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【本紹介】『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡志」』 もはやホラー? 増殖する古文書の謎

こんにちは。
今回は 1980〜90年代に日本を騒がせたやばい事件について書かれた本を紹介します。

1.どんな本

『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡志」』
著:斉藤光政

2.昔話

さて、突然だが昔話にお付き合いいただきたい。
むかしむかし…
古代の北東北には古事記や日本書紀にも記載のない幻の王国が存在した。
荒覇吐(あらはばき)と称するこの国は、一時期は倭国を滅ぼすほどの勢いがあったが、その後分裂して衰退した。
やがて鎌倉時代に津軽地方を襲った大津波により古代からの文物や遺跡が失われ、歴史上からも人々の記憶からも姿を消した。

だが、国は失っても荒覇吐の民は滅んでいなかった。
江戸時代、ついに荒覇吐の末裔たちは立ち上がった。
祖先の歴史を後世に伝えるために!
鎖国の最中に、彼らは資料収集のため国内のみならず、朝鮮、中国、ロシア、ヨーロッパにまで足を伸ばしたという。
やがて、彼らの努力は実り「東日流外三郡志(つがるそとさんぐんし)」が完成した。
荒覇吐の一族に関する歴史と伝承をまとめあげた超大作である。
完成した文書を彼らは門外不出、口外不要として密かに守り続けた。

時は流れて昭和。
終戦後まもなく、津軽地方のある民家で大量の古文書が発見される。
「東日流外三郡志」が初めて世に出た瞬間である。

どう?
ワクワクしない?
滅亡した古代王国! 
門外不出の古文書!
古代史を塗り替える新発見!

全部ウソなんだけどね。

3.お粗末クオリティと増殖する文書

実はこの「東日流外三郡志」(とその関連文書)は、後世の捏造文書。
いわゆる偽書。
それも極めて杜撰に作られた偽書でして、杜撰っぷりの具体例をあげると、

・複数人が書いているはずなのに筆跡が発見者と全て同じ
・発見者と同じ誤字があちこちにある
・筆ペンで描かれている
・昭和以降にできた単語や事例が出てくる
などなど…
こんなクオリティなので、歴史学者は当然華麗にスルー。

うーん、筆ペンて…
もうちょっとなんとかならなかったのであろうか?

そして極め付けは、この古文書、なんと増えるのである。
ある郷土史家によると、互いに関連のありそうな文書Aと文書Bがあって
「この間の資料があればはっきりするのに!」
みたいな状況で、該当する文書Cが新たに出てくることがあったという。

あ…(察し)

そもそも、発見された民家には大量の文書を保管するスペースがなかったり、当時の同居人が「そんな文書が出てきたことはない」と証言していたりで、地元の人たちにも全く相手にされていなかった。
文書の発見者が変人で知られていたこともあり、「またなんか変なこと言ってる…」程度で生暖かくスルーしていたのだが、後にそれが仇となってしまう。

4.まさかの村史として出版

地元からちょっと離れた自治体で、コネやら、忖度やら、村おこしやら、事なかれ主義やらが絡まって作用した結果、なんと村史として出版されてしまったのだ。

よくねぇよ!税金でなにしてるんだよ!!

村史として公的なお墨付きを得た結果、村おこしに利用されたり、海外に紹介されてしまったりと、「東日流外三郡志」は一人歩きを始め、その真贋をめぐって北東北の自治体や、国会議員、学者、歴史ファンを巻き込んだ騒動に発展してしまう。

5.原本と副本と副本の写本

先述のとおりのお粗末クオリティなのに、なぜ真贋論争なんてものが発生してしまったのか?
「文書を鑑定してしまえば、即解決するではないか?」と思われるかもしれない。
もっともなのだが、そうなってしまっただけの理由が存在するのである。

文書の出来はお粗末だったが、設定は妙に凝っていた。
設定によると、「東日流外三郡志」を完成させた功労者は2名いる。 
秋田孝季と和田長三郎吉次である。
彼らの詳細は本書を読んでほしいが、応急処置として下の相関図を参照していただきたい。

うーん、実在の人物を絡ませてあるのが巧妙である。
いや、却って胡散臭い?

彼らは「東日流外三郡志」を2部作り、1部を原本として秋田家で、もう1部を副本として和田家で保管することにした。
秋田家の原本は火災で失われてしまったが、和田家の副本は無事残り戦後に発見されて「寛政原本」と呼ばれることになる。

そして、和田の子孫たちは、明治時代以降に唐突に文書を書き写し始める。
つまり、「完成原本」という名の「副本」の「写し」を作成したわけである。

ややこしいよ…
「戸籍の写しの原本」と同じくらいややこしいよ!

さらに、そのまた子孫である発見者は寛政原本を頑なに見せず、出版などの際に提供するのは写本だけであった。
つまり、鑑定しようにもできなかったのである。
それなら相手にしなければ良いのだろうが、そこはコネと忖度で…

いや、いい加減にしろよ!

そしてあくまで「写し」という体裁ができたことで、先にあげたお粗末クオリティへの反論ができるようになってしまった。
曰く「先祖が書いたものを見て育ったから、みんな字が似てるんです!」

えぇ… 信じたのそれ?
本当にいい加減にして…

6.終わりに

『戦後最大の偽書事件「東日流外三郡志」』は、地元紙で取材を担当していた記者が、その騒動の顛末についてまとめた本である。
綿密な取材で偽書が生まれてしまう背景や、広まってしまう社会構造なんかにも踏み込んでいて、大変読み応えがある。
また、関係者に取材して文書の疑問点を解き明かしていく様は、ちょっとミステリー小説ぽくもあり心が躍る。

つまり、本書は硬派なノンフィクションと謎解きの要素があり、一冊で二度美味しく仕上がっているのである。
そして、なんと表紙イラストが初代ガンダムで有名な安彦良和さん!

それにしても、コネや内輪ノリのせいで、ブレーキが働かないどころかアクセル全開で大事にしてしまい、挙句誰も責任取らないとか、「昭和から成長してないな、この国は…」と残念な気持ちになる。
結局人間は欲に弱いし、信じたいものだけを信じてしまう生き物なのかもしれない。

7.おまけ:関連のおすすめ漫画

ちなみに、『石神伝説』という漫画に、本書の著者をモデルにしている(らしい)新聞記者が登場する。
絵柄や台詞の端々に時代を感じるものの、スケールの大きい話で面白かった。
大和朝廷に敗れた古代の神々を蘇らせてリベンジを目指す…みたいな話である。
きっとあなたの眠れる厨二心を呼び覚ましてくれることだろう。
興味があれば、こちらもぜひ。
全三巻。ただし、残念ながら未完である。

『石神伝説』
作:とり・みき


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