初めて酔った勢いでキスした話

密かに想いを寄せていたあの娘にキスをした。飲みの席の酔った勢いだった。
今まで積もり積もった感情がようやく発露したのだった。僕の初めてのキスになった。
キスすることになったきっかけは、Kという後輩だ。今僕がこんな感情に苛まれているのも、こいつのせいだ。
こいつがあの娘に先にキスしたのだった。Kは少し申し訳なさそうに、「すいません、先輩。」と赤面してヘラヘラと笑っていた。
その前に、僕はあの子に恋愛的に迫るようなことをしていた。カラオケの歌のノリだったのに、周囲は僕をもてはやした。確かに僕は彼女が好きだけど、恋愛的な意味で僕は非力で、あくまで友情的な好意で接していた。それがアルコールの影響で不安定になり、ブレーキが効かなくなってしまったのだろう。でも、僕はそんなノリを男友達にしていたし、今までにも彼女にそういったノリをしていたのに、今回に限ってそんな風なことになってしまった。
しかし、被害はそれだけでなく、Kが彼女にキスしてしまったせいで、僕のオスの部分が前面に出た。ありふれた男の嫉妬があった。僕は彼女をカラオケルームから引っ張り出し、Kとのキスの真意を彼女に問いた。主体性がなく、曖昧な返答しかしない彼女のそう言った部分が嫌いだった。
僕は「Kとできて、僕とできないわけないよね」と僕と彼女との2年間の関係の清算をしようと思った。そこで僕は初めてキスをした。一瞬で、無味だった。
その数時間後に彼女と再び顔を合わせたが、僕はまともに彼女の顔を見れなかった。いつものように優しい笑顔の彼女とは反対に、僕だけがソワソワしていた。
翌る日の今日、雪が降っている。学校から帰った小学生たちが雪だるまを作っている。何かおかしなことが起きた時の「明日、雪でも降る」をまさに体現してしまった。
部屋から見上げる雪は空の影になって、白ではなく黒に見える。

・追記
 この出来事からどれほど経ったか。今現在、わざわざ書き加えるに至ったのには明確な理由があるのだ。結論からいえば、僕はもう彼女を好きではない。文字通り”彼女に想いを寄せていた”と過去形になってしまった。それを説明するには色々な言葉を並べる必要があるのだが、全ては僕の勘違いによるものだったのである。
 僕は彼女を優しいと思った。彼女は人の悪口を言わないと思った。彼女は僕を好きでいると思った。その他諸々の彼女への評価は総じて僕の勘違いであったらしい。あの夜が明けた朝、寒空の雨の下で雨宿りしたコンビニで、彼女に僕への思わせぶりの真相を迫った。あれはこれはと僕に勘違いをさせた出来事についての思いを初めて彼女へ吐露した。しかし、彼女の返答は、勘違いさせてごめんなさいと、あっけないものだった。
 そしてこの間のことである。いつもの仲間での飲み会で、僕は翌日に控えて、ベッドで寝ていた。しかし、みんなが楽しく飲み、話している環境で熟睡できずにいた。僕はこの時、彼女の悪口や性事情を聞いたのである。初耳でショックを受ける内容ではなかった。しかし、いざ僕の目の前で、彼女がそのことを淡々と且つ下品に話すことに耐えられなかった。翌日にデートだという彼女は簡単なパーカーで、酒を飲まなかった。
 それからまた数日経ったいま、明確に彼女のことが嫌いになった。それは個人的な怒りによるものか。あるいは裏切られたことへの悲しみだろうか。確かなことは、彼女への拳をつくることもできず、涙も滲んできやしない僕は、恋愛において非力で、情熱とはかけ離れている部類の人間なのだということである。
 やはりあれは清算だったのである。彼女への好意の勘定であった。今になってして、またあのようなキスを再び彼女にすることはできない。あくまで、あれは彼女を純に愛していた最後の僕がおこした、彼女への最後の求愛行動であったのだ。そして今の僕は、そんな自分をキスと共に葬ったのだ。もう二度と眼前に現れないように。
 これら一連の出来事は、僕が彼女を見誤ってのことであった。僕が今まで見ていた彼女の姿は、彼女が僕に見せたい面であり、僕のなかに構築された彼女は、それはそれは素晴らしい人間だった。僕はその彼女が好きなのだ。見てみろ、今の彼女の姿を。もう僕の見ていた彼女じゃないではないか。僕が夢想した彼女はあんなんじゃないではないか。
 僕が彼女に見出した価値は、自分の中で気づかぬうちに大きなものになっていたのだ。彼女が生きているこの世界で、僕も一緒に生きられることを感謝したのだ。がしかし、それも全て僕の勘違いであった。
 今の僕はひどく気分が落ち込んでいる。しかし、これは前向きな後退である。より前へ行くための助走であるのだ。

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