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すずの暴露 前編 「貢ぐ男」






 すずは25歳、客の前ではおっとりとした話し方をするように心がけてはいるが、元々は小柄な背丈ながらもハキハキと物事を言う性格のセラピストである。



 昼は会計事務所で働いている。


 出張店であればシフトの融通が効きやすく、当日休んでも嫌味を言われないので、副業に出張タイプのメンズエステを選んだのだ。





 働き始めて1年が経とうとした頃に、その客はやってきた。











「じゃあすずさん。ご新規様300分、大変ですけどよろしくお願いします!」



 その夜も指定のホテルの下に着き、ドライバーが元気な声ですずを送り出した。


 出張で呼ぶ客はロング(120分以上の予約を入れること)が多い。


 ゆっくりしたいからと言うのが大半の意見だが正直ロングほどキツいものはないと、すずは思っている。



(しかも新規…。300分ってことは5時間でしょ?辛いなー)



 始めて顔を合わせる男と密室で5時間も一緒にいなきゃいけないなんて、正直何かの罰ゲームかと思う。


 しかし、今月はあまり指名が帰ってきていないし、稼げてもいないので、ありがたいと思わなければならない。




 気乗りしないまま、すずは指定された部屋まで施術道具の入ったキャリーケースを引きずって歩いていった。








 部屋の前に着き、すずはもう一度部屋番号を確認してから備え付けのチャイムを押す。


 すると人の気配がドアに近づいて来るのを感じた。




 軽く手ぐしで前髪を整えたと同時にドアが開いて、バスローブに身を包んだ大柄な男が現れた。




「初めまして。すずと申します。本日はご指名ありがとうございます」




 すずはにこやかに挨拶した。




「……」




 男はドアを開いたまま無言ですずを上から下まで見回した。




「えっと、お部屋に入ってもいいですか?」




 すずは怪訝に思いながらも表情には出さす、笑顔を作ったまま問いかけた。




「あ、はい。どうぞ」




 男は慌てた様子でドアを大きく開けたので、すずは「失礼します」と声をかけて、キャリーバッグと共に部屋へ入ることにした。







「では、改めまして真辺すずです。本日はよろしくお願いします。お時間が5時間、だからえっと300分でご予約いただいておりますが、お間違えないでしょうか」



 すずが確認する。




「田村です。長い時間ごめんね」




「いえ、嬉しいです。いつも長めなんですか?」



「そうだよ。ゆっくりしたいし、マッサージ受けるの好きだからね」




「そうなんですね。ではいつもより気合を入れてマッサージ頑張ります」



(ごめんと思うなら初回で長い時間を予約するな) 



すずは満面の笑みを作り、可愛らしくファイティングポーズを取りつつも心の中で悪態をついた。



 その男、田村は少しニヤついた表情ですずを見ていた。



(あーこいつ、私の顔が好みなんだ)



 すずは田村のわかりやすいほどの一連の反応で察し、ある作戦に出ることにした。




「どうしたんですか?」




 まず顔を覗き込むようにして目線を合わせる。




「ううん……」




 田村は年甲斐もなく頬を紅潮させて、また言葉が出てこない様子だ。



「可愛い」




 すずはポツリとこぼす。


 すると今度は耳まで真っ赤にして、田村はすずから目を逸らした。




 田村は見かけによらず大分ウブなタチなのだろう。


 すずは彼に色恋に近い方法で接客することに決めた。







 それから、マッサージを始めた。


 すずは自他ともに認めるお喋りだ。


 マッサージはほどほどにやりながら、時間いっぱいをおしゃべりで過ごすことにした。


 田村の話はちっとも面白くはなかったが、適当に話を合わせ、ちょっとした話にも大袈裟に相槌を打ち、田村が喜ぶような可愛らしい仕草やエピソードを織り交ぜてすずは5時間を乗り切った。




 そこで得た田村の情報はというと、43歳で独身、スワローズのファン歴数十年ではあるが、特に趣味らしい趣味はないとのこと。


 夜は寝れないことが多く、月に一度メンエスを呼ぶためにホテルに泊まって、夜通しセラピストと喋るのが楽しみだということ。




 まあ、よくいるメンエス好きのおじさんだ。










「もっと長い時間取ればよかった」




 退室時間が迫り、タオルやオイルをキャリーバックに仕舞っていると、田村は心底後悔した様子でポツリとつぶやいた。




「また呼んでください。私は週一回は出勤してますから」




「そっか!近いうちにまたすずちゃん指名するね」




 田村は気負った様子で言った。




「本当ですか? 嬉しい」




 すずはにっこりと笑って、ホテルの部屋を後にした。



(田村はきっとまた私を指名してくる)



 客は往々に『また指名する』と、嘘をいうことが多いが、今回すずは確信めいたものを感じていた。





 要するにそれだけ田村の反応はわかりやすかったのだ。

 








 そしてその予感はすぐに的中することになる。

 続く....

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