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意識をゆさぶる植物

読了。

取りあげているアヘン、カフェイン、メスカリンのなかで、違法なふたつは一般市民にはあまり縁がないけれど、カフェインには多くの人がお世話になっているだろう。

カフェインは、もともと植物が食べられないよう身を守るために生成したものだ。だが最近、花蜜に微量のカフェインを含ませて虫を誘引してもいることがわかった。カフェインを求めるのは、人間だけではなかったのだ。

コーヒーは15世紀までには東アフリカで栽培されるようになり、宗教儀式で集中力を高める目的で使われていた。17世紀にはヨーロッパで広く飲まれるようになり、人びとはコーヒーハウスで政治、文化、知的な議論を楽しむようになった。

認知心理学者には、意識には二つの異なる形態があるという説を唱える人がいる。スポットライト型の意識は注意を向ける一点を照らし、論理的な思考におおいに役立つが、ランタン型意識は特定の場所に注意を向けるのではなく、もっと広い範囲を照らしだす。幼い子供はランタン型の意識を持つ傾向があり、幻覚剤の影響下にある人にもおおむね同じことが言える。注意力が散漫であれば考えがあちこちさまよい、自由に連想し、新しいつながりが生まれるーーどれも想像力を育むには大事な要素だ。一方、カフェインが人類の進歩に寄与したのは、スポットライト型意識を強化したからだ。一点に集中した、直線的で効率的な抽象思考は、精神を遊ばせることより作業することに向いている。その意味で、カフェインはほかの何よりも、理性の時代や啓蒙思想、さらには資本主義の確立にうってつけの化学物質だったのだ。

カフェインと時計の分針がほぼ同時に人類の歴史に現れたのは、ただの偶然ではない……それまで時計に分針がなかったのは、時間をさらに分割する必要がなかったからだ……カフェイン以上に時間に厳しくて、一日の時間の区切りと結びついている精神活性物質はほかにないだろう。

イギリスでは、労働者階級が茶によって、長時間勤務や劣悪な労働環境、ほぼつねにお腹の空いた状態を耐えさせられた。カフェインが空腹の苦しみを鎮め、茶に入れた砂糖が作業に必要なカロリーになったのだ……こうしてカフェインは資本家の労働者搾取に役立っただけでなく、新種の労働者をも生み出したーー要求が多く、休みなく働き、とても危険な”機械”というもののルールに、より適応した労働者だ。茶がなかったら、産業革命が起きたとは考えにくいだろう。

コーヒーと茶は、地球の南で生産されて北で消費される日用品として、それを飲む人々すべてを複雑な国際経済関係に、とりわけ植民地主義と帝国主義という網の中に否応なく巻き込んだ。
……東インド会社は貿易不均衡を改善するために……アヘンを中国へ密輸し、中国国内にはたちまち壊滅的な量のアヘンがあふれだした。
……イギリス人の頭脳を茶で覚醒させるために、中国人の脳みそをアヘンで朦朧とさせたのだ。

コーヒーがここまで成功したのは、植物の中でも一、二を争うほど賢い進化戦略をたまたまとることになったからだ。つまり、世界でもとくに知的な霊長類の頭脳を刺激する精神活性物質を作るという戦略である。
……すると疑問が湧いてくる。人類と偉大なるカフェイン生成植物の共生関係で、より恩恵を受けているのはどちらなのか?

生命を維持する食糧ではないコーヒーや茶にハマり、広大な農地と人手を割いて栽培している人間。人間は猫様の下僕とよく言うけれど、コーヒーや茶の下僕でもあるのだろう。

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