

病院の医師とか看護師さんとか。
本当に「救ってもらった」と感じてくださっている患者さんは多いと思いますよ。

「救われた」に救われたのは挫折した時だった


自分なりに看護師・保健師の枠を超え、
「カウンセラー」という曖昧な肩書きで呼んでもらえるようになり、
細々とフリーランスで10年くらいたった頃、
割と大きな挫折があった。

今から思えば、本当に能力不足の一言に尽きる。
だけど当時はショック過ぎて、自分の不足に真正面から向き合うなんて出来なかった。

そんな時、一冊の感謝の寄せ書きが届いた。

そのかたと私だけにしか共振しあえないフレーズが散りばめられていた。
文字を読むのも難儀な状態で、一生懸命読んだ。
読んだというより、感じ取りたかった。

私が彼らに何を与えられたんだろう。。
すがる思いで、探した。

そしたらいくつも「救われた」の文字があることに気づいた。
自分を見失いそうになっていた私に「そうだ、私はナースなんだ...」と思い出させてくれた。

ほんとうにありがとう。

彼らを通して、過去の私からもエールが届いたように感じた。

今まで何度か書いているように、父を輸血による医療事故で亡くした私にとって、病棟はキツい。
清拭とか介助系も含めてナースの仕事は好きだし、ナイチンゲールや恩師の姿勢は女性として生きる指標にもなっている。

だからこそ、病棟でキツい自分が劣等感でしかなかった。
ナースであることをどこかで常に否定していた。

「救われた」とはナースへの感謝の代名詞だと思う。
だから、ナースではないと思っている私がカウンセラーとして「救われた」と言われた時、
ナースの私がまだ生きていて伝わっていた、そう感じて心が震えた。

結論

私の体験談みたいになってしまった。
結論。私はナースであった。ある。

私なりのナーシング(看)をみつけてみたい。





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