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国際デザイン賞審査員長日記・5日目

この記事が公開される段階では発表されているというか、授賞式で結果が発表されてからこの記事を公開しようと思っているので、つまり既に発表されているわけだが、私が審査員長を務めたデジタル・デザイン部門で最高賞のYellow Pencilを受賞したうちの1つはAppleのVisionOSだ。

Apple Vision Proじゃなくて、OS(オペレーションシステム)が受賞した。しかも、各部門で最高賞を取ったやつの中から審査員長みんなで選ぶ、その年のベストオブベストというか、デザインの歴史に刻まれる感じの作品に与えられるBlack Pencilも、VisionOSが受賞した。これは、年に数個しか授与されない、全く授与されることがない年もあるようなとても価値のあるものだ。そのBlack Pencilが、私が審査員長を務めた部門から出た、ということになる。

まず、そもそもの話、こういう賞にAppleとかGoogleとかそういうビッグテックの製品やソフトウェアが出品されているのが意外に思われたりしがちなのだが、D&AD賞はそもそも総合的なデザインの賞なので、特に私が今回含めて三回審査させて頂いているデジタル・デザイン部門には、そういった大手のプロダクトはわんさか出品される。そしてこれが、前々回、部門の審査開始時に私が審査員の皆様にお伝えした「部門のクセ」だった。

この部門の出品作品を見て、いつも頭を抱えてしまうのは、Appleとかの製品と、単発のデジタルプロモーション施策とかが並んで出品されてしまう、という点だ。平たく言うと、iPhoneとiPhone上で動く広告系のアプリをどう較べれば良いんですか、較べらんないすよ、ということになる。

私は、何回かこのデジタル・デザイン部門を担当させて頂いて、毎回このややこしいクセに相対した上で、結局、直接較べるのは難しいから、一つ一つが、単なる単発の作品としてだけではなくて、その後の社会やものづくりにどのくらい大きな影響を与えうるか、みたいなところを評価するしかないのだろうな、という考えに至っていて、今回もその旨を審査員の皆様にお伝えした。予備審査の段階で、どのみちこのへんは議論になるのは目に見えていたので、「そのへんで混乱すると思うけどすみません」みたいな意味も込めた。

このへんの、単体作品と文化の種を撒くことについては、この数年、自分がやっていることへの疑問や違和感のせめぎあいの中で、ずいぶん自分でも考えてきたことで、別途文章にして残しておきたいことではあるので、そのうち残すのだが、そこの延長線上で、審査員の皆様に評価軸の参考として提示させて頂いたところもあった。

具体的な審査過程とか、どれの何を評価したんですよ、みたいのは、ちょこちょこ取材受けたりしてしゃべったのでここで細かくは書かないし、公式から何か出るような気がするのでそこに譲るとして、とにかく、デジタル・デザイン部門からは例年より多い3つのYellow Pencil作品が出て、そのうちの1つであるAppleのVisionOSが、全体のベスト・オブ・ベストであるBlack Pencilを獲得した。

VisionOSについてのポイントは、前述の通りこれがオペレーティングシステムというソフトウェアの受賞ということで、Apple Vision Proという重たくて高価なヘッドセットではなくって空間コンピューティングの新しいアイデアがたくさん提示されている空間特化型のOSという発明を評価したし、そこを評価してもらえるように皆さんにお願いをした。

このへんの話は、自分が所属するBASSDRUMでつくってきた、難しい技術概念をなるべくわかりやすく説明するためのリファレンス冊子であるTHE TECHNOLOGY REPORTの制作をやってこなかったら絶対に仕切れなかった話で、これをつくる過程で培った新しめのテクノロジーへの視点や考え方があってこそ、こういう小難しいトピックについて審査の過程の中で筋道立てて説明できたところがあった。

あと、BASSDRUMでApple Vision Proを発売すぐに入手していじり倒していたのも当然でかかった。他の審査員の方々もみんな触っていたので、入手してなかったら、審査員長だけ素人、みたいなことになるところだった。

といったところが、審査部分の結論と、部門での審査プロセスの一部の説明なのだが、話を審査最終日に戻す。

前述の通り、全部門の審査員長が一堂に集まり、各部門で選んだよりすぐりの受賞作品からベスト・オブ・ベストを選ぶ、Black Pencil審査が最後の審査となる。

D&AD全体で43の部門があるから、43人が、朝の9時から会議室にぎゅうぎゅう詰めになって、事務局からのブリーフィングを受ける。今年、日本からの審査員長は、不肖私一人。不肖としか言いようがないが、日本を代表してこの43人の中にいる、ということになる。えらいことだ。

とはいえ、実は、このBlack Pencil審査に先駆けて、私は結構嫌な予感をつのらせていた。

そもそも、D&ADにはいろんな部門があるわけだが、自分が担当しているデジタル・デザイン部門とは全然毛色が違う、広告系のおもしろアイデア施策を評価するような部門も存在していて、そういった部門の一部については、「えーあいつどうなの?」というか、昔から賞取り目的の本当に実施しているか微妙な施策で名を馳せたような人が審査員長をやっているような部門も見受けられた。

そのへんの人たちもちょこちょこ知り合いだったので、「あー久しぶり」なんて挨拶したものの、お互い一線を引いているところがあるので、ちょっと距離を置いてみたり、みたいのは早速発生していた。

さらに、前日の夜、D&ADが主催のパーティーが開催されたのだが、そこで何人か絡んだ人たちが、なんていうか古来から存在しているイケイケの調子が良い広告系クリエイティブの人たち、というか、「話が合わなそう」な人たちであることを確認してしまって、あのへんと一緒に審査するのやだなーと、やや鬱々とし始めていたのだ。この人たちに部門でやっていた議論のこと話してもたぶんよくわかんないだろうなーとか思って、どうすっかなーと思っていた。

何しろ、審査員長、自分の部門で選出した受賞作品をBlack Pencilに選んでもらうために、応援演説をしないといけないのだ。

そんなわけで、もわーんとした緊張感のまま、Black Pencilの最終審査会のブリーフを聴き、いよいよ審査、というところで、事務局側から驚きの告知がなされた。

「今から全体を3系統に分けてBlack Pencilを選びます」

という告知だった。具体的には、クラフト系(作品の完成度とかを評価する、ものづくり系)・デザイン系(デザインとしての作品を評価する)・広告系(商業活動としての出来を評価する)の3系統で3室に分かれて審査をする、ということだった。私のデジタル・デザイン部門はデザインの部屋に割り当てられた。

審査員長全員でやるんじゃないんだ? という驚きと同時に、「話が合わなさそうな人たちに説明しなくて良い」という安心感が訪れた。デザインな方々にならまあまあ理解してもらえるのではなかろうか。

しかし、これにはたぶん良い部分と悪い部分があった。我々「デザイン部屋」で選ばれたエントリーの中でも、「いやこれ、広告の人が上手にビデオつくってるだけなんじゃないの?」みたいな感じで、いつもだったら私が率先して突っ込んで顰蹙を買いそうなツッコミが、他の審査員からどんどん出てくる。そして事務局と一緒に様々な裏取りが進んでいく。

これだけ厳密に見たうえで評価するんだったら、それはまあ、獲得するのが世界一大変なレベルであると言えるBlack Pencilたる所以にもなってくるのは理解できた。

ところが、部屋が分かれているから、文化が違う人たちが相互にお互いの領域の作品に疑問を呈したり、客観的に評価することができなくなってしまう傾向も、それはそれで生まれてしまうのだ。デザイン部屋における広告disも、デザイン部屋の中では自浄作用たりえるが、広告部屋には届かないし、広告部屋の方々はそれはそれで言い分があるはずだがその声は他の部屋には届かない。

分けないと揉めてしまう部分があるからこうなっているところもあるのだろうと思う。しかし、これで本当に良いのだろうか、という感想は残った。

ともあれ、デザイン部屋での審査が始まる。各部門の審査員長が、各部門の受賞作品の応援演説を始める。私も、行きがかり上、もはやAppleの手先状態というか、頑張って、VisionOSの歴史的意義とか、この後に与える影響だったりとかをバーっと説明しまくった。行きがかりも行きがかりだが、天下のAppleの新しいOSが世界随一のデザイン賞で最高の評価を得られるかどうかが自分の演説に(一部)かかっている、みたいなよくわからない状況が発生してしまった。

結果、それは、そもそものVisionOSの力も当然あった上でうまく行って、VisionOSはBlack Pencilを獲得した。自分のプレゼン力不足のせいで獲得できなかったら申し訳ないレベルの素晴らしいエントリーではあるので、どうにかちゃんと仕事をやりきった感はある。しかし、それとは別に、Black Pencilの審査は、自分にとってそれはそれは幸福な時間だった。

ボイラー免許とBlack Pencil

何しろ、そこでは、世界のデザインをリードしてきたような人たちが、同じトピックに関して意見を真剣に交わしているのだ。その議論の中に身を置くことができるのは僥倖としか言いようがなかった。さすが、というのもおこがましい話だが、言ってることがいちいち勉強になる。

上述のように、私の部門で選ばれたものが議論の中心になる、という状態になったので、かなりいろんな説明をしないといけなかったんだが、本当は審査員長の皆様の会話を近くで聞いていたいくらいで、元々デザイナーワナビーだった人間としては、俺得としか言いようのない状況がそこにあった。

そんなわけで、細かい審査内容などはそのうちメディアとかでも出るような気がするのであんまりここでは書かないが、数日間にわたる審査員長のお役目が終了した。始まる前はまあまあドキドキだったが、終わってみれば、非常に素敵な加圧トレーニングだったと思う。

それなりにこの領域で長く働いているし、こういう賞の裏表も知らないわけではない。得る物があるんだろうか、と思っていた部分もあったが、得る物に満ち満ちていた。可愛い自分には旅というか冒険をさせるものだ、と思った。

一週間にわたるロンドンでの審査員長生活を経て今日から来週にかけて、ヨーロッパにいるついでにこのままヨーロッパのお客さんと打ち合わせしたり営業したりして帰る。忙しくしているうちに大相撲五月場所も終盤戦。毎朝早起きしてVPN挿して帯域制限みたいのと戦いながら変な時間に相撲観る日々ももうすぐ終わる。