【連載作品本編01】片思いの彼女に似ているあの子はタイムスリップしてきた俺の孫!01

 ピュアピース。それは人が心に持つ真っ白なピュアパズルのピース。人の純真、大切に守られるべき存在。しかし、ひとたび味わったことのない絶望を感じると、そのピースはぽろっと心から剥がれ落ちてしまい、ピュアに回収されてしまう。そうなるともうあの頃の純真には戻れない。
 
 
 
 きぃきぃと風で揺れる鉄の柵に、少女は手をかけて青空を仰ぎ見ている。やや茶色がかったショートボブの髪は風でボサボサになり、少し短めのスカートを手で押さえて、長いまつげの下にある鳶色の瞳を少女はすっと閉じた。

(あぁ、今日も小谷は宇宙と交信をしている)

 その後姿を、立ち入り禁止と書かれた看板が貼ってある、鍵が壊れたドアに半身を隠しながらじっと見つめる少年がいた。黒の学ランにくせにある黒髪、太いが整えられた眉毛に、運動部でもないのにガタイの良い身体。一体何をしているのかというと、小谷をストーキングしているのである。

(スカート、めくれないかなぁ、あぁ今日も美脚であります)

 じっと見られているのも知らないで、小谷は目をすぅっと開き、下唇を噛んで空を睨む。そしてはぁとため息を長く吐くと、こちらに向かってきた。

(あわわ)

 慌てて彼は今来たところを装って屋上へ続くドアをきぃと開ける動作をした。

「……ども」
「……」

 声をかけても、小谷はちらっと見るだけで何も言わない。バタンとドアが完全に閉められてから、彼は同じように空を見上げてみた。

「何もないけどなぁ……」

 毎日毎日、彼女は昼休みになると屋上に上がり、空を数分見上げる。一体何も求めているんだろう。会話すらしたことがない彼にはわかりようもなかった。

 
 小谷美亜は宇宙人である。否、正しくは己を宇宙人だと信じている美少女である。というのが、一年間ストーキングしてわかったことだった。

「連、お前また小谷見てるのかよ」
「あぁ、今日も美少女だ」
「そうかぁ? 俺は所沢の方が可愛いと思うけどな」

 教室の隅からじっと小谷を見つめる連を、友人がからかう。彼女は長いまつげを伏して、英単語の勉強をしていた。

「小谷って不良って噂じゃん?」
「どこから出たんだその噂、ひねりつぶしてやる」
「だってさ、毎日立ち入り禁止の屋上に行ってるって」
「あぁ、それか」
「タバコとか吸ってるんじゃないのかな」
「アホか」

 最初、連も何もしているんだろうと思っていた。空を見上げてため息を吐くばかりで、何もしない。声をかける勇気もなくて、ただ見つめているだけの連にその理由がわかるはずもなかった。が、ある日街中で小谷を見つけ、気づくと後をつけていた。

(どこに行くんだ? 制服以外の小谷も可愛い)

 つばのついたキャップを目深にかぶり、パーカーを着て廃ビルに入っていく。そしてそこの屋上のドアを開けると同じような恰好をした若者が数人いた。

(何かのサークルか? え、まさか自殺クラブとかじゃないよな?)

 心配だが声をかける勇気もない。仕方なくドアの隙間からじっと見ていると、彼らは手をつなぎ、円形になった。

「宇宙人さん、いらっしゃったら返答お願いします」
(……は?)

 一人がそう言うと口々に皆言いながら目をつむり、ただひたすら顔を上に向けている。

(何この集団、怖)

 今すぐ小谷を連れ去りたい衝動にかかるが、小谷も真剣に唱えている。

(……小谷は、宇宙人と交信がしたくて毎日屋上にいたのか)

 あの、祈りにも見える行為は交信がしたかったからなのか。そう思うと少し切なくなる。

(宇宙人なんているはずが、そもそもいたとしても何で自分達小規模の人間グループと交信してくれると思うんだ……)

 してくれるとしても、国家規模のグループだろう、彼ら一般人としても何のうまみもないではないか。
 彼らは二時間ほど粘っていた。が、同時にはぁと長く重いため息を吐くと手を離した。

「今日もだめだったね」
「来週こそはいけるかな」
(毎週してるのか……かわいそうに、純真なんだな)

 思わずうっと何かが込み上げた。

「これからどうする? 寒いし、カフェいかない?」
「行く行くー小谷さんはどうする?」
「……私は、やめとく」

 そっかぁと言って集団は特に落胆したようすもなく楽しそうに和気あいあいとドアの方へと向かってくる。連はとっさにドアの裏に隠れ、彼らをやりすごした。

(小谷、まだ空を見つめてる……そんなに宇宙人と交信したいのか……何を聞きだしたいんだ?)

 キャップのつばを掴んで、空を睨んでいる。その視線は諦めや憧れといったものではなく、殺意に近いような気がした。

「……ここは、私の居場所じゃない。いつになったら、迎えに来てくれるの?」

 一瞬、聞き間違いかと思った。だが小谷はチッと舌打ちをしてドアに向かって歩いてくる。ドアの裏でやり過ごし、階段を降りていく小谷を見つめながら、連は冷や汗が止まらない。

(なんてこった、小谷は交信がしたんじゃない。自分を宇宙人と思い込んでいて、この地球から連れ出してほしい系の美少女だったんだ……!!)
 

 自分を宇宙人と思い込んでいる美少女とわかっても、連の好きな気持ちは一ミリも変わらなかった。

「あのさー今度合コンがあるんだけど行かね?」
「行かない」
「即断言かよ、キモい」
「キモくない! っていうか俺達まだ高校生だろ。合コンとか早すぎる」
「頭固いなぁお前」
「何々? 合唱コンクールの話?」
「全然違うよ、いや、ある意味あってるけど」

 休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴る。小谷は単語帳を片付けて、小テストの準備をしている。その一挙一動が美しい。

(小谷って無駄がないんだよな、はぁどうやったらお近づきになれるかなぁ)

 好きになってもう一年は経った、いまだに屋上ですれ違う時におぅと声をかけることしかできていない。

「好きだー! 好きなんだー!」
「何だ? 手越、そんなに英語のテスト好きか?」
「ちげーし!」

 丁度タイミングよく入ってきた英語の先生にからかわれ、連は全力で否定した。高校二年生の恋は、まだ始まってもいなかった。


 今日も小谷は可愛かったと思いながら帰っていると、全身黒スーツの二人組を見かけた。

(本当にあんな恰好した人いるんだ、テレビだけと思ってた)

 黒い帽子に黒スーツ、サングラス、黒手袋、黒マスク、黒の革靴。上から下まで黒ずくめで連は珍しそうにジロジロとみていると、男とばちっと目線があった。

(あ、やばい)

 慌てて目線をそらそうとしたが、男達はずんずんと近づいてくる。

(うわぁやだなぁ、絡まれたくない)

 男達は連の前で立ち止まり、がっと連の手首を掴んだ。

「手越連だな」
「え? そ、そうですけど」
「一緒に来てもらおう」
「は? 何で?」
 瞬時に頭を動かす。これはヤバイ、そしてこんな怪しい男達に連れていかれるような理由を自分は持ち合わせていないはずだ。連は手を振り払おうとしたが、男の力は強く逆に手首を痛めてしまった。

「いっつ!」
「無駄な抵抗はよせ、来い」
(え、嫌だよ、絶対やばいやつじゃんこれ)

 足腰のふんばって抵抗するが、ずるずると引きずられてしまう。

(あ、これ車に乗せられたらもう二度と生きて帰ってこれないやつだ、ひぃ、まだ小谷に挨拶すらしたことないのに)

 こんな所で死ぬ? 冗談じゃない! そう言いたいが、手は振り払えない。その時だった。

「はぁぁ!!」
「がっ」

 後ろから鉄パイプで男の頭を強打する青年が現れた。男はよろめき、連の手を離してしまう。

「こっちです!」
「え? え?」

 青年は連の手を掴んで走っていった。
 

「はぁはぁはぁはぁ」

 全力で疾走して、連は川の土手に倒れこんだ。

(一体全体、何だっていうんだ)

 ちらっとこれだけ走っても息一つ乱れていない少年を連はじっと観察した。
 ショートボブの銀髪に、長いまつげも銀髪。瞳の色は優しい鳶色で、少女に近い、かわいらしい顔立ちをしている。だが、ひょろっとした背丈や手を見ると連より年上に思える。連は起き上がって、彼に手を差し出した。

「あ、あの、ナイストゥーミートゥー、アイムレン」

 一瞬ぽかんとしたが、青年はすぐに笑顔で手を握り返す。

「僕は日本人ですよ」
「うそつけ、どう見ても外国人だろ」
「いいえ、僕の母方が宇宙人なのでそれで銀髪なんです」
(あ、小谷の仲間か)

 こんなに美形なのに、もったいない。そう残念なものを見るような視線を向けると、彼はむぅっと頬を膨らませた。

「まぁ、無理ないですね。ここはまだ宇宙と交信する前の世界ですから」
「うわぁ、これが噂の中二病ってやつか?」
「違います!」

 助けてくれた男だから、むげにはしたくない。だが口から出る言葉は痛いものばかり。どうしたもんかと眉根を寄せていると、彼はこほんと咳ばらいをした。

「僕の名前は……そうですね、アールグレイです」
「へぇ、俺の好きな茶葉だ」
「僕も好きですよ、アールグレイ」
「おいしいよな、あれ。飲みやすい」
「はい、僕の大好きな祖父が好きな茶葉だったんです」

 ふわっと笑った顔を見て、ふと連はどこかで見たことがあるような気がした。

(どこでだ? すごくレア感があったような気がするんだが……)

 うーんと首を捻るが何も思い浮かばない。アールグレイは苦笑しながら話をつづけた。

「絶対信じてくれないとわかっていて話します。僕は未来から祖母のピュアピースを守るために来ました」
「へぇ、祖母って誰?」
「信じてくれるんですか?」
「いや、一応聞いておこうと思って」
「手越美亜さんです、今は小谷美亜さんか」
「……今、何て言った?」
「え、だから小谷美亜さん……」
「その前、その前だよ!!」

 がしっとアールグレイの両肩を手で掴む。するとぐわんと景色が揺らいで、気づくと地面に倒されていた。

「す、すみません。ついクセで護身術をかけてしまいました」
「い、いや俺が悪かった」

 いててと腰をさすりながら起き上がる。

「で、もう一度言ってくれ」
「手越美亜さんです」
「……まぢか」

 あの、ちゃんとした会話すらしていない小谷美亜の苗字が自分と同じ名前になる?

「俺に兄弟はいない、それか、俺以外の同姓の男と結婚するのか?」
「いえ、あなたです。手越連さん」

 ドドドドと心臓が激しく脈打つ。

(どうしよう、未来から来たなんてアホらしい言葉を信じちゃいそう)

 そしてはっとなる。

「お前、よくよく見たら小谷に似てるな」
「祖母にですか? よく言われます」

 そう、どこかで見覚えがあると思ったら、毎日見つめている小谷にどこか似ているのだ。

「へーふぇーほー、確かに小谷の親戚って感じするなぁ、うん、男にしては可愛い」
「祖父にもよく言われました、変わりませんね」
「んん? ってことは、俺はお前の祖父になるってことか?」
「はい、そうですね」

 こんな銀髪の綺麗な美形が自分の孫。とすると息子か娘はよほど美形が生まれるらしい。

「へぇ、で? 未来から何しにきたんだよ」
「信じてくれるんですか?」
「いや、信じてない。でも、信じた設定のほうがうまみはあるな」

 にっと笑いかけると、アールグレイはははっと苦笑した。

「あなたらしいですね」
「長所でもある」
「だからこそ、あなたに会いに来たんです。協力してください、美亜さんがピュアピースを失くしてしまうと未来がとんでもないことになるんです」
「……小谷に関することなら、聞きたい」
「僕の生きていた未来、それは宇宙人と交流のある近未来世界です。空には車が走っているし、車専用の空路だってある。宇宙人の恩恵を受けて、僕たちはとても早く進化した生活を送っています」
「へぇ、すごいな。青いたぬきの世界観って感じ?」
「簡単に言えばそうですね。その恩恵は美亜さんが宇宙人と交信に成功した事により始まります。記録によると、最初の言葉はジンルイミナキョウダイ、ないすつぅーみーつぅーだったそうです」
(小谷らしくないな)

 疑問には思ったが、口にはしなかった。

「宇宙との発展には、小谷美亜は欠かせない人物です。しかし、世の中には宇宙との発展をよしとしないグループも存在します。それが先ほどの黒服の男達です」
「まさにブラック〇ン」
「? とにかく、彼らの目的は小谷美亜が宇宙と交信しないようにすることなんです。おそらく、小谷さんを絶望させ、宇宙人を信じている純真から生まれているピュアピースを引き剥がし、交信させまいとしているのかと思います。そしておそらくそれ以上の事をしようとしていると思われます」
「よくわからんな。っていうかさ、ピュアピースって何?」

 連がそう言うと、アールグレイは人差し指で眉間を抑えた。

「……ピュアピースとは、人の心にあるパズルの一つ。それは純真から生まれ、心の形成に欠かせないものです」
「ふんふん」
「人が純黒より深い絶望を感じた時、ピュアピースは純真から剥がれ落ち、ピュアによって回収されます。一度そのピースを失うと、もうその時の純真には戻れません、ピュアからピースを奪い返さない限り」
「へぇ、そのピュアピースってまた作れないの? ってかピュアって誰?」
「人間の心は強い。長い時間をかけて、再び純真からピュアピースは作り出されます。ですが、一度失った純真はもうその時の純真ではないんです。確かピュアは白いマフラーをした少女でした」
「でした? お前はその姿を見たのか?」
「……えぇ、まぁ」
「ふーん……」

 連はじっとアールグレイの目を見た。小谷と同じ鳶色の瞳は嘘をついているようには見えない。

(設定が凝りすぎていないか? 作り話にしては説得力がないし、何より不確定すぎて信じられる要素が一つもない)

 腕を組みじっと考える、どう動くべきかを。そうですかと信じないで放置するのも手だ。だが、彼は連の愛する小谷にかかわる人物だ。放置すれば、必ず小谷に何かしら災難が降りかかるだろう。

(……彼がいなかったら、俺はあの男達に消されていたかもしれない)

 あの男達は無差別に連を選んで連れて行こうとしていたようには思えない。

「……で? 俺は一体何をすればいい?」
「信じて……くれるんですか……?」

 アールグレイが目を見開き、信じられないものを見るように連を見つめている。連はにっと笑って改めてアールグレイに手を差し出した。

「お前は命の恩人だ、だから信じる設定のままでいってやる」
「……おじいちゃん……!!」
「おじいちゃんって言うな、せめてグランドファーザーといえ」
「一緒じゃないですか」

 ぷっと二人で噴き出して、手をがっしりと握り合ったのだった。
 

「一つ気になったんだけどさ、お前どうやって過去に来たんだ? 未来はそんな簡単に過去へタイムスリップできるようになってるの?」

 連の疑問に、アールグレイは表情を暗くする。

「いいえ、ちゃんと免許と許可がなければタイムスリップをしてはいけません」
「へぇ、じゃぁアールグレイは免許あるの?」
「はい、死に物狂いで取りました。この免許は車の免許のように普通に取れるものじゃないんです。まず国家試験を受けなければいけない。国の代表となり、世界選抜を受けて、ようやく試験が始まるんです」
「はぇ~オリンピックみたい」
「真面目に聞いてください」
「これでも真面目なんだけど」

 むぅと頬を膨らませるが、アールグレイはすぐにまた口を開く。

「ですが、免許も許可も持たずにタイムスリップをするやつらもいます」
「そいつらが小谷を狙っているって言うのか? その、ピュアピースっていうの? 絶望とか言うけど具体的にどうやって取り外すわけ?」
「深い悲しみに溺れる、とかですかね」
「深い悲しみか」

 ふと、空を睨む小谷を思い出す。彼女はいつか宇宙人が仲間である自分を迎えに来てくれると信じている。その純真さがピュアピースを育てているというのか。そんな彼女が絶望を感じるのはいつだろう?

(今の独りぼっちで宇宙人を信じている状態じゃ、近い未来交信なんてできないとわかって絶望するな……たぶん)

 だが、アールグレイの話では宇宙人との交信は成功すると言っていた。なら、やつらが狙うのは交信が成功する前の時代だろう。

「ん、ってことは小谷めちゃくちゃやばいんじゃ」
「はい、たぶん」
「たぶんじゃないよ!! 様子見に行こう!!」
「居場所わかるんですか?」
「この時間は廃ビルだ! 一人で交信してる!!」
「何で知ってるんですか?」
「え、だって毎日後ろを追いかけてるから」
「えー……なんて堂々としたストーキング告白」
 
 
(あれ? そういえば、アールグレイはピュアピースだけじゃなくてそれ以上の事をしようとしているみたいなことを言っていなかったか?)

 廃ビルに向かう途中、ふとい思い出した連はアールグレイに聞いた。すると彼はあぁ、言い忘れていたと口を開く。

「心は、パズルのピースによって形成されています。それぐらい脆く難解なんです。ひとたびピースがバラバラになってしまえば、心は死んで廃人になってしまうでしょう」
「……は?」
「小谷さんはきっといくら説得しても交信をやめてくれない。かといって小谷さんの存在自体を消すなんてハイリスクすぎることはさすがにできません。過去に生きる人物を殺すことは、自分の消去に繋がる可能性がありますからね。ならば、小谷さんが存在して、かつ交信ができない状態にすればいいという結論にいたったのです」
「そんな……!! 許せない!!」
「だから、僕は来たんです。正式な手続きを踏んで」
「ほ、他に仲間とかはいないのかよ!?」
 二人の歩く速度が自然と速くなる。
「残念ながら」
「なんでだよ! 未来が変わっちゃうかもなんだろ!?」
「未来の人間の大半の考え方は、自然の成り行きに任せろ、です。だから、過去が変わってもそれは仕方のないことなのだ、と。でも人為的に過去が変わりすぎるのはよろしくない、だから許可なくタイムスリップをすることは禁じられているんです」
「くそっ、信じたくないけど、小谷に危険が迫っているのなら許せない!!」

 人気のない廃ビルに到着すると、小谷がちょうど中へ入ろうとしていた。

「どうしたんです? 早く声をかけてください」
「は? いや、お前がかけろよ」
「いや、僕よりあなたの方が適任でしょう」
「いやいや、俺ダメだよ」
「何で?」

 じっとアールグレイが小谷に似た瞳で見つめてくる。連は恥ずかしそうにもじもじとするとぽっと頬を赤らめた。

「俺、小谷におはようすら言った事がないんだ……テヘペロ」
「……は?」

 想定外だったらしい、アールグレイは動揺している。

「え? 挨拶すらしたことない? え? だってもう高校生でしょ? なら同級生でしょ?」
「うん、でもまだなの」
「えぇぇ、それじゃぁただのストーカーさんですか?」
「ストーカー言うな」

 アールグレイはがくんと崩れ落ちそうだ。頭をがりがりと掻きむしり、眉間にしわを寄せている。

「どういうこと? 二人はもうすでに友達のはずなのに! それともおじいちゃんの妄想だったの!?」
「やめて、そんな未来情報知りたくない」

 その時だった。

「……悲鳴?」
「小谷!?」

 廃ビルから女性の悲鳴が聞こえた。連は血相を変えて走っていく。中に入ると、黒ずくめの男が小谷の手首を掴んでいる最中だった。

「あぁ! あの時の……か?」

 マスクとサングラスで顔が隠れているため同一人物かはわからなかった。

「手越連だな、お前も廃人にする」
「いやだし! そんな恐ろしい事簡単に口にするなっての!! ってか小谷の手を離せ!」

 その辺に置いてあった角材を取り、殴りかかる。振り下ろされた角材は男の頭に見事ヒットした、がまったく効いていない。

「ふっ、同じ轍は踏まないぜ」

 さっと帽子を脱ぎ、頭の上に分厚い鉄板を仕込んでいるのを見せつけてくる。

「く、くそ! おい、アールグレイ!! 何とかしてくれ!!」
「ぼ、僕護身術しかできない」
「お前は何しに過去へ来たんだ!!」

 男の一人が連の方へと手を伸ばす。それをすんででかわし、角材の積んである方へと飛びずさった。

「アールグレイ!」

 角材を一つアールグレイの方へと投げた。彼はそれをキャッチすると、瞬時に男の脛を角材で殴り飛ばした。

「いって! このクソガキ!!」

 殴りかかってきた男を、アールグレイは投げ飛ばす。

(あっちはアールグレイが何とかしてくれる……はず!)

 問題は小谷の手を掴んでいる男だ。男は小谷と自分を廃人にすると言っていた。ならば小谷の手首を折るくらいの手荒い事をしてくるかもしれない。

(ん? っていうかおかしくないか)

 ふとあの時の自分と同じ状況の小谷を見て思う。

(コイツら、俺達を廃人にしにきたんだよな。それにしては手首掴んで連れて行こうとしたりして、何でさっさと腹でも殴って縛り上げたりしないんだ?)

 もしかして、彼らはそういう事に対して素人なのだろうか。それともそういう展開はマンガの読みすぎなのだろうか。

(……っていうか、二人だけなのか? 他に仲間は?)

 いくら殺せないとはいえ、痛めつける事はできるだろうに。それに、宇宙人との交信をやめさせるのは地球の未来に大きく繋がる事だと思える。なのにそれをたった二人で阻止しにきたというのだろうか。

「お前ら、何で過去に来るなんて危険なマネしてまで俺達を廃人にしにきたんだ?」
「ふん、我らは崇高な思想によって生贄となったのだ」
(テロリストというより、宗教家か? ということは、対人戦闘とかは俺と同レベルかもしれないな。いずれにせよ、思い込みで何やらかすかわからん連中のようだ)

 男は聞いてもいないのにベラベラとその崇高な思想とやらを話している。

「え、何? 何なの? 手越君この人知り合いなの?」
「いや、違う。ただ言えることは、そいつらの狙いは俺達の心だ」
「いや、手越君の言ってる意味もわからないわ」

 小谷は怯え切っている。小谷の細い手首を掴み上げている男を連はきっと睨む。

(小谷の白い肌に跡がついたらどうしてくれるんだオッサン!)

 殴りかかりたいが、アールグレイのように体に当てる自信はない。相手がひとしきり話し終えたあとで、連は再度質問を試みた。

「あのさ、その崇高な思想はわかったからさ。生贄っていうのは何だよ」
「タイムスリップというのは危険なもの。未来から過去に行く、それはもはや一方通行のようなもの。少しでも過去が変わるだけでもう自分達が存在していた世界は失われるのだ」
「それって、もう自分が生きていた世界には戻れないってこと?」
「そうだ、それをわかったうえで我々は生贄になったのだ。宇宙人から尊い未来を守るため」
「人間二人を絶望の淵に追いやろうとしておいて、何が尊い未来だ!!」

 どさぁぁともう一人の黒服の男が地面に倒れて気絶した。

「な、なんだよお前。護身術しかって言うけどやるじゃん」
「これでも一応国の代表に選ばれた男ですから」

 にこっと笑うアールグレイに連は尊敬のまなざしを向けた。

「くそ!! 忌々しい手越家め!! 三代そろって邪魔しおって!!」
「きゃぁ!!」
「小谷!!」

 男が怒りで手を振り上げた瞬間、連は何も考えず全速力でタックルをした。男は来るとは思っていなかったようでそのまま尻もちをついて転んでしまった。

「おじいちゃん!!」
「痛っ……だからグランドファーザーって言え……」

 三人は絡まるように地面に倒れている。アールグレイは慌ててかけつけ、小谷を抱きかかえた。

「逃げますよ!!」
「えぇ、俺も抱きかかえてくれよ」
「無茶言わないでください」

 ほら、走って! そう言われて連はよろよろと起き上がり、廃ビルの階段を上がっていった。

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