鉛-なまり- 【掌編小説】

鉛玉が、あの子を貫いた。
遠くで空爆の音がする。ゆっくりと、重力に身を任せ崩れ落ちてゆく少女。

鮮明に焼き付き、自分の中から拭い去れない光景。
這いずりながら、手を伸ばした。
あの子だけを、1人で逝かせるわけにはいかなかった。

ずっと、愛してきたから。
貧しい生活だったが、たった2人で築き上げてきた家族の形を、一切れのパンを半分ずつ食べて、豆しか入っていない薄味のスープを少しずつ分け合った。

たった一人の、俺の妹。  
この不条理な世界で、たったひとつ俺に与えられた希望の光。
最後まで、一緒にいてやらないと。

あいつは寂しがりだから。
目覚めた時、誰もいなかったらきっと泣いてしまう。
暗がりを何よりも怖がっていた。
抱きしめて、背中をさすってやらないと。

大丈夫。にいちゃんはここにいるよ。
すでに光が失われた瞳を見つめる。栗色の癖毛の髪を優しく撫でる。小さな子供を寝かしつけるように。
安心して眠れるように。

乾いた瞳には、幸せそうな俺の顔が映っている。
真紅の池に沈み、一緒に生まれた場所へと還る。
 
すぐ近くまで、轟音が迫っている。
砂煙の中、血に染まる躰をきつくきつく抱きしめた

俺たち2人の微かな命など、この世界にはなんの意味も持たないのだろう。 

あぁ、もうすぐ終わる。
この残酷な世界から、お前と一緒に消えられる。
願わくば、来世でも一緒に。

#小説 #短編小説#掌編小説

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