020)20年間ワークアウトを続けている僕が続かないダイエットはなぜそうなるのかを考えてみる

肥満は「危険で怖ろしいもの」という考えは現代の西洋文化に深く根付き、減量は健康になるための最良の方法ではないと言ってもなかなか受け入れられない

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1975W0Z10C23A4000000/

日経電子版で配信されている「ナショナルジオグラフィック日本版」に、「やせれば健康になるとは限らない 運動と食事の改善を」という興味深い記事が掲載されていた。

体重が軽ければその人は健康だし見た目も美しく、体重が重いのは不健康で美しくない証拠だ、という考え方は確かに多くの人の価値観として定着している。体重をKPIにして「ダイエットしなきゃ…」と言っている人もものすごく多くて、そういう人たちは、体重が軽くなったらそれで全てオッケーと考えがち。
そんな、体重を唯一絶対のKPIとする「体重計信仰」に対する疑問を表明した記事であって、運動なんか全然しなくても健康になれるよとは言っていないので、そこは注意したい。

体重計の数字が「肥満」の域に達していたら、減量して健康を改善させなければならないと考える人は多いだろう。しかし、科学的にその考えは正しいとは言えない。

最近のいくつかの研究結果を見ると、体重を減らすことよりも、運動量を増やすなど行動を変化させることの方が健康に良いことが示唆されている。

「体重が高め(高体重)であれば必然的に健康を害し、体重を減らせば改善することを示す有力な証拠はありません」と、米オハイオ州にあるマイアミ大学で心理学の助教を務めるジェフリー・ハンガー氏は話す。ハンガー氏の研究チームは、2020年に学術誌「Social Issues and Policy Review」に発表した論文で、体重に焦点を当てた公衆衛生政策は方向性を変える必要があると結論付けている。「高体重すなわち不健康であるという誤った決めつけが、今の社会には広がってしまっています」

権威ある独立機関である米予防医学専門委員会(USPSTF)が出した減量に関する合意声明は、減量の健康効果についてほとんど触れていないと、米疾病対策センター(CDC)で長年栄養科学者として勤務し、現在は退職しているキャサリン・フリーガル氏は指摘する。この声明は、米国で肥満に分類されるBMI(体格指数)30以上の成人に対して、減量の手段として集中的な行動介入を推奨しているが、体重が減ることによって死亡率や、心血管疾患やがんの罹患(りかん)率が下がることを示す「証拠はない」としている。

また、米国立衛生研究所(NIH)が資金を提供した大規模な研究でも、心臓発作や脳卒中などの心血管疾患のリスク低下と減量の間に関連性は見いだされなかった。この研究は、2000年初頭から約10年かけて、高体重の2型糖尿病患者5000人以上を対象に米国の16の臨床試験センターで実施された。対象者は、低カロリーの食事と運動量の増加を伴う集中的な生活習慣への介入を受けたグループ(介入群)と、そうでないグループ(対照群)に無作為に分けられた。調査期間の前後で減少した体重は、対照群の3.5%と比較して介入群は6%とわずかに多かったものの、生活習慣への介入は心血管疾患の低下にはつながらなかった。この結果は、2013年7月11日付けで医学誌「The New England Journal of Medicine」に発表されている。

一方、最近発表された2本の論文では、生活習慣と健康の改善および長寿を結びける有力な証拠が示された。一つは英国における研究で、野菜と果物中心の健康的な食生活を実践すればするほど、死亡やがん、心血管疾患のリスクが低下することを示した。もう一つは米国における研究で、週に数日でも8000歩以上歩いた人の10年後の死亡率が、歩かなかった人に比べて低かったことを示した。いずれの論文も、2023年3月28日付けで医学誌「JAMA Network Open」に発表されている。

ところが、肥満は「危険で怖ろしいもの」という考えは現代の西洋文化に深く根付き、減量は健康になるための最良の方法ではないと言ってもなかなか受け入れられないと、フリーガル氏は言う。氏自身、20年近く前のCDC時代に、太り気味(ただし肥満ではない)の方が標準体重より少しだけ死亡リスクが低いことを示した論文を共著で発表したところ、激しい批判を受けたという。

BMIは絶対的な健康の指標ではない

何が「正常」な体重であるかも再検討する必要があると、一部の専門家は考えている。世界保健機関(WHO)やNIHは現在、BMI18.5以上25未満を標準、25以上30未満を太り気味(過体重)、30以上を肥満としている(編注:日本肥満学会(JASSO)は25以上を肥満と定義している)。しかし、このような線引きは、1980年代からやや恣意的に決められてきたと、フリーガル氏は言う。例えば、NIHは当時の20代の平均体重に基づいて基準を定めたが、その根底には若い成人の体型が理想的だという想定があったという。

米国人の平均体重は年々増加している。NIHによると、2000年には米国の成人の31%が肥満とされていたが、今ではそれがおよそ42%にまで増えている。一方、標準体重の成人は20%を切っている。肥満は、医療制度においては病気として扱われている。増えた原因はよくわかっていないが、遺伝、社会経済的要因、環境的要因のほか、行動も関係していると考えられる。

しかしハンガー氏は、体重だけを見て健康かどうかを判断することは、どのBMIに当てはまる人であっても得策ではないと指摘する。米国政府が毎年実施している栄養アンケートの回答者4万人以上のデータを調べると、太り気味のグループのうち半分近く、また肥満グループのうち29%が、血圧やコレステロールなど多くの指標で健康な状態を示していた。しかも、標準体重グループのうち30%は、これらの指標が良好ではなかった。ハンガー氏の研究チームによるこの結果は、2016年に医学誌「International Journal of Obesity」に発表されている。

2022年に医学誌「BMJ Open Sport & Exercise Medicine」に公開されたレビュー論文によると、「代謝的に健康な肥満」と呼ばれる健康上特に問題がない高体重者には、普段から運動し、心肺の状態が良好な人が多いという。

減量の維持、なぜ困難

確かに、重度の肥満の場合は、減量によるメリットもありうる。減量によって睡眠時無呼吸症候群が改善されることや、BMIが40を超える人は人工股関節置換術後に合併症を起こすリスクが高いことを示した研究もある。

しかし、2013年に学術誌「Social and Personality Psychology Compass」に発表された論文によると、ダイエットした人を長期にわたって追跡した結果を分析したところ、大きな減量に成功してその状態を維持したとしても、血圧、コレステロール、トリグリセリド(中性脂肪)などの健康指標に目立った改善は見られなかった。

論文の著者の一人であるトレイシー・マン氏は、短期的に減量に成功する人は多いが、ほとんどの人が1年以上その状態を維持することができないと話す。「よくあるパターンです」。心理学者のマン氏は、米ミネソタ大学の健康・食事研究室を率いている。

また、英国で15万人以上の肥満者を最長9年間追跡した結果、BMIが30以上35未満の人が標準体重まで減量できる1年あたりの確率を計算したところ、男性で210分の1、女性で124分の1であり、より高いBMIでは確率はさらに低かったという研究もある。こちらは、2015年に医学誌「American Journal of Public Health」に発表されている。

問題は、生物としての基本的な機能と、人間の複雑な生理機能にあると、マン氏は言う。「極度の空腹状態に陥ると、体は生存するために様々な適応行動に出ます」。まず、少ないカロリーでも機能できるように、代謝が変化する。その一方で、脳は食べ物を探すことを最優先させる。食欲を高めるグレリンなどの空腹ホルモンは、通常であれば食後に分泌量が減るが、ダイエット中は多い状態が続く。

これらの機能は、本当に飢餓状態にある場合には有利だが、次の同窓会までに痩せたいと思っている人には逆効果だと、マン氏は言う。「摂取カロリーを減らしているのに、体重がまた増え始めてしまいます。すると、周囲からは意志が足りないと思われるのです」

糖尿病とダイエットの関連性についても、ハンガー氏は実際のところ判断が難しいと指摘する。例えば、米国の糖尿病予防プログラムの研究では、糖尿病予備軍(境界型糖尿病)とされる人にカロリー制限と週150分の運動によって体重を7%減らすよう指導し、10年間追跡した結果、対照群と比較して糖尿病の発症時期を34%遅らせることができた。これを基に、米糖尿病学会は、糖尿病予備軍の人に7%の減量を含むこれらの生活改善を推奨している。

しかしマン氏などの専門家は、体重を少しばかり落としたことではなく(例えば70kgの女性なら5kg弱の減量になる)、運動の量を増やしたことが改善につながったのではないかと考えている。「この研究では、運動という要素にあまり焦点が置かれていませんでした」

マン氏の論文の共著者で米カリフォルニア大学ロサンゼルス校の心理学教授A・ジャネット・トミヤマ氏は、健康改善のためには、減量よりもむしろ行動に焦点を当てるべきだと提案する。

「体をよく動かし、良質な睡眠をとり、野菜や果物の摂取量を増やし、ストレスを上手に管理することです。これらを実践すれば、どんな体重の人でも健康になれます」。これらの行動がたとえ減量につながらなくても、とトミヤマ氏は言う。

マン氏も同意する。「運動して痩せるから健康になるのではありません。体重が減らなかったとしても、運動することで健康効果は表れるものです」

文=MERYL DAVIDS LANDAU/訳=ルーバー荒井ハンナ(ナショナル ジオグラフィック日本版サイトで2023年4月7日公開)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1975W0Z10C23A4000000/


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