【連載作品本編03】片思いの彼女に似ているあの子はタイムスリップしてきた俺の孫!03

 意識がぼぉっとする。小谷と抱き合った瞬間、ぷつりと映像が切れたように真っ白になった。

「ここはどこだ……ジンルイミナキョウダイ」
「何故片言……」

 アールグレイの声にはっと連の意識は定まった。目を開けると、心配そうにしている二人がいた。

「気が付いたんですね、よかった! 突然倒れたから」
「廃人になったのかと……思ったじゃないの……!」

 二人はほっとしたのかへなへなと座り込んだ。

「はは、ごめんな」

 連は小谷の方へと手を伸ばした。

「小谷、お前の居場所は俺が作る。俺と一緒にいてくれないか」
「……え?」

 突然の告白に、小谷は動揺している。

「え、あの、私たち、初対面に近いよね?」
「毎日屋上ですれ違ってるけど」
「でも喋った事ないし」
「ソウデスネ」

 ははっと泣きそうになる心を強く持ちながら、連は小谷から目をそらした。

「……ありがとう」
「え?」
「じゃぁ、二度と私の目の前で眠ったまま目が覚めないっていうの、やめてね」
「ま、まじか」

 嬉しさのあまり、全身が甘く痺れた。その時、ぷつっと何かが切れるような小さな音がした。

「あぁ、彼らの運命の糸は切れたようだ。本当の生贄になってしまったようだな」

 ピュアが芝居がかったような口調で言う。
 連はゆっくりと起き上がって、ピュアに視線を向けた。

「残念だったな、小谷のピュアピースは戻してやったぜ」
「おめでとう。ふふ、だいたいの人間は大事な人の葬式の時に落とす。その時のピースに触れると、死んだ人間の思い出が美しくよみがえるのさ。なぁ、アールグレイ」
「……そうですね」

 アールグレイは見たことがあるのだろうか、葬式で誰かがピュアピースを回収されるところを。

「さて、人の心は移りにけりな。この世界線の美亜はもうピュアピースを失うことは、死が二人を別つまでないだろう、だから、アールグレイ。お前がここにいる意味はもはやないな?」

 きゅっとアールグレイは下唇を噛んだ。だが何も言い返さない。おそらくこういう結果をすでに予想していたのだろう。

「未来が少し速まった、もしくは宇宙人との未来がなくなったか、言えることはこの世界線はもう宇宙人との近未来もなければタイムスリップで孫がジジイに会いに来ることが可能な輝かしい科学が発展した未来も存在しないということだ」

 ピュアはにやにやと笑いながらアールグレイの周りをぐるりと歩いている。アールグレイの顔は捨てられた子猫のような表情であり、今にも泣きそうだ。連はちっと舌打ちをしてピュアの頭を軽く突いた。

「おい、俺の孫をいじめるな」
「真実を再確認させているだけだ」

 真剣な表情をしている二人に、美亜は「孫ってどういうこと?」と言いかけたが、あまりにアールグレイの顔色が蒼白だったためその言葉は飲み込むことにした。
それに気づいたピュアはにぃっと笑ってアールグレイの前に立ち、下から彼の顔を覗きこんだ。

「お前はこれから絶望を味わうことになる、お前が帰る世界はない。運よくたどり着けたとしても、もうそこにお前の居場所などないかもしれない。お前の新しいピュアピースを手に入れるのが、楽しみだよ」
 ではな、と言ってピュアはどこかへと消えていった。
 

 廃ビルの中を探しても、黒ずくめの男達はいなかった。どこかへ行ってしまったのでは? とも考えられたが、自分達が廃ビルにいることがわかっているのにどこかへ行くのは考えにくい。

「彼らは、存在しない未来の人間だから、存在自体消されたのでしょう」

 それが、タイムスリップの代償だったんですよ、たぶん。そう告げるアールグレイの顔は暗い。

「なら、お前もじゃないのか?」
「……消えずにいますね、何故でしょう」

 男達が消えて、アールグレイが消えない理由は一体何なのだろう。考えても連にはわからなかった。

「おそらく、正規の方法で帰っても、僕が存在していた世界線はないでしょう。わかっていてやったことです、それでもあなたを守りたかった」

 ついてきてください、そう言ってアールグレイは振り返りもせず歩き出した。連と小谷は顔を見合わせて、仕方なくついて行く。すると広い原っぱのような場所に出た。

「ここは、未来ではタイムスリップの研究所でした」
「……なぁ、お前帰るのやめろよ。俺の家に来いよ、一人ぐらいなら、養えるぞ」
「……いるべきではない人間が存在すると、二人にまた何か危害が加えられたら嫌です。その方が耐えられない」

 ぽろっとアールグレイの目から大粒の涙が零れ落ちた。正しいと己でわかっている、だが本心ではないのだ。

(帰る場所があるかわからないのに、帰らねばならないのはどれほどの苦痛なのだろう)

 思わず、連はアールグレイをぎゅっと抱きしめ、頭を撫でてやった。

「う、うぅ、グランドファーザァ……!!」
「泣くなよ、そしてそこはおじいちゃんだろ」

 よしよしと背中を撫でてやると、アールグレイはわんわん泣きながら連に抱きついた。ひとしきり泣くのを待って、美亜はアールグレイに宇宙ロケットが刺繍されたハンカチを差し出した。

「未来から来たなんてわけわかんないし、さっきの子供の言ったことも信じたくない。でも、あなたに助けてもらったことは真実よ。……ありがとう」
「おばあちゃん……!」
「ちょ、だれがおばあちゃんよ! 失礼すぎるでしょ!」

 美亜は怒るふりをしながらアールグレイの頭を指先で突いた。アールグレイはハンカチで涙を拭き取り返そうとするが、美亜に「あげるわ」と言われてしまった。

「ふふ。一緒にいると、いつまでも別れがつらいです。もう行きますね」

 アールグレイはポケットから何かスイッチのようなものを取り出す。

「アールグレイ」
「何ですか?」

 ぽちっとアールグレイがボタンを押すと、足元から徐々に姿が消え始める。

「未来で、待ってるからな!!」

 連がそう叫ぶと、アールグレイは涙をこぼしながら頷いて、消えた。
 
 
 
 連には言わなかった事がある。それは、ピュアピースをアールグレイ自身、ピュアに奪われていた事だ。
 忘れはしない、大好きな祖父が死んだ時。宇宙人との交信に成功した手越夫婦は、宇宙事業で発展していき、巨万の富を得た。
 しかし、宇宙に行き過ぎて足腰が悪くなり、最後の方は車いすの生活をしていたのを覚えている。アールグレイが中学生に上がる前に死んでしまい、泣き崩れた。自分には祖父しか居場所がなかったというのに。祖母も後を追うように死んでしまった。
 祖父は祖母と一緒にいる時が心底幸せだと言っていた、なのに黒ずくめが祖母を廃人にしょうとしていると聞いていてもたってもいられなくて、必死でタイムスリップの免許を取り、過去へとやってきたのだった。

(自分を待ち受ける未来はどうなっているのだろう)

もしかしたら自分すら生まれていないかもしれない。過去に留まるべきだった? 

「あ」

祈るように目を開けると、そこは原っぱのままであり、研究所は建てられていなかった。

(あぁ、やはり宇宙人との交信はされなかったのだ)

なら二人はどうなったのだろう、あれから別れたのだろうか?

(きっと、誰かが美亜さんの居場所になれたんだ。だから、宇宙に自分の存在を見出すこともなくなった)

 結婚して、子供を産んで。その子供は誰と結ばれたのだろう。宇宙人と交信がないのなら、父は誰と結婚したのだろう。

(やはり僕は存在しないのか?)

だが自分は消されなかった。考えながら歩いていると、自然と祖父の家があった場所に来てしまった。

(……普通の一軒家だ)

宇宙事業でその名を馳せた豪邸ではなくなっている。

(どうする? でもお前誰? とか言われたら生きていけない)

ドアの前で躊躇していると、がちゃっとドアが開いた。

「夕刊まだ来ないのか」

 出てきたのは、記憶にあるより年老いた祖父の姿だった。

(中学生の時に、死ななかったんだ……!!)

 祖父が生きている、生きて目の前にいる。それだけで感動に震えそうだった。

「ん? 誰だお前」

 立ち尽くしているアールグレイを連はじっと見つめた。

「俺の孫に似ているな、死んだ孫に……」
「死んだ?」
「車の事故で、先月死んだんだ。お前、名前は?」

 本名を告げるべきか否か。逡巡した末、アールグレイはごくりと唾を飲み込んだ。

「アールグレイと言えば、わかってもらえるでしょうか?」
「アールグレイ……?」

 そう口にすると、連ははっと目を見開いた。そしてあ、あ、と小さく嗚咽を漏らすような声を上げてアールグレイを指さした。

「お、おま、おまぁぁ!!」
「どうしたのよ?」

 大声を出したため、年老いた祖母がドアから顔を覗かせている。
 そしてアールグレイの顔を見て固まっていた。

「どういうこと? あの子が生き返った?」

 わけがわからないといった感じで祖母は祖父の肩を掴んで揺らした。

「覚えてないか? アールグレイだよ」
「アールグレイ……?」

 じっと祖母がアールグレイという言葉を唱えるが中々記憶の糸に引っかからないようだった。その時、アールグレイが握りしめたハンカチが祖母の目に映る。

「宇宙ロケットのハンカチ……アールグレイ……あぁ、あぁっ!!」
「ようやく思い出したか」

 ぱぁぁと二人の顔が輝く。そしてコホンと連は咳ばらいをしてにっとアールグレイに微笑みかけた。
「おかえり、連次郎。過去からお前を待っていたよ」
 やはり自分の居場所は祖父なのだ。そう実感すると涙が溢れて止まらなかった。
「……ただいま、おじいちゃん」
涙をぐいっと指先で拭い、アールグレイこと連次郎は二人に抱き着いたのだった。
 
(おわり)

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