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記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
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女は臭っていたが男はかまわず抱きしめた

溶岩流が流れる北半球の辺境、長く暗い冬には自殺率が高まる厳しい国、
アイスランドの映画に接してみたいと思った。

アイスランド+デンマーク映画2015年
原題「Fusi(フーシ(男の名前)」
英題「virgin mountain(巨漢の童貞)」
邦題「好きにならずにいられない」
トライベッカ映画祭受賞作


男(フーシ)は空港で働いていた。

冷蔵庫のような上半身と、ぶ厚い手袋のような手をしていた。
23〜32Kgの旅行バッグと格闘している空港の荷物係にぴったりの体型だった。

休みも取らず働きづめだったが、苦にしている様子はなかった。仲間と目も
合わせず、話もせず、男の存在に反応したのは、タイムカードだけだった。

無口で、のろまな大男は、仕事仲間からいじめられていた。しかし、人と話すのが苦手な自分にも原因があると思っていた。告発すると、調書をとられ、いじめは
もっと陰湿になることを知っていた。上司の調べにも何もなかったと言い張った。


家に帰ると、自宅で美容師をしている母親と、住みついている母親の男友達。共通の話題はない。引きこもっていた子供の頃と同じように、プラモデルの戦争ゲームに没頭した。

人生ずっと受け身の大男は、何もなければ、このまま同じ日を過ごしていただろう。

「息子は、このままではダメだ。42才の誕生日になんかしてやりたい」と、母親は思った。ヤドカリ男をつついて、ダンススクールの回数券を息子のために奮発させた。

ある日、フロアに置かれた冷蔵庫のように、男はダンススクールにいた。

「勝手に動かない。音楽に合わせて動きなさい」牛並みの扱いを受けていた。
ひたすら、男は母親を安心させるためにいるだけだった。

カウボーイダンスの男(フーシ)

この罰ゲームのようなダンスで、40代の女(ジョヴン)に出会った。

花屋で働く女(ジョヴン)

花屋で働いているという女は、空港で働いている男に興味を持った。免税店に行きたいとか、旅行が好きだとか、将来は花屋をしたいとか喋った。

ある日、女は、ダンス教室に現れなくなった。男は花屋に行って聞いたが、「働いていたが、いつの間にか、いなくなった」と言う。

男は、女の家のそばで車を停めて待った。朝方、黄色いユニフォーム姿で
ゴミ回収車から降りて家に入った。彼女は、激しく抵抗したが、男は家に入った。
家は、ゴミ屋敷になっていた。

女は、鬱の症状だろうか睡眠障害で、クロゼットにこもってすぐに眠ってしまった。男は掃除から始め、彼女のために料理をつくり、クロゼットの前に置いて家を出た。

自分の引きこもりの時と比較しても、元通りになるには日数がかかると思った。

男は空港の搬送業務の上司に、「少し長い休みを取りたい」と独り言のように言った。「長いとはどれくらい」と聞かれたが、答えられなかった。「休みも取らずに働いたんだから、君には山ほど有給休暇がある。取るなと言う権利は私にはない」と、了承してくれた。

一方、女の働いていたゴミ回収会社に行き、女の代わりに働きたいと申し出た。「誰にでもできる仕事と思ってるのか?」と嫌味を言われたが、働き手の補充がきかないこともあり、男は臨時雇用された。これで、彼女が快復すれば、職場に戻れると男は思った。


女の食事を作るために、男が家に入ったとき、すすり泣く声が聞こえた。
男は、彼女をクロゼットからかつぎ出し、風呂へ入れてやり、長い時間の疲れをとってやった。

その日を待っていたかのように、女は躁状態になった。翌日行くと、笑顔で彼女は壁を塗り替えていた。

二人は、レストランで初めてのデートもした。男は、ベッドで人生初めての体験もした。

そして、女は「一緒に住みたい」と言った。

もう大丈夫だ、男は思った。

二人分の海外旅行の予約をした。行き先は「陽が当たって、暖かいところがいい」と男が告げ、エジプトになった。

数日後、男は私物を家に運び込もうとした直前に、女は「やっぱり、私には
無理」と泣いた。

恋はそこで終わった。

しかし、ここで花屋をしたいと言っていたお店を、男が買い取り、壁を塗り替え、ブーケの作業台を置き、いつでも開店できるように整えた。

うまくいかなかったかったけど、少しの間でも、一人の時間が二人の時間になった。空港の話に目を輝かせてくれた女へのお礼だった。

男はメッセージを書いて、花屋の鍵をメモと一緒に、玄関のドアの郵便受けに入れた。

空港の荷物係に戻る前に、男は違う世界をもう少し見てみたいと思った。
旅行当日、搭乗ゲートに最後の一人になるまで男は待った。女は現れなかった。

女のためにできることはすべてやった。飛行機の窓から滑走路を見ている
男の表情は、やわらかだった。満足のいく仕事をしたビジネスマンのように。

(映画はEU映画特有のミニマリズム。なので、映画にないが想像します)
女は、花屋の仕事を終え、ゆっくりバスタブにつかって、カモミールティーを
飲みながら思う。
同居の男を持つことは、プレッシャーにもなる。彼女にとって、プレッシャーは
最も避けたい圧だ。「2人」は、必ずしも幸せの数字ではないと彼女は思った。



ご高覧感謝。長文にお付き合いいただきありがとうございました。

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<トリビア追記>
・なぜ、女は心療内科にかからないのか。精神科医を信じないトラウマを持っていると類推するのみです。
・女の食事の面倒を見るために、ゴミ回収会社から帰ると、女の家に帰り、夕食を準備し、そのまま女の家に泊まることが多かったようだ。久しぶりに男が実家に帰って、母親のために手際よく料理する。彼女は「一緒にいる女は料理ができないのね」と言った。
・邦題の「好きにならずにいられない」は、男が主語だとすると、そんな生やさしい恋を男がしたわけではない、と、監督がクレームをつけるだろう。

アイラブユーを言わない恋愛映画
そして、男がたくましくなっていく。
とても味わい深い映画だったという感想です。






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