見出し画像

中世ヨーロッパの話をしよう

中世ヨーロッパ警察おじさんは激怒した。必ず、かの無知蒙昧むちもうまいの「ナーロッパを現実の中世ヨーロッパと勘違いする連中」を除かなければならぬと決意した。中世ヨーロッパ警察おじさんには歴史がわからぬ。中世ヨーロッパ警察おじさんは、村の牧人である。超戦術級シミュレーションゲームを楽しみ、メタルフィギュアと遊んで暮して来た。けれども中世ヨーロッパ時代の兵装に対しては、人一倍に敏感であった。

とまぁ、水星の魔女関連のコメント欄で阿呆な話を見たのである。曰く、レイピアは中世ヨーロッパ時代の決闘で使われた云々……

まぁ、待って欲しい。ワイも創作に理解ある大人だ。ナーロッパや所謂「日本人が知るファンタジー」でグラディウス(古代ギリシャ時代の刀剣)とレイピア(概ね16世紀後半ぐらいから流行る)が同時にあっても気にはしない。ファンタジー世界は時間がバグっておるからな。
今やってる放置少女でも時空を超えて三國志時代に宮本武蔵や竹中半兵衛が出る。三國志の時代って卑弥呼いた頃だぞ?(逆に言うと日本がまだ邪馬台国の時代に中国は大規模会戦してた) まだ生まれてない(生まれるの1000年以上先)の人間を魔界転生とはたまげたなぁ。

で、日本のエンタメで時空がバグっておるのは山田風太郎の頃からの定番であるから、ワイは許す。これはもうしゃーない。山風の呪いだこれ!

だがしかし、世の中には厄介な奴がいて、山風はアレだが司馬遼太郎は歴史家と頑なに信じていたり(あの人も大概やぞ)、ナーロッパ知識を現実の中世ヨーロッパだと勘違いしてる奴がいる。目を覚ませ、現実を見るんだ!

1.中世ヨーロッパの定義

まず厄介なのがその定義である。実際学術上でもここで揉めるんだが……中世の開始はほぼ西ローマ帝国の滅亡で意見一致するんだけども、その後の歴史の推移が地域差あるんだわ。だからヨーロッパが全部均質に大体この辺の年月まで中世で、この辺から近世って区切りは出来ない。だから違ったアプローチをしてみよう。剣や槍、メイスとかでボコンボコン敵をぶん殴るのが戦争のメインだった時代。騎士が馬に乗って歩兵を蹂躙出来た時代を中世と呼ぼう。奇しくも帝政ローマ時代にはさほど多く無いが騎士はいた(ローマはお馬の産地ではないので数は多くない)
それが実際に馬に乗って駆け回り、戦場の花形だった時代を中世と定義してみよう。

するて中世の終わりはイギリスのロングボウが猛威を振い始めた百年戦争がその境目となる。

2.百年戦争

どうせポワンとしか記憶してないだろうから解説すると、百年戦争というのはイギリスがフランスからの支配を離れて「ワイはお前と同じ王なんじゃい!」とやった戦争である。大体ヨーロッパのキリスト教化はフランク王国のクローヴィス1世がキリスト教に改宗してから進んで行くのだけど、キリスト教化された騎士が登場する前は「戦場で死ぬのは誉じゃ! 勇猛に戦いヴァルハラで毎日戦争してお前も俺もハッピーじゃ!」のバルバロイ生活だからね。これは皆が意図する中世ヨーロッパとは違うだろう?(私はむしろこの頃が中世ヨーロッパの盛りで大好きなんだけども)

で、この百年戦争……本当に100年近く続いた。(1337〜1453)
そしてこの100年以上に渡る戦争の中で、騎士の重要性が劇的に変わって行くんですわ。

百年戦争初期は、軍のトップが「騎士の誉じゃー、一騎討ちを所望致すー」的な牧歌的な殺し合いだったんだけど、黒太子ブラックプリンスエドワードが出て来ると状況が一変する。そう、お馴染みの「ロングボウ」である。スコットランド併合の際に散々イギリス軍を苦しめたあのロングボウを、エドワードは組織的に運用したのだが……戦場が一変した。

戦争理論の古典的な奴にランチェスターの法則というものがある。これは特定の条件における戦場での戦力推移を数学的に分析した20世紀の発明なんだけど、この法則には第一法則と第二法則がある。なんで2つに別れるかというと、戦いの様式により残存戦力推進が異なる数式になるからだ。そしてその様式の差とは「1人の兵が敵1人を狙うようなボコスカパターン」と、射撃兵器による「戦力の集中が可能なパターン」の差なんだ。

ローマからしばらくの間は、戦争とはある程度訓練された兵隊による会戦だった。ランチェスターの第一法則が適用される奴だ。基本ぶん殴り合いで、騎士なんかは機動力と突進力を活かして歩兵の方陣を蹴散らす決戦兵器だったわけ。だからこそ雑兵では役に立たないのでプロ軍人が必要だった訳だよ。故に決戦兵器で訓練を積んだ騎兵は重用され、栄誉と権利を与えられた。騎士爵である。そして騎士は強く無いと意味ないから世襲は出来ない。実力が求められるからだ。

この戦場の最精鋭であり決戦兵器だった騎兵を無効化したのがイギリスのロングボウ部隊であり、彼らは馬も要らんし鎧もそれ程重要ではなく、アホみたいに体鍛えて弾道射撃をする特化兵だった訳ですわ。(運用・維持コストが)安くて効果的、最高かよ!(但し育成コストはかかる。これは騎士も同じだし向こうのほうがより高いコストが掛かるからセーフ)

で、15世紀中盤には騎士の優位性というものが儚く散って行く訳ですわ。戦場を縦横に走り、騎馬を束ねて歩兵に縦深突撃しようとすると、その一団に向かって矢の雨が降り、バッタバッタと高額な兵隊が死傷する……この状態で騎兵を重用するのはアホであろう。

3.百年戦争の前夜、東の方

フランスとイギリスだけがヨーロッパじゃねーだろ! ドイツはどうしたジャーマンは! とお嘆きの方にちゃんと東ローマ帝国ちほーの話をしておこう。
百年戦争を遡ること100年ぐらい! 13世紀中盤に東から悪魔の軍勢が押し寄せてきてフルボッコにされました。いわゆるワールシュタットの戦いとかモンゴルのポーランド侵攻という奴だ。
先に申した通り、馬はヨーロッパにおいて高額な兵器(役割的には戦車に近い?)なんだけども、遊牧民であるモンゴルの連中は身近な移動手段としてガキでも乗る乗り物なのね。だから奴らは馬の上から弓打って来る。変態か(真顔)
また、モンゴルから中国韓国(日本はカミカゼでなんとか)経由して、インドパキスタン、イラクとかの中東諸国まで蹂躙したモンゴル軍は戦略や戦術も優れており、そらーもー本当にフルボッコという言葉が生温いぐらい惨敗したのである。
その後大空位時代が始まったり、ドイツや神聖ローマ帝国なのにイギリス王の弟王様に据えたりしておドイツ様は苦難の道を歩き続ける。そんな感じで残念な状況がしこたま続き、第一次世界大戦でボロ負けしたもんだから「彼らの鬱屈が有頂天になり、かの有名な髭の伍長」台頭しちゃうんだよね。騎士のライフはとっくにゼロよ!

4.そもそも鋼がねぇ!

平安時代から鋼で刃物こさえてた我々日本人には奇異に思えるが、実は西ローマ帝国崩壊後、ヨーロッパは鋼の入手経路を失っている。鋼自体は紀元前4世紀頃からインドちほーで坩堝による生産始まってるし、日本でも割と早い時期からたたら製鉄とか始まってんだよね。
だがしかし、西ローマ帝国崩壊後のヨーロッパは蛮族大陸でありマジで作り方失伝してしもたらしい。一応少量であれば「紀元前4世紀のインド式」で生産できたみたいだが……少量なんで馬の蹄鉄とかに使ったらしいで。

そんな訳で、鋼の武器は大変希少で多くの武器は鉄製だった(真顔) 剣みたいなフルパワーでぶん殴る武器を硬いものにぶつけると……折れたり曲がったりするんだよ。だから一般のロングソードなどは強度出す為に太いし厚い。しかしそれでは重くて使い難いので構造を工夫して強度を高めた(刀身の根元側に血溝などを彫り、強度をあまり落とさず軽量化するなど) だからこそ、10〜11世紀頃に成立したローランの歌やアーサー王伝説には石に刺さってたり、岩をも断つ剣が出て来る。当時の剣は石なんか切り付けたら意気地なく曲がったり折れたりした訳で、岩を貫くとかマジかよ!的な驚きがあった訳ですな。日本刀だとガチで石灯篭切ったとかの伝説もあるが、アレはワンチャンガチかもしんない。

と、いう訳でレイピアみたいな細い剣が量産されるのは鋼文化後進地域であったヨーロッパが鋼の生産に成功するまで待たねばならない。そして驚け、ヨーロッパで「鉄の量産」が可能になったのが15世紀、鋼の量産は18世紀まで待たねばならんのだ!
なので18世紀までは鋼の武器は大変希少で高額だった。鉄がメインなので構造強度稼ぐために凸凹付けたりしたのだが、これがゴシックアーマーやフリューテッドアーマーという全身鎧だ。

あんまり神聖ではなさそうな神聖ローマ帝国の皇帝が作った鎧が鉄板製。鉄板製なのだ!(皆も神聖ローマに涙せよ!)
軽くてラッキーというのもあるが、その分鉄の必要量が少なくてお財布に優しい。原材料原価半分嬉しいな(白目)

で、全身鎧に身を包んだ騎士にレイピアみたいな細くて軽い剣で斬りつけてもダメージは少ない。重さは強さ、力はパワーで物理的にガチコン叩いた方がダメージが通る。よって戦場のメインウェポンとして硬く軽量に作れて切れ味が鋭い刃物は余り戦場に向かない。確かに刺突なら貫通期待出来るかもしらんが、わざわざ「僕は刺突しますよー」と敵に視覚的に知らせる必要はない(無常) それよりロングボウやクロスボウの鏃を鋼鉄製にした方がお得であろう。消費量も少ないし。

こうして鋼の生産が非効率的なチマチマ状態だったので、普通は鋼が少量で済み効果的なやじりなどが鋼になって行った事だろう。ここで鋼のレイピア作るような奴は並外れた財力を持ち、それでいて戦略眼が壊滅的というアホの子であると推察される。アホだからレイピアで決闘とかしたんだな。無論レアケースである。
一応17世紀頃には三銃士でダルタニャンとかがレイピア持ってるから、その頃にはある程度普及したのだろう。それは何故か……三銃士という言葉の中にヒントがある。

16世紀には銃が発明されとるんですよ。大変高い貫通力を持つ火縄銃は鎧の有効性を激減させた。初期段階ではまだロングボウの方が射程も連射速度も高いのだが、銃はロングボウ使うより修練が少なくて済む。兵科としての育成コストや維持費が低いのだ。これにより鎧を全身に纏い機動力を犠牲にして防御力を高めるより、バイタルパート(胸部と腹部)だけ守って機動性を高める兵装が流行り、そういう兵隊に対しては鋭い刃物で手足切った方が無力化しやすいって事でサーベルなんかが台頭する訳ですよ。

ここで登場するのが竜騎兵ドラグーン。良くファンタジーでは実際竜に乗る騎兵をドラグーンと呼ぶが

元々は銃を持つ騎兵を意味し、銃口から火を噴くのを見てドラゴンみたーいと名付けた名が「竜騎兵」16世紀後半には出て来てる。こんな展開があるから全身鎧が廃れて行き、その影響でレイピアやブロードソードが流行って行くのである。
槍抱えた騎士が決戦兵器の地位を失い、長射程兵器や訓練が少なくて済む銃やクロスボウの登場……これらが積み重なり封建制から中央集権国家体制への緩やかな移行が始まったころ……それが近世だ。少なくとも戦場の様相や兵科の移り変わりから見る限りは。銃器やロングボウで騎士がバッタバッタ死ぬのは中世だろうか?

ここまで話を読んで、更に「レイピアが中世の武器である」というならご高説を賜ろう。ただ、こちらの本文だけで4800文字ぐらいあるから、弁明はコメント欄ではなく自分のサイトに挙げてリンクを提示する様要請する。コメント欄で長文ぶちかます奴(コメント来た報告がしこたま来てウザい)は無視するかコメント削除の刑に処す。説明にこんだけ文字数要するからバカの相手は嫌なんや。

なお、この後17世紀の技術レベルを想定して書いたのが以下のファンタジー小説。

読むが良い。

ここから先は

0字

¥ 500

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

方針変えて、noteでの収益は我が家の愛犬「ジンくんさん」の牛乳代やオヤツ代にする事にしました! ジンくんさんが太り過ぎない様に節度あるドネートをお願いしたいっ!