役割と分人

おはようございます。

"分人"という言葉を知ってから、それは"役割"という言葉とも近しいと感じるようになりました。

役割と聞くと良い言葉のイメージがあるでしょうか?

僕は半々で良くもあり悪くもあると思っています。

例えば、お前に任せた!とか、おれの責任だ!というように信頼されて本人もその気になり自己有能感を感じている場合は良い意味の役割だと思います。

病院に入院している人は患者の役割、学校にいるときは生徒の役割、家にいる時は子供の役割、会社にいるときは会社員の役割などというような言い方だと悪い意味の役割に聞こえてきます。

僕は病院で働いていたので特に患者役割というのは相当嫌いな言葉です。

役割が良い意味として捉えられるか、悪い意味として捉えられるかの違いは、自分自身が主体的であるかどうかということの違いであるような気がしてきました。

前者は本人が前向きに捉えられていると思いますが、後者は環境に影響されて受身なイメージを感じます。

後者でも主体的に患者になるぞ!、生徒になるぞ!、子供になるぞ!、会社員になるぞ!というふうに本人が捉えていればそれはマイナスではないのかな?

うーん難しいけど、僕はやっぱり受身的なイメージを感じてしまいます。

周りから期待されたら役割かな?

だとしたら周りからの相互作用によって生まれる分人としての自分の上に成り立つものが役割なのかもしれない。

それを認識した上で受け入れて主体的であることは人生において重要な要素だと思う。

人は出来るだけ主体的に行動し出来ている方が幸せを感じやすい生き物だと思うから。

急に作業療法の話になるけど、これは作業機能障害の分類で言えば作業周縁化の分類にあたる。

作業周縁化は分人、役割、認識、受容、主体性、行動の要素が強く関連していそうな気がしてきた。

作業周縁化に問題を抱えている人は"分人主義"のことを知ると少しは悩みが減るのかも。


ゲストハウス開業まであと
1522日

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