愛しのビビンバ軒(仮名)
私には行きつけの店が数軒あるのだが、先日その共通点に気づいた。
美味しい上に、良心価格。
ご主人が誠実で信頼できるお人柄。
ただちょっと・・・いや、かなりクセが・・・
今回はその1つ、「ビビンバ軒(仮名)」をご紹介したいと思う。
諸事情により店の場所をお伝えできないことを、お許し願いたい。
ビビンバ軒は住宅街にある焼肉店だ。推定60代半ばの女将さんと、料理人の息子さんで営んでいる。
WEB系の宣伝をしないためか、その知名度は低く客はほとんど近隣住民だ。
でも焼肉クオリティは、市内で1・2を争うレベルだと私は信じている。
(本音を言えば、全国区でも負けないと思ってるが)。
今でこそ大好きなビビンバ軒だが、最初の印象はとーっても悪かった。
なぜなら、女将さんがあまりに陰鬱だったから。
普通の焼肉店なら、大抵は笑顔や元気な声で迎えてくれる。
だがビビンバ軒は、ひと味違った。
ドアを開けた私を迎えたのは、薄暗い声の「いらっしゃいませ・・・」だった。
しかも女将さんの表情は、こんな感じ。
あれ・・・なんか怒ってる???
歓迎されてない感が半端なく、私は戸惑いながら席に着いた。
席数は、4人がけテーブルが3つと6人掛けテーブルが2つ。
決して広い店ではない。
そのインテリアに統一性はなく、トトロの1000ピースパズルと謎のタペストリーが、年季の入った壁を彩っている。
またBGMもかかっておらず、一般の焼肉店のような活気はまるで感じなかった。
失敗したかも・・・・
入店早々に後悔した私だったが、出てきたお肉を見て、その考えは吹き飛んだ。
だって、お肉が宝石みたいに光っていたから!!
そして一口食べてますますびっくり。過去最高の味が舌に広がった。
私はお肉を食べるとき、絶対にお米を食べる。
お肉の美味しさを倍増させると、固く信じていたからだ。
だけどビビンバ軒に通うようになり、本当に美味しいお肉だとご飯やタレが邪魔になることを知った。
お肉本来の自然な甘みは、それだけで口の中を100%にするのだ。
自然と胸の中に感謝があふれ、私は思わず女将さんに「とても美味しいですね!」と笑顔を向けた。
しかし彼女は「その焼き方ね、間違っていますよ!」とだけ言い、ささっと網上の肉位置を直すと足早に去っていった。
先ほどの感謝も忘れ、私は2度とこの店に来るまいと誓った。
だが、人間おいしい食べ物の前には無力である。
お肉のおいしさが忘れられず、私はビビンバ軒に通うようになった。
そして、お肉以外の料理にも舌鼓を打ちまくった。
もう女将さんの無愛想など、どうでもいい。
そう思わせるほどの、味がそこにあった。
だが通い始めて半年、突然に変化が起きた。
なんと女将さんが私に、ぎこちない笑顔を見せたのだ!!
そして「いつもありがとうございます・・・」と、うれしそうに言うではないか。
私はこの時ふいに悟った。この人は、この人は多分・・・
相当な人見知りなんだ!
そしてこの日、ようやく私に慣れたのだと。
この想像は当たったようで、女将さんはそれから毎回、自然な笑顔で話しかけてくるようになった。うれしい変化である。
ただ、その話はちょっと、いやかなり長かったけれど・・・。
内容はたいてい料理やお肉への思いだが、語りはいつもヒートアップ。
時には10分以上に及ぶことも。
中間の状態はないのか。0か100だけなのか。
でも、おかげで私は女将さんの「お客さまに良質なお肉を、美味しく食べてもらいたい!」との熱い思いを知った。
思えばビビンバ軒はいつも掃除が行き届いており、おしぼりからはほんのりアロマの香りが漂っていた。
入り口には季節の鉢植えが並び、お客を出迎えてくれる。
すべて女将さんの愛情の、渦巻く熱意の表れだ。
ただ人見知りのせいで、それがちょっと届きにくいだけ。
私はいつしかこの不器用な女将さんが、大好きになっていた。
それにしても、本当に女将さんの渦巻く熱意は、届きにくい。
そのエピソードを一つ、ご紹介させていただこう。
あまり混まないビビンバ軒だが、時には数組が重なることもある。
普通の焼肉店なら、これを喜ぶはずだ。
だがビビンバ軒は、ひと味違った。
女将さんは混めば混むほど無表情になり、声も陰鬱になるのだ!!
私は混んで、あんなに暗い顔になる経営者を初めて見た。
たぶん女将さんは、テンパってしまうのだと思う。
重なるオーダー、どんどん完成する料理、おかしな焼き方への指導。やることは山積みなのに、ホールには自分一人。
・・・キャパオーバーが発生するんだろう。
だから初回っぽいお客さんが来ると、私はいつも願う。
ああ、どうか誤解しないでください。
女将さんは、お肉を美味しく食べてもらいたいだけなんです!
でも緊張とテンパリから、言葉が直球になるだけなんです!
だが95%の確率で、彼らは怪訝な表情になる。
かつての私のように・・・。
惜しい、惜しすぎる!
ビビンバ軒は、明るく気立の良い若者をバイトに雇うべきだ。
でも断言しよう、そんなバイトはビビンバ軒に入らない。
なぜならそれがビビンバ軒の、ビビンバ軒たる所以だからだ。
でも大丈夫、今もこれからもビビンバ軒にはニッチファンがついている。
そうして40年、お店は続いてきたのだ。
私もその一人として、これからもビビンバ軒を支えていこうと思う。
<おまけ>
いろいろ書いたけれど、私は女将さんのことをまだまだわかっていない。
つい先日も、新たな一面を発見した。
それはビビンバ軒でお手洗いを借りた時のこと。
なんと壁にたくさん・・・
ハシビロコウの写真が貼ってあった!!!
そして謎のメッセージ。
どうしてハシビロコウを選んだんだろう。
女将さんはハシビロコウが好きなのか?
それに、あのメッセージは何なんだ??
人生の大先輩である女将さんをわかった気になるなど、おこがましかった。
もっと女将さんを理解しなくては。
私はこんなビビンバ軒が大好きだ。
きっと一生ファンだと思う。
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