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あなたが生まれたときのこと

あなたが生まれたのは、遅くまで居残っていた夏もようやく落ち着いて秋らしくなり、薄手の上着がちょうどよくなってきて紅葉がちらほらと色づき始めた、そんな頃でした。

あなたはもともともう少しだけ遅く生まれる予定だったけれど、あなたと私を繋いでいるへその緒の根っこがちょっと変わったつき方をしていて、もしかしたらお腹から出てくるときにあなたがしんどくなってしまうかもしれないということで、あなたが自分で出てこようとするのを待たずに早めに出てきてもらうことになりました。

自分でお誕生日を選べないのは残念だなあと思いながら、入院が決まってからあなたにこの日に病院で一緒に頑張るんだよとお風呂で毎日語りかけていたのを覚えています。

入院の日の朝。穏やかな秋晴れでした。
目が覚めるとなんだかお腹の具合がいつもと違って少し痛い気がしたけれど、最初はあなたが出てこようとしているのだとは気づきませんでした。
朝ご飯は食べられたし、生まれる日が近づくと時々生まれる準備のためにお腹がきゅっとなるとも聞いたことがあったから、きっとそれだろうと思っていました。

出産は立ち会い不可だったけれど、入院の手続きには家族の付き添いが必要だったのであなたのパパと一緒に手続きをし、頑張ってねと声をかけてもらってバイバイしました。
立ち会いはできなくても状況は共有したいということで、陣痛が来たらボタンを押す、おさまったらまたボタンを押す、という陣痛記録をお知らせできるアプリを使ってみることにしました。

助産師さんがお昼ご飯を持ってきてくれて、機械であなたの様子を確認しながらご飯を食べ、「少し痛いみたいだけど、この調子だと明日か明後日になるかな?」とお医者さんや助産師さんと話していました。

お昼ご飯はわたしの好きな食べ物ばかりが入っていて、元気に美味しくいただきました。
その後、シャワーの時間は決まってるから早めに済ませてね、と言われて準備をしようとしたのですが、お腹の痛みが強くなってきて痛む間隔も縮まってきたのでなかなか進みません。
心配した助産師さんが来てくれて、「明日までかかると思うから、明日のほうがシャワー浴びられないと思うよ!」と声をかけられ必死に痛みを耐えてシャワーを浴びに行きました。

シャワー中も何度も痛みが襲ってきて、服もなかなか脱げないしシャワーも進まない、体を洗っている時間よりしゃがみこんでいる時間のほうが長かったと思います。
でもわたしは限界まで頑張ろうと決めていました。つわりで仕事に行くことができなかった頃、おうちのベッドに横たわりながら出産経験がある方の漫画をたくさん読んで、辛くてナースコールをしても「(分娩台にあがるのは)まだまだだよ〜」と言われる、という場面が何度もあったからです。
何度も「まだまだ」と言われるのは心が折れそうなので、自分に「まだまだ」と言い聞かせるほうが向いていると思ったのです。

シャワーを浴びたあと、あまりの辛さに髪の毛を乾かすこともスキンケアもできずに横たわっていたけれど、お水を買うのを忘れていたことに気づいて遠くの自動販売機まで買いに行きました。
通路で何度も何度もしゃがみこんで、途中でそれを見つけた助産師さんが付き添ってくれました。
頑張って動くとお産も進むよ!痛みが完全になくなると次の波が来るから、収まりかけで動いて!なんてスパルタでしたが。笑

なんとかお水を手に入れてベッドにたどり着くと、夜ご飯が届いていました。
頑張るためにはご飯を食べないといけない、と思いながらも痛みの強さと間隔の狭さでなかなか食べるチャンスがやってきません。
アプリの「きた!」ボタンは押すことができても、痛みで意識を失いそうになって「おさまった!」が押すことができないまま次の痛みが来ていました。

意を決して起き上がって、お味噌汁だけ飲み込んだところ何かが弾けた気がして、これは!!!と直感が働いてやっと初めてのナースコールをしました。
助産師さんに状況を話すと、「ちょっと診てもらいましょう」と言われ診察へ。
そこまでの道も普段ならすぐなのに、数十km先のように感じました。立つことなんてできなくて、四つんばいで向かいました。
(やっぱりここでも「体を動かしたほうがお産が進むから!」とお声がけをいただきました。笑)

やっとのことで診ていただくと、「(分娩台に)行きましょう」とのこと。そこまでもやはり自分の力で向かわないといけないので、意識が朦朧とする中、文字通り這って向かいました。
「ここまでよく一人で耐えたね!?あと少しだから頑張ろうね!!」と言っていただけたのは励みになりました。

台に乗ってからのことは、断片的にしか覚えていません。
ずっと思っていたのは、辛いけどあなたも一緒に頑張っている、ひとりじゃないということ。

生まれる前に“パースプラン”というものを書いていて、そこには好きな音楽を聞きながら頑張りたい、ということも書いていました。
でもそんな余裕はなくて、助産師さんがその代わりにといっては何だけど…と音楽を流してくれました。偶然か必然か、わたしの実家でよく流れていた音楽でした。
なんとなく懐かしくて、あなたにこれよく聴いてたんだよ、なんて思いながら頑張っていました。

あと覚えているのは、よくドラマに出てくる手術室にありそうな大きくてとても明るいライト。ずっとそれを見ながらいきんでいました。

助産師さんに「そうそう!上手!」「はい、息大きくはいてね!見えてきてるよ!」などと声をかけていただきながら過ごした時間。
もう少しで会えるんだ、一緒に頑張ってるんだ、とそればかり。

「頭触ってみる?次で出るから、これが最後のチャンスだよ」と言われてせっかくだから、と触らせていただきました。
あ、いる…!!!!
それまでいろいろな形で成長は見てきていたけれど、触れたのは初めて。嬉しいような照れくさいような、なんだかくすぐったい気持ちでした。

最後のひと頑張りをして、あなたが出てきました。
あなたが泣いて、なんとかその瞬間に間に合ったお医者さんと一緒に頑張ってくださった助産師さんに「おめでとうございます」と言われ、すぐに綺麗にしてもらったり手足の指を数えてもらったりするあなたを見ながら、「生きてる…泣いてる…本当に入ってたんだ…」などと思っていました。

ひと通り終わってわたしの隣に連れてきていただいたとき、あまりに小さくて壊れそうで、少しの怖さとその何百倍もの感動を抱えながら触れた瞬間は忘れられません。

ありきたりな言葉だけど、生まれてきてくれてありがとう。
安心な空間だったお腹の中から出てこの世界で生きていくのは大変なこともたくさんあるけれど、この世界はお腹の中よりずっとずっと広くて楽しいことが溢れているんだよ。
これから一緒に楽しいことたくさんしていこうね。
大きくなるまではわたしがあなたを守るからね。

これまで何度も生きる意味を見失って、この世界で生きていくことを諦めそうになったわたしだけど
あなたがひとり立ちするまでは生きて見届けたいなと思いました。
ようやく生きる意味が見つかった気がします。
こんな気持ちにさせてくれて、ありがとう。

入院する日に陣痛が来て、あっという間に生まれてきてくれた。
病院の方にも、家族にもびっくりされる速さで。
どうしてもこの日に生まれてきたかったんだね、といろいろな方に言われました。

もしかして、あなたは何かを感じて生まれてきたのかな?
そう思わずにはいられないできごと。
あなたが分かるような歳になったら、必ず伝えようと思っていることです。

あなたが生まれた翌日。
あなたのお父さんが早速面会に来て抱っこしてくれて、あなたはずっと寝ていたけれどお父さんは喜んでいました。
動画や写真を撮られているのに熟睡していて、起きている顔を見たがっていたけれど時間が来てしまって、名残惜しそうに帰っていきました。
お父さんが撮った動画は、家族みんなに送ってくれて、みんなそれを見て可愛いね、と喜んでくれました。

その日の夕方、あなたのおばあちゃん、わたしのお母さんから伝えられたのは、あなたのひいおばあちゃんの危篤の報でした。
よく聞いてみると、少し前から具合が良くなくて入院していたそうです。
ただ、あなたが生まれる直前ということもあって、気にしないようにわたしには伝えられていなかったとのこと。
もしかしたらあなたが生まれたことを伝えられないのかもしれない。悲しい気持ちでいっぱいになりました。
どうか、会いに行けるようになるまでもってほしいと思ったけれど、難しいようでした。

真夜中、日付が変わって少したった頃、まだ寝たり起きたりを頻繁に繰り返すあなたのお世話をしていたとき、おばあちゃんから連絡があって、ひいおばあちゃんは天国に旅立ったと教えてもらいました。
お話を聞くと、亡くなる少し前にあなたのおじいちゃんがひいおばあちゃんに「ひ孫だよ!ひいおばあちゃんになったんだよ」とあなたの写真や動画を見せてくれたそうです。
すると、意識がほとんどない状態だったひいおばあちゃんは、ハッキリと意識を取り戻しあなたの姿を食い入るように見つめていたそうです。

あと1日でも遅かったら、そんなことは起こり得ませんでした。
わたしは知らなかったけれど、もしかしたらあなたはどこかで気づいていて、ひいおばあちゃんに会いに来たいと思ったのかな。
ひいおばあちゃんも、ひ孫に会いたいと遠い意識の中で願っていたのかな。
そう思わずにはいられないのです。

丸一日と少し、ほんの一瞬だったけれど、この世界に一緒にいられたこと、画面越しだけれど姿を見てもらえたこと、奇跡だなと感じてしまいます。

あなたが生まれた日の空も、ひいおばあちゃんが旅立った日の空も、どこまでも青く澄んで、穏やかな気持にさせてくれる、そんな空でした。
あの空を思い出すだけで、ふと微笑んでしまうわたしがいます。

赤ちゃんは大人に見えないものが見えると時々聞くけれど、あなたにはひいおばあちゃんの姿が見えていますか?
時々、天井を見上げて何か目で追っていることがありますね。
もしかしたら、ひいおばあちゃんが見に来てくれているんじゃないかなと感じています。

ひいおばあちゃんは、長く一人暮らしをしていたけれど、お友達がたくさんいて、器用で編み物が好きで、フットワークが軽くて笑顔が多い、おしゃべり好きな人でした。
そんなひいおばあちゃんに見守ってもらえてるから、きっとあなたも周りの人に愛される人になるね。

あなたとひいおばあちゃんが起こしてくれた奇跡を胸にしまって、あなたとの時間を大切に過ごしていきたいです。
改めて、あの日にわたしたちのもとへ生まれてきてくれてありがとう。
かけがえのない一日を積み重ねて、一緒に成長していこうね。




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