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ぷるぷるパンク - 第7話❶

●2036 /06 /09 /09:22 /藤沢
 
 ぱんぱんぱん。と手が打ち鳴らさる。荒鹿と双子はそれぞれ口をつぐみ、もう一度ソファに深く座り直した。
 
ーー前回までのあらすじ(嶺ノースバージョン)
 
 ちょっと長いから早口で。
 腰越漁港の戦いの後、降りしきる雨の中、あたしは幻覚に落ちた二人をタコで取りまとめて引っ張って、どろどろに荒れ果てたびちょびちょの漁港から離れた。周辺には既に野次馬が集まり始めていたから、三人がちょうどよく隠れる場所を見つけるのに苦労した。二人が目を覚ますと、腰越のシャッター街を江ノ電の線路沿いに歩いて、大船にある九頭竜の家に行くために江ノ島のモノレールの駅を目指した。大雨が人々の視界を遮っていたから、あたしは少し気が楽だった。さっちゃんはタクシーに乗りたいとごねて、あたしはヒュッテの売上を探したけど、どうしても見つからなかった。
 モノレールの駅に着いたが、腰越の爆発の影響か運転見合わせ中とのことだった。あたしたちはモノレール沿いの道路を歩いて大船を目指すことにした。降り続ける雨の中、ひと山超えてたどり着いた目白山下駅の辺りで、身も心も冷え切って髪がぺったりと顔に張り付いたさっちゃんは、もう変身して飛ぼうとごねたけど、サマージに見つかりたくないからあたしはそれを止めた。
 九頭竜がお姉さんに連絡をすると、車を迎えに出してくれることになった。あたしとさっちゃんは、なんで最初からそうしなかったのかと怒った。こいつ馬鹿だ。さっちゃんがやつの後頭部をひっぱたいた。九頭竜の髪の毛から雨の雫が飛び散った。
 彼の家に着くとあたしたちは順番に暖かいシャワーを浴びて、九頭竜のお姉さんのいい匂いのする柔らかい服に着替えた。災害チャンネルでは、腰越の爆発が流れていた。江ノ島周辺の定点カメラに映っていた映像だ。でも解像度が低く、雨も降っていたから、あたしたちがそこにいるかどうかはわからなくて一安心。あたしとさっちゃんはいい匂いの服を着て「普通の家」みたいな空間にいることにかなり高揚していた。
 11時過ぎに、予定より早く九頭竜のお姉さんが帰宅する。豪雨だし電車が止まっているし災害チャンネルの影響もあって、お客さんがこなかったそうだ。九頭竜の馬鹿があたしたちをサマージのと言って紹介する。さっちゃんがやつの後頭部をひっぱたいた。
 鳴鹿さんはときどきヒュッテに顔を出すお客さんで、いつもチャイラテを頼む人だったから顔は覚えていた。眼鏡をかけたチャーミングなお姉さん。まさかこいつのお姉さんだったなんて。
 打ち解けたさっちゃんが何故か鳴鹿さんに手のひらのタコを見せた。あたしと九頭竜はびっくりして、あたしは鳴鹿さんを、九頭竜はゲーム機を守るために立ち上がった。鳴鹿さんはそっちにびっくりしてたけど、タコは可愛いと言って見入ていった。そして鳴鹿さんは自分の部屋からタコのTシャツを出してきて見せた。SNSでカルト的な人気を誇るアパレルブランド、藤沢にあるそのショップで鳴鹿さんは週一でバイトをしているんだけど、そのオーナーは鳴鹿さんによると空飛ぶタコの研究をしているらしい。
 鳴鹿さんがその女の人に電話をしたけど、繋がらなかった。冷蔵庫にあった物であたしが作った手抜き料理を、みんながおいしいおいしいと言って食べてくれて、就寝。腰越の戦闘の疲れからか、ここ数日の色々が重なったのか、一瞬で寝落ちした。
 ベッドに差す強い日差しで目を覚ます。雨季なのによく晴れる。和食な朝ごはんを用意してくれた鳴鹿さんがスマホで見せてくれた空飛ぶタコの研究家のメッセージは「すぐに来い」とのこと。昨夜、酔っ払った鳴鹿さんが情報量多めでメッセージをしてくれいてたらしい。まったくこの姉弟は。どこまで言ったんだか。
 あたしたちは朝食の後、鳴鹿さんに車で送ってもらい研究家の家へ向かった。さっちゃんの直感によると、その人になら何でも話してもいいらしい。さっちゃんの直感はよく当たる。遊行寺の坂の下のアパレルショップの前で車が止まり、あたしたちは鳴鹿さんに手を振って別れた。背の低い年上の女の人の先導でショップの中を通り過ぎる。さっちゃんはTシャツを物色したそうだったけど、女の人が止まらないからあきらめてついて行く。奥の階段を上がってその部屋に入ると、さっちゃんを中心に、あたしたちはこれまでのできごとを、背の低いその空飛ぶタコの研究家の頭上で一斉にまくし立てた。
 
 一人暮らしなのに大きなコの字型のソファ。昼間なのに締め切られた遮光のカーテンの隙間から差す、白檀のお香の香りがする柔らかい光。物が多くて雑然としているのに、なぜか散らかって見えない本の山や見た事がない標本みたいなもの。ちょっと不思議でなんだか快適な空間だな、と思った。ぶかぶかのTシャツを着た背の低い彼女が、大きくて柔らかいソファに沈み込んだら、見えなくなっちゃいそうだな、とも思った。

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