30歳になってやっと“選べる”人間になった
はじめまして。栞です。
名前は、30年前に名付けられたかもしれない、
もう一方にしました。
なんでnoteを始めたかというと、
6年間勤めた会社を退職し、次の会社で働き始めるまで、
2か月のモラトリアムを有意義に過ごしたいと考えたからです。
(小さいきっかけは、後日書いてみます)
いつか何かを書いてみたいと思っていたものの、
行動力が追い付かず、常に妄想止まり。
今回ばかりは本気です!
最近、感じたことを書きます。
30年間生きてきて、ようやく“選ぶ”ということを習得した、という話。
簡単に、半生を。
父が自営業、母が父の手伝いという、そこそこの一般家庭に生まれました。中学受験をして、地元の中高一貫校へ入学。大学はMARCHに滑り込み。
学業もそこそこに、バイト、遊び、多少の恋愛にのめりこみましたが、
卒業も就職も、無事クリアして、社会人へ。
ここまでさらっとだと、そこそこ順風満帆だな(笑)
両親は昔から仲が悪く、家庭環境は劣悪でした。
怒号だけでなく、夕飯のおかずも飛び交うような食卓で、
居心地が悪いこと、この上ない。
本当は行きたかった大学があったけど、現役では無理で、
早く家を出たい気持ちもあり、いけそうな大学にさくっと方向転換。
短大卒の父と専門卒の母の子にしては、出来が良すぎたらしく、
中学くらいからあまりわたしに介入してこなくなっていました。
就活の時は、当時お付き合いしていた彼氏と結婚するつもりで、
腰掛けでいいかと選んだ会社。案の定、2年目で破局。3年目で転職。
(トラウマ級の失恋だったので、またいつか書きます)
ここまでの人生で大きな選択をするときに、
今まで、なぜだか真っ向勝負できなかったんですよね。
(無論、両親や元カレのせいと言いたいわけではありません…)
じゃあ、なんでわたしは今まで、
ちゃんと選べてこなかったんだろう。
思い返せば、小さい頃からそうだった。
「栞ちゃん、この本読んでみようよ」「これ美味しいから食べな」と
間違いのない母のおすすめに乗っかってきた。
些細な事でキレやすい父の顔色を窺ってきた。
それで問題が無かったし、平穏な生活を送ることができた。
こだわりも無いせいか、友達同士のいざこざに巻き込まれなかったし、
そもそも家庭より学校生活の方が楽だったから、
揉め事になりそうな些細なトゲトゲはうまく回避していたと思う。
なんとなく、自主的に選ばないように生きていた。
そうこうしてるうちに、
意思表明が苦手な、優柔不断モンスターに成長したというわけだ。
前置きが長くなりましたが・・・
そんな今までの自分を打破するために。
これからより良い選択をしていくために。
わたしは、2つのことを意識的にチャレンジしていきました。
① “選ぶ”経験を積むこと
② “選ぶ”理由をつけること
例えば、外でランチを食べるとき、
「① お肉料理とお魚料理のどちらにするか考えよう!」
「② 昨日、お肉だったから、お魚にしよう!」
といった風に、「とにかく考えて意思決定をする」部分を
意識的に「繰り返し行う」ことにしました。
2年ほど前、会社の新事業所の立ち上げの際、大スランプに陥った。
何も自信が持てず、うじうじしていたわたしに、
「自分で決めて選んだ答えが正解だったときに、自信が芽生える」
と、尊敬する上司が言ってくれた。
“選ぶ”ことは、選ばなかった方を無かったことにすると思ってたけど、
選ぶこと自体が自分自身を一回り成長させてくれるようです。
だって、選ばなかった選択肢をまた選べるようになるかもしれないから。
そんな気持ちで、選ばれなかった“栞ちゃん”として、
日々思ったことを書いていきます。
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