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1993年8月10日の【ブラックメタル】

本日、8月10日は(公開日は14日ですが)MayheMの創始者のEuronymousこと(Øystein Aarseth)の命日です。

映画『ロード・オブ・カオス』では主人公のEuronymous=ユーロニモスはこの日の深夜(午前3時と言われます)に訪問してきたVargKristian Larsson Vikernes)の襲撃を受けます。2人はもみ合いになり、階段を転げ落ちていくユーロ、追いかけるVarg=ヴァーグという大変陰惨な最期となります。映画はユーロのモノローグで、「Freeing Moon」とともにエンドロールです。

実際のMayheMであった事をネットで調べることは容易く、多くの証言・言い分を拾って行くことができます。

まず、DEADPer Yngve Ohlin)ですが、彼は幼少の頃からの問題を抱えていた青年であったこともあることを含め、彼が鬱などの病があったのではないかという事が書かれています。DEAD=デッドは映画で風変わりな、言葉をあまり発する事も多くない性格との描写もあります。

デッドは映画ではデモテープとともに十字架にネズミを貼り付けたものを同封してきます。ブラックメタルの王子の挨拶としては、インパクト大です。デッドはスウェーデンから単身やってきます。巾着型のロープバッグを列車から投げ出し、なんとなく70年代風にワイルドな登場をします。他にも棺桶で寝ているとか、雰囲気作りはいい感じです。服を土に埋める、死骸の匂いを嗅ぐなど、デッドのブラックメタルの王子は徹底していました。

「自殺」や「うつ病」に関していうと、近年、日本でも自殺者が多く社会問題にもなりました。1980年代の日本は今ほど鬱や自殺が問題となっていませんでした。しかし北欧では「高齢者社会」「鬱」「自殺」が問題視されていて、北欧の日照時間の少なさや高齢化、安定した福祉が鬱になる原因ともされ北欧の問題が将来、日本でも類似した現象が起きるのでは?とも指摘をされていました。自殺の原因としては幾つもあり当事者しかわかりませんが、ショットガンなどは日本では誰でも扱うことはできませんし、爆薬もです。カート・コバーンはショットガンを所有していましたが、衝動的な方法としては日本では多くはありません。

話がそれましたが、実際のデッドはスウェーデンにいた頃に「Morbid」というバンドに在籍していました。バンドは1987年に「December Moon」という4曲分のデモを制作。音としてはデスメタル・スラッシュ系っぽさがあるバンドです。デッドのヴォーカルは唸り・しゃがれた声が邪悪な感じで、すでにこの頃から完成されたのとなっています。最終的に、バンドの方向性に悩み、ノルウェーの「Mayhem」に加入します。

Morbid」/ Morbid w Dead - 1987 - Wings Of Funeral

ユーロNecrobutcher(Jørn Stubberud)を含めたメンバーで「Mayhem」を結成します。当初はヴォーカルとギターを担当していましたが、後にギターに移行し、レコードショップ「ヘルヴェテ」、レコード・レーベル「デスライク・サイレンス・プロダクション」を設立し、ブラックメタルの功労的な役割を果たします。普段は地道にレコード店で働いたり、各国のバンドの交流なども活発に行うなど、精力的にブラックメタルのネットワークを広めました。

ユーロは主人公として映画で登場しますが、ブラックメタル を単なるカルトやマニア、オタクではなくイメージを実像化し、現在のスタイルにまで確立し、継承するまでに至った功績を残したとされます。ユーロは3人の中ではわりと普通なメタル兄ちゃんですが、しかし、デッドヴァーグ への対応はやや疑問に感じる事もあります。しかし、それに対し犠牲を払いながらも、ブラックメタルに向かい続けるメンタルこそ、王といえるのではないでしょうか。

映像の前半はユーロはドラムを叩いています。セッション的なライブですが、ブラスビートも叩きつつ、ジャズロックやジャーマンロックな音も混ざっている実験的な感じがします。

映像の中で見られるユーロの印象的な姿として「笑顔」があります。時に女性のような柔らかい表情の微笑みは、ステージでの悪魔的な怪訝な顔とメークからのギャップが大きく、涙というか、なんともいえない気持ちになります。

Mayhem❌Euronymous & Manheim (L.E.G.O.) 1986

Mayhemの活動は1988年にデッドとドラムのヘルハマーが参加する事でブラックメタルのバンドとしてのアイディアも固定されたものと思います。


最後にヴァーグですが、映画ではちょっと小太りで垢抜けない印象ですが、ヨーロ達と出会った時から音楽的に全ての楽器もこなせるマルチプレイヤーであり、楽曲も多く制作していたなど、才能をすでに開花させていました。

1989年から1991年の間にヴァーグ個人のプロジェクトの「Burzum」と「Old Funeral」にも在籍していました。ヴァーグは「Old Funeral」の加入時は17歳でした。

Old Funeral - Abduction Of Limbs

ライブ映像もあるのですが、長めなので、上記にしました。ヴァーグはライブに関してはあまり良く思っていなくて、ライブをする奴は自己顕示欲が強いやつがやるものと現状では否定的です。

ヴァーグさんは(何故、急に"さん"つけ?)現在は、フランス在住という事ですが、ヴァーグさんの動画活動は日本ではブラックメタルの人達の間の元祖YOUTUBER(ものを申す系?)と評価されていたのを見たことがありますが、ちょっと笑えます。

というわけで、ユーロの1993年8月10日命日を偲ぶとともに、引き続き映画『ロード・オブ・カオス』公開記念として、今回、記事にさせていただきました。ひとまずは、ブラックメタルってなんだろう?と思いながら、いくつかのバンドを聞いてみるのがブラックメタルの楽しみ方かもしれません。

またブラックメタル関連は記事にする予定です。本日もご清聴ありがとうございました。


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