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『日本沈没2020』〜現代日本の終末観〜

本稿は『日本沈没2020』を粗筋を押さえて紹介/叩くものではないし、終末観について学問的な厳密さを持って取り扱ったものではない。あくまで、ここ10年ほどの大衆文化に見られる終末観を取り上げるメモ。

『日本沈没2020』はNetflix肝入りのアニメで、地上波テレビでも大変な広告を打ち宣伝している。一方、そのビジネスとしての真剣さとは裏腹、ストーリーは緊張感にかける。例えば、日本がまさに沈没する話なので、主要人物も1人、2人と亡くなっていくのだが、その死因も災害と直接関係がなかったり、周りの人間も直後にあっけらかんと立ち直っている。主人公たちは徒歩を交えて西に移動し、おそらく中国地方まで至る(!)のだが、西にある特定のポイントまで行くとか、西にいる特定の人物のもとまで行くのではなく、なんとなく移動してる。つまり災害に対抗する強い意志があまりなく、家族旅行然とした明るさに包まれてる。もちろん、これは1973年の『日本沈没』とは大きな違いになっている。何故ならば70年代の『日本沈没』は、高度成長の末期に書かれており、その時点での終末観と、戦争体験のある日本人がまだ現役という背景もあり、リアリズムを持って終末を描いた。その点では、過去の戦争体験を未来への想像力に投影する作品として、1954年の『ゴジラ』とも通底する(cf.花田清輝)。では、2020年の『日本沈没』の「明るさ」は何なのか。ここ10年ほど災害を描いていたポップカルチャーの方向性が読み取ろうと思う。

2010年前後の作品というと、09年『東のエデン』、11年『魔法少女まどかマギカ』がある。2010前後というと東日本大震災が気になると思うが、これらは震災前から放送されており、震災から直接イメージソースを取るわけではなく企画されている。どちらもネタバレを避けると、大きな災害があって、その災害によってできたマイナスを、主人公がゼロに戻すことでドラマを作ってる。マイナスからゼロなので、あくまでもプラスの意志が物語を作っている。

プラスのドラマがないと言うと、京都アニメーションの日常系を思い浮かべる人も多い。専門外からまとめると、日常系のアニメは1.時間が流れがない、2.労働せず生活が維持される、といったいくつかの特徴がある。そんな京都アニメーションでも、2012年の『氷菓』では最終回に、高校生の進路決定(理系なのか文系なのか、大学に進むのか、働くのか)という問題を導入して、日常系の外側を一瞬描いている。更に時間が進み、2015年(漫画版は2012年)の『がっこうぐらし』で終末は描かれる。ゾンビあふれる世界で学校生活という日常を主人公たちは維持している。つまり、12年の『氷菓』と比べると、15年の『がっこうぐらし』では、既は日常はプラス方向に頑張って維持する対象になっているのだ。その後の日常系はというと、京都アニメーションではないが、2017年の『けものフレンズ』では、既に終末後の世界が標準で、それがほのぼの日常ものの舞台になっている。つまりプラスのドラマがない。

日常系以外にも目を移してみよう。2010年代に終末を描いた作品として、2016年『君の名は。』を思い浮かべる人も多いだろう。これも粗筋は省略するが、大きな災害を防ぐことと、男女の性愛の2つが話の軸となっていて、前者に目を向けるとマイナスからゼロへと、プラスの意志で物語が作られている。同じ年の『シンゴジラ』では、54年の元ネタや、作者側の世代もあってか、その傾向はより強まる。但し、2017年の『サバイバルファミリー』では、災害がむしろ日常に接近しており、マイナスとゼロの差が小さい。これまた家族旅行感が出てしまうのだ。もちろん、これらの作品は、東日本大震災の記憶や経験を受けて企画されている。さて、いよいよ2020の前に、2019年はどうだったのか?『天気の子』と『火口のふたり』を挙げたい。そしてこのどちらも、災害でのマイナスは話の周辺に追いやられて、むしろ男女の性愛のためにスポイルされる対象になっている。つまり、16年の『君の名は。』では、災害をゼロにするというプラスの物語があったが、20年に近づくと災害が標準になっており、相対的にマイナスが小さくなっているのだ。

ここから『日本沈没2020』を眺めていただきたい。家族旅行然とした日本の沈没話も、現代性を帯びてこないだろうか。もちろん、これはコロナウィルスに起因する、「明るい」抑圧生活とも関係する。

1~6月の自殺、1割減 コロナ影響か

https://r.nikkei.com/article/DGXMZO61524940V10C20A7910E00

「平家は明るい。明るさは滅びの姿であろうか、人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ。」
太宰治「右大臣実朝」

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