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格闘技と芸術が兄弟だった件について(#42)

昨日元K1チャンピオンの魔裟斗さんと前RIZINバンタム級チャンピオンの朝倉海選手がコラボレーションした動画がYouTube上に双方のチャンネルよりアップされていました。
その魔裟斗さん側のチャンネルで縄跳びをしている部分がありました。

このシーンで魔裟斗さんはこのような趣旨の発言をしていました。

ロープ(=縄跳び)はリングのステップワークに繋がる

確かに古くから行われている練習法で、実際ボクシングなどでも今尚、主流の基礎練習です。
しかし、トレーニング方法の発達などで近年では縄跳び自体を敬遠している競技者も多いようです。

実際、ほとんどのスポーツが足を動かしますし、足腰の強さはどの種目においてもメリットです。
ボクシングやキックボクシングおいても同様ですが、特に強さとは別にリズミカルに動けるかが重要になります。
このリズミカルについては元プロレスラーの前田日明さんの動画でも同じことが言われていました。

要は“リズム”で、
攻撃を上手い選手は“上手くリズムを変えている”のだ、と。

その好例としてマニー・パッキャオや現ボクシングバンタム級世界チャンピオンの井上尚弥選手といった超一流のボクサーの名前を挙げていました。

前田日明さんがこのリズムについてのヒントを得たのは宮本武蔵からだそうです。
宮本武蔵の『五輪書』地之巻「10 拍子ということ」にこのリズムについて触れられています。

尚、宮本武蔵は二刀流の武士としてだけでなく、武具・馬具といった工芸品から水墨画まで精通した芸術家でもありました。

宮本武蔵「布袋観闘鶏図」

そしてリズムというキーワードからある芸術に結び付いたのでした。

それは音楽です。

かつてシェーンベルクという有名な作曲家がいました。

御存知の方も多いかもしれませんが、彼は調性のない無調音楽のひとつである十二音技法を体系化した人物です。
ちなみに無調音楽とは20世紀の現代音楽の象徴的な概念のひとつで、それは電子音楽や効果音などの源流にもなっているといわれております。

そしてこの無調音楽、「意味不明、難解」というのが一般的な感想です。
・・・現代アート(絵画)と同じようなことが言われていますね。

しかし、なぜそのような感想を抱かれるのでしょう?

そこによく“不協和音”が使われているからです。

不協和音とは既存のリズム=協和音を敢えて崩すことで生まれます。

協和音になれていると単純に「気持ち悪さ」を覚えます。
それは慣れたリズムから逸脱しているからです。
戸惑ってしまうのでしょう。

格闘技の話にもどりますが、格闘技とはそもそもが決闘で、その場面において生死を問われるのが本流です。
だから相手が何を嫌がり、または好むかを知ることで生き残った術・知恵の結晶とも言い換えられます。

なるほど、なぜ武士に書家が多かったのかも、シェーンベルクのリズムと繋がったとき、合点がいきました。

格闘技も芸術も根底では同じ“人の生死”付近で交わっていて、だから結び付いたのです。

つまり、リズムとは究極的には心拍なのだ、と。

そのような観点から格闘技と芸術は兄弟であり、兄をあるいは弟を、訊ねてみるのも面白い――、そんな趣旨の小話をさせて頂きました。

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